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双子魔女なのに1人で家を飛び出しちゃいました  作者: 夕ノ森風花
中等科・一年
2/15

初・教科の生活魔法(脳筋エルフが履いてない事件)

ユウちゃんも寮を出る前に見た木綿服は下着だと思っていました。

 王立魔術学園での初の教科は色変化の魔法だった。


 無色透明な水に魔法効果を持たせるというもので、砂漠で暮らす王都民にとっては貴族も平民もなくお馴染みの魔法らしい。田舎の寒村出身の私には無縁だった。身近にあった魔法は逆に暖を取るもの。人間社会の論理を絶対的基盤とするここ王都では一切合切が真逆の摂理をしている。


 軽々と成功させていくクラスメイトを尻目に焦る私。

 貴族達は実家ではずっとメイドなどに生活魔法を使わせていただろうに。見た経験すらない壁はそれ以上に大きかったようだ。

 目の前に置かれた丸底フラスコの中の水はなかなか色さえも変化してくれない。調子に乗り応用力を披露して体積を増やしたり、身体への浸透力を高めたりする子もいた。


「なんだお前、どうやって入学したんだよ」


 頭上から声がして、見上げると逆光にも関わらずブライスがにやにやしながら私の顔を見ていたのが分かった。

 この日の生活魔法は水を扱うため校舎外での実技だった。

 といっても都市を囲む城壁の内側で王宮騎士団の練習所にほど近い、開けた場所での授業となる。

 先生は人の良さがにじみ出たようなおばあちゃんノームで、もしかすると耳が遠いのかもしれない。ブライスが私をからかってくる様子に気づかず、顔の大きさほどもある水球を作って固定し、水晶化する魔法を披露している生徒にさらなる指導を施しているようだ。

 あの子達には先生も教え甲斐があって楽しそうだ。妬みの心が頭をもたげてくる。


「何よ、やってみなさいよ」


 周りの生徒の私に注がれる目を逸したくて、ブライスに文字通り水を向けた。

 そんなに言うなら、やってみせてもらおうじゃない。


 ブライスは口の端に不敵な笑みを引っさげ、私のフラスコから水だけを空高く舞い上がらせて細かな霧状にして辺りに散布し、虹を浮かび上がらせてみせた。魔法ができなくてサボっているのかと思いきや、見事な手際で綺麗だった。

 端正な顔が得意満面にわざと歪められているときほど憎たらしく見えるものはない。


「お……、オーロラのほうが綺麗だもん」


 悔しくて訳のわからないセリフが口を吐いて出てきた。

 遠くの方ではひそひそ話をしている女子たちがいる。『ほら、あの子エルフだから……』『そっか、エルフは無試験よね』と。

 私は人間より耳がいいのだ。聞きたくもない話だって聞こえてきてしまう。


「レディって名前だけど、お前貴族じゃないのな。生活魔法が出来なくてどうすんだよ」


 心ない言葉に毛が逆立つような感覚がして、気がついたら生意気な口に指を突っ込んで左右に引っ張り上げていた。


「い、イテテテ……」

「ちょっと、何してるの! そこのあなたたち!」


 ようやく騒ぎに気づいたおばあちゃんノーム先生が背の高い人間たちをかき分けてこちらに近づいてくる。

 耳が遠いどころか、目も悪いんじゃないの。まぁ砂に今にも埋もれそうなチビで鈍重なんだろうけど!……と意地悪な気持ちで考える。エルフは一般的に高身長ですらっとしている。

 ブライスの引きつった口から手を離す。涙が出そうだった。でも泣き顔なんて見せるもんか。


「せんせーぇ、レディさんが!」


 あの引きこもりのお姉ちゃんも最初はこんな些細なきっかけだったんだろうか。今もずっと部屋に籠もっている筈。一体、何をして時間を潰しているのだか。

 冷たく閉ざされた視界いっぱいにどこまで行っても雪原しか見えない世界。見たくないものがたくさんあるどころかほんの少し先さえよく見えない。

 人間の学校とはいえ魔術関連にも関わらず、私も早くも落ちこぼれそうだ。悲観したくないのに負の感情が溢れ出そうだった。


 各教科は習熟度別の授業だ。

 着替えさせてもらう必要もないユウは、会得できれば立派に職業さえも得られる平民向けの生活魔法も難なく使用できる。

 引き換え、寮制に惹かれ種族特権を行使し、無試験入学をした私は各教科最下位クラスからのスタートのようだった。いくらエルフとして潜在魔力が高くても実際に技術や実力が伴っていない恥ずかしさがここに来て実感されて来たところだ。

