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双子魔女なのに1人で家を飛び出しちゃいました  作者: 夕ノ森風花
中等科・二年
13/15

ダンジョン2階層にて

 あらかた準備完了していたものの、2階層へ潜るにあたって攻撃魔法は覚えることができなかった。ノーム言語体系での呪文ではエルフは魔法の行使が出来ぬのやも知れぬ、とリッチ先生に警告されている。

 いずれ古代魔法学のミューティニー先生に聞いてみるしかない。


 いざ危機的状況になれば、自分で身を守るしかない。

 リッチ先生自身が物理的に干渉できないためか、それとも学園の結界に縛られていたように制限が設けられているのか、彼の風魔法にしても収穫物を運ぶとか本のページを捲るとかそういった類のもので、攻撃できるような強さは伴っていなかった。ダンジョン内ではどれだけ力を発揮できるかはまだ未知数だ。


 私がダンジョンに長逗留している間だけは、ハヤブサの世話係は他の生徒に任せることにしている。大きく成長して来た上に、どこにいても感応できるようになっていたので心配はしていないのだが、世話係の生徒にリッチ先生が呼ばれたときに不在を悟られてしまうと不審がられる。結界の外に出没できるようになったことはまだリッチ先生と私だけの秘密になっていた。

 ダンジョン内であっても四六時中、先生と一緒に行動を共にすることはできないのだった。


 前期課程が終わって長期休暇に入った日の朝、ピリカは実家に帰っていく貴族女子達を見送りながら、「私も本当なら実家で贅沢三昧でしたのにね……」とつぶやいていた。彼女も居残り組だ。まだ平民の方が意識されず気楽なくらい、没落貴族というのは同じ身分であるだけに一層つらいのかもしれない。


 今回も同じ手段でレイスの検閲を掻い潜り、ダンジョンに侵入した。

 より痕跡が残らない方法として、次回からは目眩まし爆弾を作ってみようか。魔法を覚えることはできずとも加工品なら工夫次第だ。足止めをしないまま盛大に煙を吹き上げて颯爽と通り過ぎるのは手慣れた風でかっこいいだろう。


 1階へ降りる階段途中の踊り場に出た。ここからは初めて行く道になる。


 ブライスにもらった光球の魔法器は想像通り、昨年のリッチ先生の目玉光源より頼りになる明るさだった。難点は片手大でつるつると掴みどころがない完全な球体であること。仕方なく持ち物の中に入れておいたのでやはり薄明かりになってしまっている。取り出しておくと片手が塞がってしまう。

 次に来るときは腰に布袋でも提げて中に入れておきたい。学園では見落としていた。

 とにかく決して消えない光が近くにあるのだから、気を落ち着かせて進むしかない。


 2階へ降りる階段の先は暗がりの中に消えていた。

 大丈夫、私には光球が……。

 あぁ、でもやっぱり怖い!


 壁灯が途切れているのが嫌なら、一歩ずつ少しずつ、火を移していけばいい。

 手燭を持参して来たので、震える手で1階の最後の階段の壁灯のガラスを避けて中から火を分けてもらい、消えてしまっている2階層へ降りる階段の壁灯に火を灯していくことに専念した。こうして進んでいけば怖くないはずだ。

 あれほど整備された1階で命を落とした冒険者もモンスターもいる筈がない。だから2階では長い年月の果てに蘇ったモンスターに遭遇なんてしないはず。

 こう思いながら、1つ1つ壁灯を自分のものにして行った。油の盗まれている壁灯にはジヤトロファ油を継ぎ足しながら。道を制覇しているようで安心できる。


 そこまで長くなかった階段を降りきってしまうと、3階層へ向かう階段は、1階から2階にかけてのように近くに続いてはいないのだということが分かった。2階の順路の先にあるに違いない。壁灯がある限りは順路から外れてはいないのだから落ち着いて行こう、と思いながら、火の呪文が使えたらどれだけ便利だろうということを考えた。 

