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双子魔女なのに1人で家を飛び出しちゃいました  作者: 夕ノ森風花
中等科・一年
9/15

ダンジョンにて・契約の魔女


 レイスにも粘着爆弾は有効だった。

 一体、私は何を作らされたんだ!?


 足元に落ちた油溜まりの中から動けなくなっている隙に身分証明させられることなくダンジョンの中に飛び込んだ。この方法ならレイスを傷つけたのでもなく――王宮騎士団の威信はやや傷つけたかもしれないが、知られることもないうちにこちらの目的は果たせるだろう。


 同じくレンガ造りの長い階段が下に向かって伸びている。

 入り口とつながる地上からの光は、階段を降りるにつれて届かなくなってきた。それにつれて愛用フラスコが照らし出すぼんやりとした光が頼もしくなる。

 もちろん冒険者ギルドと商職人ギルドが共同出資して、ところどころに壁灯は設置されているのだが、油を切らしていたりして灯りが消えていることも多い。手持ちの松明布に浸したんだろう。

 蝋燭は油より盗まれやすいので元から使われていないようだ。


 油溜まりが揮発するには長い時間がかかる。これなら帰りにまた爆弾を消費する必要がないかもしれない。というかそもそも帰りは怪我人を抱えているなどの緊急を要する事態も想定されるため検査なしと聞いている。


 何か出てきたら、爆弾を投げつけてやる。幽体以外にも効くかどうか分からないけど!

 火種を後から加えてやればいいだけの話だし、すっかり油には詳しくなったんだから!


 階段の踊り場に出た。すぐ下へ向かう階段も見える。


 その一方で、踊り場に続いた廊下もあった。もしかすると廊下の先を1階としているのかもしれない。

 選択の余地はなかった。下手して2階まで降りてしまうとモンスターに遭遇してしまうので、より安全と思われる道を行くしかない。ブライスはいけ好かない奴だが、何故かダンジョンに関して嘘を言うことはない気がしていた。


 廊下の先は比較的、明るい広場だった。

 ダンジョンのつるつるした灯油泥棒だけで生計を立てることはできないだろうし、入り口にレイスがいて正統な入場理由を求められるし、どのパーティも1階で何かを探すから立ち寄るのであって、何もないと思われる階段より壁灯を必要とする理由がある。


 今の王族はダンジョンを発見した土の魔法使いの末裔と言われている。

 王都には人頭税のようなものはない。従って国民を守るという建前さえもないが、強いて言うなら王宮騎士団や王立裁判所がその任務に近いものを担っている。

 来ては去っていく冒険者が多いのも理由だろうが、冒険者ギルドや商職人ギルドのような非営利であるべき団体に組織税を課せば事足りる。というよりギルドは他国からの要請を受けて設立されているので重く課税されて然るべきなのだ。王政ではないとはいえ必要最低限の公共福祉を果たすために。

 ダンジョンによって街が形成されて繁栄して来た経緯を考えれば、王族は功績を讃えられることはあっても避難される謂れはない。経済的な発展は冒険者がもたらして来たものだ。人頭税ではない形での巧妙な徴収がされていた。


 発見当初は1階に刻まれた魔法陣の数も少なかったという。

 誰がどのようにして増え続けているのか分からないが、描かれた時期にそれほど差はない。いずれにしても発見から100年ないというのは魔法世界では微々たる差でしかない。


 現在、最古のものと検証されているのがダンジョンの壁や地面は容易に崩れることがないよう施された強化の魔法陣だ。砂質由来のレンガは粘土純度の高いレンガよりも強度において劣る。干し藁の入手も難しいためレンガに混ぜ込むには生き物の糞が使われることも多い。

 リッチの魔法牧畜の授業で丸々一時間を糞加工に費やしたこともあった。携帯用燃料にして冒険者に売るなど用途は多岐に渡る。

 貴族女子達は例によっておぞましいものを見る目つきで近寄りもしなかったが、各科目の評価は男女別で行われるようだし、風魔法を授業中に当てることはついぞできなかったけれど時間をかけて乾燥すればいいだけという原理は理解できたし、この分なら来年度はユウと最上位クラスで授業を受けられるようになるかもしれない。


