キキテ
「キミは左利きなんだ!左利きには天才が多いらしいよ?」
目の前の小柄な女の子は、まるで自分の得意な事を自慢するかのように白い歯を見せ笑った。
迷信だ。と伝えるとガーンという効果音が聞こえてくるほどになんとまあ、大袈裟な反応をする。しかしながらクラスメイトは気にする様子もないので、これが彼女の普通なのだろう。
「え、箸は右手で持つの!?」
昼休みなので昼食を食べようと弁当を取りだし箸を持つと、感情豊かな彼女は僕の右手を見て驚く。
「面白いね!」
面白い、と言われても数十年間ずっとこうしてきたし、僕にとっては普通の事でありなんの面白さもない。だが彼女にとってはたまらなく面白かったようで、彼女は手を叩いて大笑いをする。流石にクラスメイトも様子がおかしいと思ったのか、何人かの生徒はチラチラと彼女を見て笑っていた。
笑いすぎだ、と言うと、ごめんごめんと笑いながら彼女はまだ笑っていた。
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「ラケットは左手で使うんだね?」
汗をタオルで拭いつつ、彼女はまた面白い物を見つけた、と言った様子で話しかけてくる。
こっちの方が良く打てる、とラケットを振ってみせると、また彼女の"面白い"感情を掴んだようで彼女は床に転げて笑った。
この学校に来てから1ヶ月もすればこのやり取りも何回か行われる訳で、その度に彼女は日本一愉快と言った様子で笑うのだ。
「キミは本当に面白いね...」
これも毎回の様に彼女が言うお決まりのセリフだ。そして僕は、自分はそんなに面白いことをしているのだろうか、と考えにふけるのだ。
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「マイクは右手で持つんだねぇ」
あははと言う彼女の豪快な笑い声が、音響機器を通じて何倍も豪快に部屋に響き渡る。その音に驚き、彼女はまた笑った。彼女は笑いの自家発電ができるらしい。
「結構...歌上手いね。」
彼女は関心したようにそう言うと、コップに入っているオレンジジュースをゴクリと飲んだ。曲の間奏中に飲み方も豪快なんだなと言うと、うるさいと小突かれる。それでも彼女は白い歯を見せて、愉快だと言う風に笑っていた。
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「...」
雨が降っていた。
世界中に聞こえるような彼女の声と、周りまで笑顔にしてしまうような彼女の笑顔は鳴りを潜め、代わりに世界中が悲しみに打ちひしがれるような、傷心の雨の音が彼女と僕しかいない教室に響いていた。
人気者の彼女には1つや2つ、どうしようもない悩みがあるのだろう。おそらくあの子たちとの揉め事だろう。といくらでも理由は思いついたが、どうした。と聞くことも憚られるような彼女に僕は声をかけることが出来なかった。
「....!」
雨を止ませたかった。傘を持っていない人を自分の傘に入れるように、僕は彼女の頭目掛けてできるだけ優しく、左手を伸ばした。
「...頭を撫でる時は...左手なんだね。」
彼女は顔を上げ、目から涙を流しながらそう言った。目は腫れていて、なんとも痛々しかった。
雨は大雨になった。
しかしながら、悲痛な雨を止ませる事は出来たのではないかと、彼女の顔を見て思った。
彼女の左隣に座り、僕は右手を伸ばす。
「え...?」
彼女の感情の豊かさは健在らしく、彼女は目に涙を溜めながら、それ以上に顔を真っ赤にして驚いていた。
「て、手を繋ぐ時は右手なんだね...。」
彼女はそう絞り出すように言った。
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「ねえねえ」
そう彼女は僕に話しかける。普段から何かと目立つ彼女だったが、今日は一段と目立つ事になるだろう。と、どこかのお姫様のような晴れやかなドレスを着た彼女を見て思った。
「結局君はどっちの手をよく使うのかな?」
今聞く質問か、と小馬鹿にしたように言うと、うるさいと彼女は笑う。これから数十年間見ることになるだろう笑顔は、世界で1番輝いて見えた。
「まあ、大切なのはこっちだな。」
そう言って、僕は左手を彼女に向けて差し出す。彼女は僕の左手の薬指を見て、顔を赤くして宇宙一の幸せを僕に見せてくれるのだ。