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双子魔女なのに1人で家を飛び出しちゃいました  作者: 夕ノ森風花
中等科・二年
15/15

ホームルームにて


 ハイエルフのミューティニー先生に教えを請いたいのは山々だったが、田舎でも特に先生の覚えがめでたい生徒という訳ではなく、そうしたことはお姉ちゃんの専売特許と言っていいほどだった。リッチ先生が私に目をかけてくれたのは自分を束縛する結界を偶然にも解除して利害一致を互いの中に見たからだ。

 まだ授業を受け持っていただいてすらいないミューティニー先生と接点を持つのは大変難しかった。


 エルフとして困り事があって相談する、先生から解決方法を得るしかない、こうした状況を成立させるために、本を読むことはあまり好きではないのだが、私の足はまた図書館へと向かっていた。口伝えの伝承を至高とする古代魔法をエルフ言語で書いた本が人間の図書館に収録されている筈もないのだが、それはそれとして人間の書いた歴史本にエルフに関する誤った記述を発見する――こうしたことでも、きっと助力を願う状況が成立するだろう。


「落ちこぼれの君が図書館に何の用?」


 ある週末にユウやピリカの外出を見送ってから図書館を訪れた私はブライス王子に出くわしてしまった。光球を下賜されてから半年ほど経過していて忙しかったためにあまり考える暇もなかったのだが、否が応でも答えを求めてくる態度に変わりはなく堂々としているのだった。


「本に決まってるでしょっ」

「静かな環境での勉強が目的ならもっと成績が上がっている筈だからねえ」


 片眉を吊り上げて傲岸な視線を落としてくる。というか何故、私の成績を知っている。

 比較的長身種のエルフだが、もう相手の方が背が高くなっていた。


「君、出掛けないの? そうか出掛ける相手がいないのか」

「勝手に決めつけないでよっ」

「それか、金がないんだろう」


 私の木靴に視線をやっている。

 ユウのくれたティアード型の焦げ茶色のロングスカートを身につけるようになって以来の居心地の悪さだ。未だに服装に自信が持てない。人間社会の――まして王族から見れば、奇矯な身なりをしていると思われても仕方がないという諦めがどこかにあった。此奴に負けたくないのに……。

 羞恥心をわざと掻き立てるやり方は種族や階級も関係なく、意地が悪いとされるべきだよね?


「僕が恵んであげようか」


 にこにこと微笑みかけて来る。本気で言っているのだろうか?


「いいえ、結構でございますことよっ」

「欲しいもの本当にないの?」

「私が欲しいのは、物じゃないの」

「ふーん」


 少し考え込むような顔付きになる。

 人間の王子は貴族令嬢に囲まれて地位と名誉のために従わされた社会の中でしか生きて来なかったのかもしれない。それを思うと少し可哀想になった。


「アンタに邪魔されない、1人の時間よっ」

「僕も嫌われたものだな……」

「いい? アンタが嫌いなわけじゃない。ただ誰にも知られたくない活動ってあるでしょ」


 少し話し過ぎたかもしれない。

 ブライスは意外そうに首を傾げて遠くを見る目付きになっている。

 生まれてこの方、大勢の人間に傅かれてきた筈だ。家の方針がそうであるなら、着替えすら召使いの手づから大切に生育されて来たのだろう。周囲に人が居て当たり前なのだ。

 私のように注目を浴びず生きてきた者にとっては他人の視線がない時間の方が長いのであり、寮で暮らす学園生活ではどれほどユウと仲良くなろうとも、一息つける瞬間が必要なのだ。


「そうだ。ミューティニー先生と仲良くなりたいなぁって思ってるんだけど」

「エルフの? そうか君もエルフか」


 大仰に驚かれている。いや絶対、気が付いてるでしょ。

 なんなのだ此奴は。見せたがっている自分のイメージと印象がちぐはぐだけど、私に何かを印象付けたいのは確かだ。何せ、しょっちゅうあちらから話しかけてくるのだから。


「君、古代魔法に興味があるの?」


 やや真剣な面持ちだ。肯定も否定も自分でもできない。

 ダンジョンで呪文から魔法を行使したいとなると古代魔法につながるのかどうかさえ分からないのだから。


「あっと、……うん、単にミューティニー先生かっこいいなって思ってるだけ」

「あっそう」


 ブライスの目が鋭く細められた。


***


 しばらくは何の成果も得られない週末が続き、実技のある授業でも魔法行使ができないままだった。

 もし、ミューティニー先生が学園で不都合を感じずに日々を過ごせるとしたら、エルフも学園で魔法を使う方法はある筈なのだが、いきなり質問に行くことは躊躇われた。ハイエルフである彼が人間にも劣る落ちこぼれの同胞たる私を不快に思わないでくれる自信がない。

 また人間の王子であるブライスにも特別な縁はないようだ。そうしたことには心を動かされないのだろう。


 中等科2年では古代魔法の授業が始まっていないため、ユウやピリカも彼と面識がない。

 リッチ先生も牧畜地から出られないことになっているので知己ではない。

 苦手意識が先走ってしまっているが、残るは担任のウデナガに訊いてみるしかなかった。


「ウデナガ先生ー? あの、面談をお願いしたいのですが」


 ホームルーム終了後、先生に勇気を出して声を掛けてみた。

 長い髭がぴくっと動き、縦長の大きな瞳孔がこちらを見下ろしている。エルフの私よりも随分と上にも横にも大きい堂々たる体躯だ。長いつやつやの毛で覆われている。


「レディシュ君、どうした」


 ふんふんと鼻をうごめかせている。

 獣人は気まぐれだと聞いている。砂漠の王都に来て初めて見た種族だが、興味を引かれない者には見向きもしないという。私の名前をまだ覚えていたことも意外だ。教師として最低限の関心はあるようだ。


「隣の教室でもいいですか?」

「ふむ、いいだろう」


 まだ下校せずにクラスに残っている生徒が数名いたため、ウデナガ先生を別の教室に誘う。足音も立てずに軽やかな身のこなしだ。その気になれば腕の良い冒険者にもなれるのだろう。


「困っていることがありまして……。入学してから一年半も経過するのですが、呪文が1つも成功していないのです」


 この言葉を口に出すことはとても辛かった。

 張りつめて返事を待っていると、顔に陰が落ちるのが分かった。ウデナガが手を上げて制止したのだ。それ以上、説明しなくてもいい、という風に。


「ミューティニー先生は変わった方でね、獣人とは口を利きもしないよ」

「……」


 やはりそうか、という思いが強かった。




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