 ダンジョンは各階層が同じ広さではない。1階は壁灯と天井灯で余すところなく照らせる程の狭い階層のようだった。深層になればなるほど、順路と呼ばれる道にしか壁灯がなくなるのだと『冒険者の心得』に書いてあったことを思い出す。


 腰にぶら下げたフラスコの光も自分で作れるようになりたい。

 無事に帰ったらリッチの授業をもっと真面目に受けなければ。

 油分を大量に含むジャトロファ種子の爆弾を抱えてダンジョンに潜り込む私のために、火種を利用しない光源を特別に用意してくれたようだ。そんな訳でなるべく壁に寄らず、道の真ん中を歩くことにしている。誤って壁灯に近づき過ぎて発火したとか考えるだけでも恐ろしい。


 いくつか広間を抜けた後、明らかに豪華な紋章の烙印された扉の前に着いてしまった。

 ここが1階の最奥なのだろう。中にあるのが強化の魔法陣かどうかは分からない。

 どこかに書いてないかな?


「――失われた属性に永遠を刻む」


 古代エルフ言語のようで読むには問題なくすらすらと読めた。だが意味が通らない。何これ?

 とりあえず強化とは無縁のようだ。部屋の中を見て帰ろう。


 意を決して扉を開くと、そこには――


「えっ……。リッチ先生!?」


 部屋の中央には見覚えのあるぼろぼろになった黒いマントを背中になびかせながら背筋を矍鑠と伸ばした姿があった。振り向いたら見える筈の、フードに包まれた彼の骨と皮だけの骨格もありありと想像できる。その手には――今日は羊飼いが持つような両手杖。


「レッド君か」


 低く吠えるような先生独特の声がした。

 骨だけの両腕が前に伸ばされて、杖先が床に当たる鈍い音が魔法陣に囲まれた響き渡った。


「吾輩に残された、視覚と聴覚にかけて――」


 呪文詠唱か!?


「このダンジョンは素晴らしいな」

「!?」


 相変わらず振り向きもせず、魅入られたように正面に描かれたいちばん大きな紋を見上げているようだ。


「エルフ言語は分からないが魔法紋なら多少分かる。この部屋は愛する女性の墓室だったようだよ。彼女はこの壁の紋の奥に埋められているらしい」

「どうして先生はここに……」  

「あぁ、君がジャトロファを3株ほど引っこ抜いてくれたおかげで抜け道ができたんだ」


 なん……だって!?


「加工を進める度、結界が効力を失いつつあることには気付いていたが、ダンジョンに潜るという君が心配で後を追いかけたくなったんだ。強く念じたら、いつの間にか外へ出られるようになっていた」


 落ち着け。危害を加えられそうになったら、粘着爆弾を投げつけて足止めすればいい。

 隣り合う株を引っこ抜くんじゃなくて、ばらばらにしておけば良かった……。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「そんな顔をしないでくれ――」


 リッチ先生は振り返った。


「私は君に恩義を感じているよ。牧畜は不死の膨大な時間の中でも楽しい仕事だったが、古代の禁忌魔法に再び触れる機会が得られるとは思ってもみなかった」


 近寄ってくる。

 いや、投げつけられない。私もリッチ先生が好きだ。

 爆弾なんて投げられない。何もかもを先生に教わった。


「吾輩と契約しよう。契約の魔女よ――」

「!」


 それは魔法使いたる者、待ち望んでいた瞬間だった。


「吾が真名はヘレベルク。その代わり、ダンジョンに定期的に来ることを約束してくれ」


 こうして私は契約の魔女となり、リッチ先生は私の使い魔となった。

 エルフ魔法陣に触れれば何か得られるものがあると思いきや、予想外の結果だったが――魔女として偉大なお姉ちゃんに一歩だけ近づくことができたのだった。


***


 長期休み後半に話し合った取り決めでは、まずリッチ先生は学園の仕事も継続したいとのことだった。


 私が召喚するときはいつでも参上せざるを得ないわけだが、魔女として私があまりにも未熟であることや卒業後に王都に職を得られなかった場合は先生も田舎の寒村に連れて行かれることになる訳で、ダンジョンでもっと死霊術に触れてあわよくばその解明に立ち会いたい思いから、まずは王都での私の活動に協力してくれるそうだ。