 油のついた手も洗いたくなってしまう。基本的な生活魔法だけでもいいから、使えたら――

 無事に学園に帰ったら、もう魔法契約とまでは考えず、なりふり構わずミューティニー先生を捕まえてエルフ言語の呪文を教えてもらおう。

 そう考えながら持ち込んだ防汚布で手を拭う。


 順路だけを進んでいても魔法陣には辿り着けないのは分かっている。どこかで意を決して暗がりの中を進むしかない。そろそろ覚悟を決める必要がある。

 ……だけど、やっぱり怖いから、せめて今夜だけは順路の壁灯の下で寝かせて欲しい。


 火の灯った手燭から携帯燃料にまた火を移して、その周りに難燃性の囲いを設置した。伸ばすと真っ直ぐになるが、節があり幅のある面を垂直に三角形に立てることで上に調理器具を置いて温めることができる。

 小さな鋳鉄製の鍋を取り出して木のスプーンでラクレットチーズを削って入れた。葉物野菜はしばらく食べることができないが、かぼちゃや瓜系などの皮の厚い野菜や根菜類なら持ち込んでいる。これらも少しちぎって入れて一緒に温めた。


 ドライフルーツ以上に満腹になれるので、こうして気分が落ち込んだときの献立にしていきたい。ダンジョンの中でも温かい料理が作れること、ただそれだけでも小さな自信になった。魔法が使えなくても知識や知恵は裏切らない。寮母さんの温かさを思う。誰かが快適に過ごせることに献身する姿勢のどこが貴族より劣るというのだろう。高慢で才走った者はエルフにも多いけれど、自分のことを全て1人で面倒見られない人間に見下される筋合いはないだろう。


 レイスの足止めがある以上、ダンジョン入場は夜のほうが好都合だが、殆どの冒険者は朝や昼から入場して来るので明日になれば順路で他の冒険者と行き合うこともあるだろう。ましてまだ2階なのだし――

 気持ちが奮い立つように考えながら、寝袋に包まった。


***


 誰かが頭上から喚く声がする。

 私の耳の傍で声を荒らげないで欲しい。うるさくて眠っていられないほどだ。


「レッド! ちょっと大丈夫なの!? しっかりなさいっ!」


 薄気味悪い筈のダンジョンの中にわんわんと反響している。

 目を開けると、そこには。


「ちょ、ピリカ。こんなところで何やってるの!?」

「それは私のセリフよ」


 気性の激しさを表した髪が私の上に降り掛かっている。

 顔を覗き込まれているようだ。思わず跳ね起きてしまった。


「無事、生きてるわね!?」

「寝袋にわざわざ入っている死体なんてある訳ないじゃないの……」

「あるでしょ、地上に連れ帰られるとき、とか――」

「てゆか、ほんと何?」


 制服も着用せず、着の身着のままだ。そのまま寝間着だと言われても順当と思えるような着心地の良さそうなもの。コルセットは着けていない。ドロワーズのようにふんわりしたズボン姿だ。

 まさか私のように室内着と寝間着の兼用服? 防汚の魔法が使えるかどうかの問題ではなく、貴族なら機会を捉えて都度、細かく着替えるだろうに。


「あなたが大荷物を持って寮を抜け出すところを見たから、付いていったの。これは貴族令嬢達の残していった金目の物を不在中に片っ端から持ち出した夜逃げかしらと思い……」


 悪びれもしない独白。

 アンタじゃあるまいし、そんなことしないわよ!


「そしたら、真夜中に学園を抜けていくじゃない? 今、寮に残っているのはあなたと私くらいのものだし、1ヶ月もつまらないから遊びに行くつもりでしたの。先日のこともあったから警戒されますでしょう? だから先に声は掛けず……」


 ほーほー。そのくらい嫌われている自覚はあるんだ!?

 ……だからって尾行までするかぁ???


「レイスに爆弾を投げ込んでダンジョンに不法侵入するから、割の良い秘密の換金所があるのかしらと思いながら。地上のギルドだと良いようにやられてしまうでしょう?」


 そんな訳ないよね!?