 よしんば研鑽して来ていたとしても、人間社会で必要とされる魔法という観点から、より高位とされるエルフ種に対して入学前に試験を課して点数を付けるなどということはあろう筈がなかった。


 初日からその後もずっと教科では知った顔に出会うことが殆どなかった代わりに、生活魔法とホームルーム以外は、あの嫌な奴――名前を浮かべるのも厭わしいブライスと同じ授業を受けることはほぼなかった。

 奴は間違いなく貴族なんだろう、生活魔法なんぞ知るものかという、あの傲岸不遜な態度。

 それでも虹を砂漠に架けた後に蜃気楼まで浮かべてみせてクラス一同を沸かせていた。


***


 誰にも食事光景を見せたくない。

 卑屈になった私はランチタイムを校舎棟に隣接する塔の上で1人過ごすようになっていた。


 寮の相部屋の中ではすっかり気心の通じ合ったユウには、エルフの口に合う献立がカフェテリアには少ないから、と言い訳してある。人間の貴族である彼女にとっても公衆の面前ではその方が安全なはずなのだ。私のような異種族の平民と付き合っている光景を初等科からの知り合いに見られるよりも。

 学園には私の他にも1人だけエルフの男の先生がいた。ランチタイムをどのように過ごしているかは知らないが、私のようではないだろうから、それなりに食事を人前でしているんだろうが――。


 エルフは自然の命と共に生きる理であるから、人間のように殺生し切り分けた肉などは口にしない。

 自然の恵みから分けてもらった少量の樹液などを好む。脈々と流れ途切れることなく循環するものの一部こそ身に取り込むのに相応しい。

 大なり小なりいずれ困ったことが起こるだろうとは入学前から覚悟していたが、誰にも理解されない、というのは見て取ってもらえるほど私――や、その種族に――興味を抱く人間は少ないだろうとの読みから、自分から距離を取って遠ざかりたい、説明する気も始めからない、別に自分が種族代表のようにエルフへのイメージが悪くなろうとも関係ない、これは私の意志なんだ、私自身が拒絶された訳じゃないんだ、と先制せずにいられなかった。


 お姉ちゃんもこうした気持ちだったんだろうか。

 だから1人きりの部屋を選び続けているんだろうか。


 空だけは砂漠の上も、雪原の上も変わらない。

 風が穏やかに凪いで、陽の光が降っている。

 誰にも邪魔されず何も聞こえず、思索を深める静謐に満ちていた。


 砂漠はよく海に例えられる。陸の孤島と呼ばれるこの王都も例外ではなかった。

 対して、見渡す限りの雪原が海に例えられることはない。海は波立つことはあれども、凍ることはないからだ。

 どこまでも下界には違いがあった。

 砂漠には風によって波打ち形作られるものがあった。雪原にはそれらがない。


 ホームシックなのかな、私。

 砂漠の王都と雪原に囲まれた村の違いについて考えてしまう。

 お姉ちゃんも私のことを考えることがあるんだろうか。


 双子にはお互いに心で通じ合う魔法が存在するという。

 お姉ちゃん、と呼べる、生まれ時刻は数分も変わらない姉。


 切り替えるように、そろそろランチタイムも終わりかなあ、と独りごちて、次の教科に向かう。


 学園の敷地の外で行われる体術だった。

 体術のいいところは言葉も最低限で済む点で、同じ平民であろう獣人のウデナガが担当すると思うと更に気が楽になる。人間の言語を聞いているだけでも私はとても疲れてしまう。見たまま身体を動かせばいい。

 また気温の高い砂漠育ちの人間達は滅多に外に出ず、あまり身体を動かして来なかったとしか思えない。室内外問わず雪原では身体を動かして自ら温めるというのは基本中の基本でもあった。

