教科・体術で組み手
入学してからの出来事を反芻しながら、体術授業のため、またしても校舎外の練習所へ向かう。
この街では雨が降って授業が中止になるなんて都合のいい展開は起こらない。
私が通った寒村の青空教室では、吹雪が巻き起こり徐々に氷竜の形を取り始め、すわ召喚獣が近づいて来ているのか!? と騒然となり刻一刻と増大する危険のあまり授業をやむなく断念するといった超級の災害に見舞われることがしょっちゅうだった――だいたいお姉ちゃんのせいだけど。
あるとき先生がバリアの下に生徒を集めて守護印を施して敢行しまったのも、自然災害の通り道として頻度が上がりエスカレートしていった要因だっただろう。
先生も生徒も皆エルフなのに一切彼らに痕跡を悟らせない用意周到な自然魔法。こういうのをやってのけるのは、お姉ちゃんしか考えられない。
王立魔術学園で行われている授業は、人工魔法という類のように私には感じられる。今そこにある自然の力を少々借りる、というよりねじ伏せて移動させ変容させ利用する、といったようなもの。水のない砂漠に突如として水を出現させるなどの。
フラスコに閉じ込めた貴重な水を操るなんて、私には到底できそうにもない。えらく場違いなところへ来てしまった。
……いや、私は人間社会に紛れて生きるんだ。
せめぎ合う気持ちを日々持て余している。
だけど唯一、この学園で劣等感を抱かなくていい授業が悪天候で潰れてしまったら、ますます居場所を失くすだろう。体術は担任の獣人先生が教えてくれるというのもあって安心できる。私は教えてくれる先生を次から次へと楽々飛び越えて魔法を操ってしまうお姉ちゃんとは違う。
「今日は2人一組で組み手をしてもらう」
――前言撤回。この授業も敵だった。
残酷に響いたウデナガの声。潮垂れる私の長い耳。なす術もない。
私は学校のクラス内での、このグループ作成というのが大嫌いだ。
お姉ちゃんがすっかり引きこもって青空教室に来なくなってからは、それまで他の誰ともずっと組んで来なかったので相手にしてもらえなかった。
決まった相手が帰って来るかもわからない双子エルフの片割れと組む! 間遠でもいつか優先すべき相手が教室に帰って来ないとも限らない! どんなに長く関係を築いたとしてもたちまち捨てられる! 血縁より勝る自信が自分にあるのか? そんなリスキーな選択ってある?
初等科からあるこの学園でも、誰も私とペアに成りたがらないだろうことが容易に想像できる。前から組んでいる子がいるのが大半と言っていい。何しろ中等科の前に初等科4年、幼稚科2年、合計最大6年は顔を突き合わせて来た子達が集まっているのだ。
貴族社会の中という意味では生まれたときから家族同士の付き合い、ううん、前代の子爵だか男爵だか綿々と受け継がれた土壌があったりだの、私には与り知ることのない身分の歴史があるのだった。容易に踏み込むことなんてできない。それこそ場違いというものだ。
身体ごと強張ったまま周囲を見やると、女子は女子同士、男子は男子同士でなんとなく出来上がっていた。
決して仲良くはなくてもたまたま隣にいたから、もっと組みたかった相手がすでに取られていたから消去法なんだ、こうした無言の言い訳のオンパレード。
不都合な誘いは聞こえなかった振り。別に相手と正面から対立する必要なんてないからね、そのただ1人の気持ちを傷つけたとしてもクラス全体に知られることなんてない。勘違いしたんじゃないの? 本当に聞こえなかったんじゃないの? 確かめられる機会など来たりはしない以上、とても便利な所作。
こうした全てがたとえ自分事でなくても、見るだけでも嫌いでたまらない。
お姉ちゃんといたくないのに、いなくなったらいなくなったでまた不都合が起こる。割り切ったつもりでも、心の中でさえ切ることができない厄介な関係。
どうしてなんだろう。双子でいることを生まれるときに選んだ覚えなんてないよ。自分が決めたことじゃないのにずっと縛られて囚われていないといけない。
ユウがいてくれたらな……。
いや、迷惑をかけてもいけない。私といるところなんか見られていい訳がない。
ユウにも貴族の付き合いってものがあるはずだ。本なんて滅多に読まない無精エルフでも分かる。
どの道、習熟度別でクラスの合った授業は1つもなかった。聞いた話によれば少なくとも最初の入寮時にはなるべくそうなるように組み合わせているのだとか。
多様な価値観に遭遇させるため? 円滑な対人関係を学生時代に模索させるため? だったか。
でも、その方が楽なんだけどな。先生方が決めて下さるペアなら、何の言い訳も欺瞞も要らない――。いや組の必要性のあるかどうかより、段取りがなされていないから事前に分かり様もないのだろう。
「レディシュは私と組もう」
対するウデナガ先生はブルーブラックの肌触りの良さそうな毛並み。
ちくちくと1本1本が固くてしっかりとして刺さりそうな。
かくして体躯の発達した大人の獣人と色白エルフの私という取合せ。
デモンストレーションのために前に立たされて、私に浴びせられる無遠慮な注目。
まただ嫌だ、目立ちたくないのに。どうか放っておいていただきたかった。今日も私の制服からは鎖骨と細い脛が浮いて出ている。否応でも人目を惹いてしまうふわふわと燃え立つような赤い髪。エルフの色白の肌との対比も鮮やかだ。