 ということはピリカは足止め方法を目撃したのだ。やはり煙幕爆弾の開発に着手しようとの決意を新たにする。追っ手がある際に手段を選べる強さよ。


「壁灯から貰い火をして、あーとうとう窃盗ですわね! ……と見ていた矢先、油を足していくじゃない? これはもう勿体ないな、と」


 盛大に着眼点がズレている。

 ピリカが貴族女子だというなら、こんなのでよく令嬢が務まっていたな、と感慨深い。

 いや、ほころびが見えるから学園での立場が弱いのかも知れない。


「そんなことをせずとも、壁灯なら私が火を灯して差し上げますわ」


 ここまで一気に捲し立てると呼吸を整え――、


「私もお連れなさい。……でないと、バラすわよ!」


 ピリカは、ぴっと指を立てて私の前に突き出した。

 脅迫きたーーーっ。


「んーと、まずピリカはここが危ないところだって分かってる?」


 冒険者達もパーティを組んで進むのだ。

 貴族のお嬢様を連れて行くとなれば危ない目に遭わせてしまうこともあるだろう。


「あなたに足手まとい扱いはされたくないわ」


 つーん、と顎をあげる。言い出したら聞く耳を持たなそうだ。

 しかし、私より呪文の腕が立つのは確かなので、二の句を告げられない。

 あ、でも……

 

「ねぇ、ピリカってこのダンジョンの中で着替えの魔法を使える?」

「私の服が連れ歩くのに気に入らないの!?」


 妙なところで貴族女子意識をまた発症したな……、じゃなくて。


「いや、そうじゃなくて、学園にかけられているノーム言語体系の便利魔法が使えないはずだってこと」

「まぁそうでしょうね。このダンジョンは大昔のエルフが創設者と聞いておりますわよ」

 

 エルフ言語で具現化した空間では他言語での呪文は無効になる。

 これこそがやはり学園で私が魔法行使できない理由なのだろう。


「服なんてたくさん持ってないわよ……」 

「いいから、1枚脱ぐだけでもやってみて!」


 ユウが指で組み合わせる印と似た形が取られたが、やはり効果は発揮されなかった。

 魔法は血で使うものだ――、という言葉が思い出された。

 人間はここのプロトコルでは魔法を発現できないようになっているのかもしれない。


 もしかするとブライスも知っていて、私にダンジョン攻略を勧めてきたのだろうか? という考えが頭を掠めた。


「で、でもっ! 私には火の使い魔がおりますの。……サラ!」


 ピリカが手を胸に当ててから息を吹きかけると、手の上に手のひら大のサラマンダーが現れた。

 それと同時に辺りも明るく温かくなった。


 使い魔を使役できるかどうかを一般的に他人に公開することはない。契約に使用する真名ほどではないが極秘にされるのが普通だ。人前で魔法を使うにしても使い魔の姿をわざわざ表す必要はない。

 こうして種族や使える魔法を巧妙に秘匿するために、建物や敷地には便利魔法のプロトコルが張り巡らされるのが人間社会のようだ。

 それはエルフの村でもあまり変わりはなく、私もお姉ちゃんの使い魔を見たことがない。

 

「じゃあ、私も……」


 と、同じようにリッチ先生を召喚した。


 以降、お互いに使い魔の姿を見せないように火魔法と風魔法を使用するにしても、見せてくれたからにはお返しをするしかない。いずれダンジョン攻略の長い付き合いになれば分かってしまうことでもある。


「あなた……、なるほどねえ。リッチ先生はもう精霊級の死霊だったのね」

「ユウにもまだ秘密だから」


 釘を差すことも忘れない。

 先刻、脅迫されたばかりである。


「おや、ピリカ君ではないか。そして火の精霊か。好都合だな」

「私はいずれにしても学園卒業後は冒険者になるつもりでしたの」


 ピリカの肩の上でサラマンダーのサラが体長に近い程長いしっぽを揺らしている。


「お家再興のため! さぁ荒稼ぎするわよっ!」


 私の目的とは違うのだが、火の魔法を喉から手が出るほど欲していた私には選べる余地もなく、有り難い仲間ができたのだった。


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