 だけど――、体術はブライスと同じ最上位クラスだったんだ。すっかり忘れていたことを思い出してその日は気が重くなったんだった。早く上級生になって男女別実技になって欲しい。


「脳筋エルフかよ」


 入学してすぐ、ある日の授業で思いがけず対戦した私に投げ飛ばされたブライスは吐き捨てるように言った。


 金属は魔力を吸い取ってしまうため、一般的に魔法使いが剣術を覚えることはできない。

 唯一の例外が弓術で、伸ばした腕いっぱい分と長い木の矢の先に被せられた矢尻ほども身体から離れていれば、魔法使いが魔力温存あるいは急場しのぎのために扱うことも十分可能なのだそうだ。


 地面の方を見やると、砂に埋れたブライスがくぐもった声で如何にも屈辱的だと言わんばかりの鋭利な視線で私を射抜いていた。陽に透ける金髪と砂の色が近い。目も色素が薄いのにやけに強くらんらんと輝いた瞳。


「油断が過ぎるんじゃない?」


 小さな頃、非力なお姉ちゃんを喧嘩から守って来た力がこんなところで役に立つとは。

 貴族女子は体術に対して毛ほども興味を示しておらず、私みたいなのでも平民だからという理由で最上位クラスになったようだ。


「お前が馬鹿力だからだろ、なんだよ女の癖に」


 捨てセリフってこんなに気持ちが良いんだなー。記憶に焼き付けておこう。

 女子達は関わりたくないとでもいうような態度で遠巻きに眺めている。耳打ち話も聞こえてこない。ひたすら呆気にとられているようだ。私のやること成すこと、彼女達の常識から外れてしまう。もう仕方がないよね、生まれ育ちも何もかもが違うのだから気にしても無駄なんだ。どうせ考えたってお互いに想定外のことが起きるだけ。


 もっと遡ると、入学式の翌日の朝、このときに私はきっと色々と間違ったのだ。ユウは指定教室が違うからとこの日、私より早めに着替えて寮を後にして授業に向かった。

 お辞儀は知らないに違いないと思い至る想像力はある彼女にしても、もしかしたら寮の外では私と連れ立って歩くのが嫌だったのかもしれないと、気弱になっている今だと勘ぐってしまう。

 さっき貴族女子のことは気にしないと考えたばかりだけど、ユウは友達だから例外的に考えてしまう。


 入学式に伴う立ち振舞いだってユウのおかげで普通にこなせたんだ。あれは私が服装についてあまりに無頓着だったせいなのだ。

 殺生を忌避してなめし革の靴を用いず、自然に地面に落ちた太い枝からくり出した木靴を履く、エルフたる者ここまでは百歩譲って良いとしよう。


 問題は私の白の木綿の布服だった。ユウも下着だと思って気が付かなかったんだろう。


「おいコイツ、履いてない!」


 私が室内実技だった生活魔法のクラスに着くなり、ブライスが叫んだのだ。

 始業前に反響する声で満たされた室内は、いきなり静まり返った。

 好奇心の塊のような無遠慮な注目が、一斉に彼の視線の先の私に集まった。


「な、何……!?」


 何を履いてない……って、ぱんつ?のこと?

 魔法で透視!?!?!? あ、いや履いてるわよ!


 口に出すのも憚られて硬直している間に、皆と自分の着こなしの違いについて意識してみる。

 私以外の生徒は皆、思い思いのシャツを中に着込んで、余った軽くて薄い布地のボウタイやリボンを襟ぐりの深い制服の上に引き出して覗かせている。 

 上だけではなく下も、ふくらはぎから細くにょっきり伸びて固い木靴をポクポク言わせる……なんてことはなく、長いスカートを履いているようだった。

 あ、スカートね、長い足首までのドレスというべきか、それは確かに履いてない。昨日はローブで正装だったから気が付かなかった。


「スカートじゃなくて、……ワンピースなの」


 彼らにはワンピースに見えないんだろうなということに思い至り、震える声で言い返したが、ある男子が遅れて到着した男子に伝える声が隅から聞こえて来てしまった。私は、……耳が良い。


「ぱんつ履いてないらしい」


 やめて、変な想像しないで!!!!

 そして、わざわざ吹聴しないで!!

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