小さな約束 5
由良は日がな一日、使用人たちや取引の商人たちの用の水の戸の見える座敷に膝を抱えて座ったままじっと人の出入りを見ていた。
いつもなら夜中最後の客を店の水の戸へ降ろし、こちらに回った父の船に飛び乗って島の外の家に戻っても、次の日の午前中野菜や酒などの食材や遊女たちに頼まれた諸々の荷物を運び込む父の船でこの水の戸に現れる夏迦がもう3日も来ない。
風邪でも引いたか、悪いものでも拾って食べたか、心配になって周りの大人に聞くが誰も知らないと言う。
「夏迦の馬鹿………」
そろそろ午後も遅くなってきた時刻、店の表通りも騒がしくなってきた。
由良も姐様たちの支度を手伝わなければならない。
膝を抱えた腕をほどき立ち上がりかけたその時に店の小舟から夏迦が飛び降りてきた。
「由良、お前こんなところで何やってんだ?」
けろりとして言われて、由良はかっと頭に血が昇った。
「何してんだじゃないわよ!あんたこそ、どうしてたのよ!」
「あぁ、心配してくれてたのか。わりぃ、わりぃ」
へらっと笑った夏迦の後ろから、店の用心棒の阿達羅がガシッと頭を押さえつける。
「楼主がお待ちだ」
「わかってるよ。いててて………」
年は若いが真っ白な髪に黒に金の虹彩を持つ瞳の不思議な風貌の大男はそのままひょいと夏迦を肩へ担ぎ上げる。
「何すんだよ。やめろよ。降ろせって」
ジタバタ暴れる夏迦をものともせずに奥へと進む。
唖然として見送った由良はその背に地団駄を踏んだ。
「心配して損した!何よ夏迦の馬鹿」
楼主の部屋の前、肩から降ろされた夏迦は息を整えた。
由良には心配しないようにヘラヘラしていたが、大変だったのだ。
もうダメだと観念した時外から掛かっていた鍵を開け阿達羅が助けてくれたが、水もいっぱい飲んだし、何よりとっても怖かった。死ぬかと思ったのだ。
ちっとやそっとの駄賃じゃ割りに合わない。楼主にはたんまり褒美を強請らねば。
ペロリと唇を湿らせて、中へ声をかける。
「呉宇沙様。夏迦です。只今戻りました」