 不死のアンデットとして生きる(?)先生にしてみれば瞬きするほどの時間でしかないし、私もお姉ちゃんの操る水風を今更習得したところで後塵を拝するだけ。――こんなことを考えているからいつまで経っても出来ないんだろうな。

 ともかく、どうせ契約して外に行くのなら寿命が短く冒険で命を落とす可能性の高い人間よりかは長命種のエルフと長い付き合いをする方が好都合で、ダンジョンに行くのも最初は学園の長期休みだけでいいと言ってくれている。


 王宮騎士団のネクロマンサーはダンジョンの前の2体のリッチを使役できればいいだけで飽和状態だし、死霊使いは冒険者以外の王都での需要はほぼないと言っていい。ここは高度に商業的に発展した国なのだ。


 加えてこの砂漠のダンジョンでは上階で血を流した人間とモンスターが長い時間を経て直下の階に融合して生まれ変わるという魔法がかけられている。その攻略にあたって死霊使いをわざわざパーティに入れる物好きは好きはあまりいないだろうというのはダンジョンの外に乱立している死体安置所を見ても察することができた。


 風の魔法はリッチ先生と時間を見つけては特訓している。

 牧畜地で過ごす時間はそれこそ砂漠のオアシスとでもいうべき優しい時間になった。エルフが魔法を使役できないなんてことはあろう筈がないことから、私のセンスの悪さに時折失望しながらも根気よく付き合ってくれている。どれだけ2人きりで過ごそうとも疑いの目を向けられることもない。


 生徒の中にはより高位貴族である先生と密接な時間を過ごして問題視されるケースが度々あった。

 ハイエルフのミューティニー先生もエルフの中では特殊といえば特殊なのだが、人間社会の中の王族や貴族に対する執着度はそれ以上のものがあった。この王都で貴族といえば、王弟や王妹の子孫といった形で代々続いた家や、騎士団や裁判所で名を揚げた者に対して功労として与えられる身分だ。

 

「私、ずっと窓を開け放っておりましたの」


 長期休みが終わって寮に戻ってきたユウは、後期課程が始まる前日の夜に実家でのことを語り始めた。


「忘却薬の効果が及ばないように。狩りがあれば窓からよく見えるように。狩りに連れて行ってもらえることはなかったのは悲しかったけれど――」

「もしかしたら学園でも会えるかもしれないよ?」

「?」


 リッチ先生を使役できるようになった私は、鷹やハヤブサの飼育の研究も始めていた。


「リッチ先生がね、来年度からは鷹の育成を取り入れるって。そのための外部講師として来てもらったらいいじゃない」

「いいじゃない……って、簡単に言いますけど、あなた」

「あっ、まあね」

 

 ユウにも契約の魔女になったことは話すわけには行かない。

 それでもリッチ先生を説き伏せる苦労がない分、後はどうにかして講師として招聘するだけだ。

 結界外に自由に出られるようになったことはまだ校長先生にも説明していない。リッチにはいずれ校長職に取って代わりたいという欲望もあるようだった。


「その方は猛禽類を思わせる魅力的な金色の目をしてますの。王子も素敵な金髪茶目ですが……、個人的には私はあの方がこの国一番の美男子だと思いますわ。同世代の貴族は皆顔見知りの私が言うから間違いないわ」

「金髪茶目……」


 面食いかあ。嫌な奴の顔が浮かんでしまう。

 布を巻いた頭から溢れる砂金のような髪。


「もちろん、ブライス王子のことですわ」

「えっ!?」


 ブライスといえば、あのブライスしか思い至らない。


「ブライス王子って……、同じホームルームの?」

「? ですわよ?」


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