その鎖骨をめくるように制服の襟元をつかまれた。
先生の大きな手のひらでは、私の薄い胸をつかめない。ともかく木綿の服を持っていかないで欲しい。
砂に向かって下に落とすなら、服ごと引っ張られて身体を浮かされる筈……、やっぱりストップ! 見えちゃう! 男の先生ってこういうとき気が利かなくて嫌だ。私の服装も体格も他の子と違うことに思い至りもしない。
「先生、僕と直接手合わせて欲しいです!」
興奮して待ちきれないといった様子でウデナガと私の間に割り込んだのは、またしてもブライス。
どこまで目立ちたがり屋なのか。……でも解放されて正直助かった。
ブライスとウデナガで始まったつかみ合いでは蹴りが飛び出すのはもちろんのこと、意表を突いたフェイントもあり砂かけのような禁じ手も厭わず、見ているだけでも大いに男子の気分を盛り立てた。女子は日陰に移動して遠巻きから無邪気で生温かいものを見る目をしていた。泥臭いことをせずに済んだ安堵感が広がる。ブライスは良くも悪くもクラスのムードメーカーだった。
まぁ日焼けするからね。砂漠のど真ん中、まだ陽は高く照り返しもある。
王都の女子達は肌を焼かないことに常に腐心している。授業中まで手袋をする者、日傘で片手を塞いでいる者、目を残してショールで巻いている者、多少、肌を傷つけたとしても日々の化粧を欠かさない者――。
それでなくても乾燥と吹き付ける砂は肌によろしくない。
時間が経てば癒やされる傷と人格にまで染み込む傷はどんな違いだろう。傷つき方の度合いか?
エルフは誇り高き種族とされるが、人間の貴族とでは一体どのくらいの違いが?
望み通り、腫れ物に触るような扱いを勝ち得た。
望み通り、人間社会の末端を陣取っているのに、惨めで透明な気持ちだった。
***
今夜は昼食に続いて夕食も取る気になれなかった。
部屋に戻ったら大きな果実を割って果糖でも啜るしかない。
砂漠の夜は水蒸気のまとまった層を上空に持たない。登っていく熱は夜になるにつれて遮られることなく際限なく冷えていく。夜風が気持ちよく凪いでささくれ立った神経を休めてくれた。
1人になりたいときはすぐに1人になれる自由も、この学園の大きな魅力の1つだった。広いので誰からも気にされず、寮の自室へと戻る前に、少し散歩でもしている体を簡単に装うことができる。
この砂漠で発見された地下遺跡には水源が保持されていたから、まもなくして薬草も育ち鉱石さえも見つかった。そうして群がった冒険者達のための街がやがて都市国家にまで成り上がったのだという。
ここ100年もしない間に起こった利権に伴う変化。
商機を捉えて住処さえもしなやかに器用に変える、とても人間的な所業。
私達エルフは長い時間をなるべく穏やかに自然の傍らでしか過ごしたがらない。
社会的な機構を作ることや競争には全く興味を持たない者が殆どだ。
学園の塔から見下ろす町並みは灯りが綺麗だ。
雪原の夜は衛星である月の光で青く染められるが、ここの夜景は散りばめられた仄かな橙色で、この上なく熱気を感じる都市なのに更に人工的な温かさが上塗りされた夜になっている。
もっと簡単に首位を取れるものだと思っていた。
しかし人間の学校は土台からして違う魔法なのだと知った。
いくら手を伸ばしてもこれからも何もつかめないだろう。
それでも王立魔術学園の劣等生として片隅にでもいられるなら、お姉ちゃんの陰にいるよりはきっといい。姉妹なのに本当に何という違いだろう。
魔法使いは一生に1つ得意魔法を使役できるようになれば優秀とされるのに、お姉ちゃんはなぜか違う系統をいくつも習得することができた。稀有な才能の持ち主と言われ、妹の私は出涸らしのように枯渇していて未だに1つも発現できていない。
魔力は血筋に宿ると言われるので、本来であれば全く同等の力がある筈なのだ。双子なのだから。でなければ折半されずあちらへと全て流れたと考える他はない。
エルフの血であれば、例外なく魔法が身に宿るとされている。
魔法を持たない子供の自分は些か遅れているのだが、人間の11歳に混じっていればそのことさえ特段目立つこともない。異種族からは何も分からないだろう。
姉に萎縮してこの子は魔法行使が実践できないのだろうと両親からも思われていた。だから、王都への留学をかろうじて許してもらえたのだ。とても心配しているから――。
ここなら、そもそも系統の違いという言い訳が成立する。
あぁ、私の行く道はいつも隠れ蓑と分野違いで塗り固められている。
この学園でもエルフの風習を知っている人間がいたとしても、偉大な私の姉の辿ってきた軌跡を知ることがない限り、同級生が私を真に理解することはないだろう……。
故郷から遠く逃れて来たというのに深く根付いてしまった劣等感。
種族が違う、背景が、過ごしてきた年月が、違う。
説明もしたくないし、周りも私を理解したい気持ちなんて持ってくれてない。これでいい。
どこまで行っても、どんなに環境が変わっても、結局は同じところでつまづいているのだ。
私が私であるが故に――。
そろそろ寮の部屋に帰らないといけない。ユウが心配しているだろう。
困難はあるにせよ学園に来て良かったと思えるのは、双子の姉以外に初めてできた友達という存在が大きい。




