雰囲気に呑まれた
「昔からさ、飲み込みが早いって言われてきたんだよね」
「食事の話だねそれ」
ふふふんと得意げに鼻を鳴らす台レイア《れいあ》の発言に、ベローズ《べろーず》・吾妻は指摘のことばを飲み込めなかった。
「まあね、食べるのも早いけどね」
「も?」
「も!」
幼馴染の自分ですら知らないことだってそりゃまぁ無いわけじゃないよなという思いが、吾妻に去来するとともに、小学生時代、給食時間のレイアは息をするように食べていたことが想起された。。
「……他にも何か早いの?」
レイアは真正面から、じぃっと吾妻を見つめてくる。
海の沈黙――。
数百人を飲み込もうという大型の教室だが、放課後のこの時間には二人より他に人影もなく、ひっそりと静まり返っていた。
窓越しに聞こえてくる部活動の声が、この場の静寂を際立たせる。
吾妻は固唾を呑んでことの成り行きを見守る。
おもむろにレイアが口を開いた。
「まぁ、わたしは足も速いし――」
「腐ってるのかな?」
腐りやすいことを足が速いっていいますよねと、吾妻。
「だれが腐女子やねん。あと、手も早いし――」
ビシッと手の甲でツッコミをするレイアの手が空を切った。
「そっちね」と吾妻。
「そっちってどっちよ? いいや。わたしってば頭の回転も速いしね、実際」
「ああ、まぁ。いやでも、それはどうかなぁ? いやね、おれとこうやって話してるときはまあまあな返しが来るけどさ、それはレイアとおれの付き合いが長いからこそだよね。幼稚園から小学校、中学校。こうして高校も同じでさ、クラスも同じでさ。家も隣だから必然、登下校も一緒。だから、話をする機会も多いわけでさ。つまり、おれらの会話はお互いに手の内が分かり切ってるわけで――」
落ち着けよ、どーどーどーどーと言わんばかりに、レイアが両の手を上下に振る。
「あら、わたしを口説いてるの?」
「全然口説いてない」
吾妻は言下に否定した。
レイアはにやにやと、厭らしい笑みを浮かべる。
「きみは手が早いからね」
「手が早い……、まぁパソコンの入力作業は早い自負があるかな」
「その手が早いんじゃないんだな」
レイアが呆れたように、はぁと息を吐く。
吾妻は自分の手を交互に見ながら、
「どの手かな。右手かな、左手かな?」
すっとぼけた。
「きみは、スケベだからね。そっち方面には手が早いよね。もっと言うと、彼女を替えるペースも早いんだった。手を変え品を変え、と評判だよ」
いや、悪名高いと言うべきかしらとレイア。
「レイアには手も足も出ませんよ」
「わたしは手も足も速いからね、追いつけないよね」
「追いかけてないんだが」
「追いかけてきなさいな」
「手を出されたいと?」
「ついに足が出たわね。尻尾を出したわね。そうやってね、誘われたから仕方ないんだってね言うよね。チャラいチャラい」
「追いかけてこいと言っておきながら」
「追われたいのであって、手を出されたいわけじゃないの」
「難しいことを言う」
吾妻は舌を巻いた。
「きみは飲み込みが悪いなぁ」
レイアはペロっと舌をだした。
単語のイメージをつなげるだけの会話劇。コメディになる予定でしたが、落ちもない話になりました。