万が一
三題噺もどき―さんびゃくよんじゅうよん。
空が橙に染まりだす。
気づけばあっという間に暗闇に包まれてしまうような季節が来た。
今はまだ、空は暗くなってはいないが……いる場所は暗がりである。
「……」
大きなビルとビルの間にある、小さな隙間。
まぁ、持って来いな場所ではある。
―こういう、人を襲うには。正確には襲われるにはかもしれないが。
「……」
いやでも、襲われたくて襲われたわけではないので……人を襲うのにはということにしておく。
完全にふいをつかれる形で引きずり込まれてしまって。今現在に至っている。
―クライマックスどころかジエンドまで進んでしまっているが。
「……」
私を襲った人間は、瞳に涙を浮かべて怯えている。
襲われた私は、常備している鋏を向けつつ呆れている。
先程からはいりこんでいる沈黙は私のものだ。
目の前の人間はさっきから小さな悲鳴を漏らしている。
襲っておいてなんだコイツという感じだよなぁ。
「……」
泣きたいのはこっちだっていうのに……こんなに泣かれては呆れてしまう他ないだろう。
襲われたのはこっちで。
襲ってきたのはあっちで。
それに反撃しただけの話だろうに。
「……」
もしや反撃なぞないとでも高をくくっていたんだろうか……。
何事にも万が一というものは想定すべきだろうに。
その程度の認識で人を襲われても困る。
「……」
私も別に、各段何かに精通しているとか、特殊部隊の経験があるとかでもないんだが。
残念ながらそんなことはないんだが。
その辺にいるような一般人である。
―ほんの少し反射速度と、攻撃意志が強めではあるが。
「……」
「―――っひ!!!」
あぁ、いや。
少し鋏の先を強めに当てただけだ。
―襲ってきた人間を、後ろから羽交い絞めにし、両手の脇の下から自分の腕を通している。そのうえで鋏を持ち、首筋に当てている。暴れられても動かれても困るので、足も固定はしてあるが、ここまでしなくてもよかったかもなぁ。
「……」
というか、よく見ていなかったがこの人女か。
襲われてと言うか、何が何だか分からないままに。
攻撃されたと判断して、相手を固定してしまったから気づかなかった。
いうて、私も女の身ではある……羨ましいモノをお持ちで。
「……ねぇ」
「!!!!」
想像以上に低い声が出た。
おっと……これ以上怯えられても困る。
というか、この状態がもしも私の勘違いゆえのものだった場合が、ものすごく気まずい。
うすうす。そんな感じがしだしていて……。
「んんっ」
「!!!!!」
軽い咳払い程度でそんなに驚かれても……。
どうしたらそんなに、他人とはいえ、同性相手にビクビクできるんだ……。
いや、私のせいだな完全に。
「……勘違いなら……」
「――!??」
「勘違いなら、申し訳ないんだけど……」
とは言いつつ、拘束は解かない。
鋏も離さない。
何にでも万が一がある。
―勘違いもあるように。
「何か私に用だった…?」
「……??」
「……」
この人、話通じているのか?
それとも恐怖のし過ぎで思考が回っていないのか?
問うてることに対して、何が何やら見たいな顔しかしないんだが……。
何だこの人。ホントに私めがけて襲ってきたのか?
「ねぇ
―聞いている?と。
再度問うてみようと試みた。
――――っ!!?!?!?!?」
突然わき腹に痛みが走った。
丁度。
羽交い絞めにした人間の手が置かれていた場所。
「!!!????」
ジワリと広がる痛みと熱とに、頭が混乱する。
何が起こって……???
「????」
ジワリと汗が噴き出している。
身体から力が抜ける。
いつの間にか目の前にいたはずの女は立ち上がっていた。
―いや、しゃがんでいた。私の視界が下がったのか。
「????」
倒れた。
後ろに。
背中から。
その拍子に。
何かがわき腹からズル―と抜けた。
「 」
熱の広がる勢いが増す。
いいところに入ったらしい。
何かが。
身体に力が入らない。
「 」
痛みと混乱とで何もできない。
少しずつ視界が霞み始める。
その中で。
にこりと笑う女の口元が浮かんでいた。
お題:浮かぶ・鋏・涙