学年始めの式典にて
現在のスペック
★ 風魔法を使役できる従魔と契約した
★ 種子爆弾を大量生産できるようになった
学園内での立場
★ 魔法牧畜の先生の助手と目されている
★ 特定の貴族女子とは交際が許された
持ち物
★ ダンジョン内でも明るい光球の魔法器
★ 親友から愛のこもったプレゼント
再び入学式の日がやって来た。
今年は在校生として大広間から壇上の式典を見守っている。
正式な王太子であるブライスの兄が、より王宮に近い中枢にある高等科を今年卒業したばかりだそうだ。集まった数百人の生徒も貴族が殆どだが、平民もいる。あと数年で次は王女の入学があるそうで男子生徒は期待に胸を膨らませている、というのがユウの見立てだ。貴族女子にも言えることだが学生時代の恋に憧れを持つ者は多い。長じて後、政略結婚させられることが少なくないからだ。
一年前と比べると、風魔法を使うリッチと従魔契約して、種子爆弾の生成方法を覚え、魔法牧畜のクラスだけ最上位に昇格した。この3つだけでも大した進歩だ。田舎から出てきたときは本当に何も知らなかったのだから。
前期課程前の一週間の短期休暇では寮母さんに頼み込んで料理も教わった。
通いの生徒は自宅で取るために、寮生は寮で朝食を取ることになっている。
学園では料理は生活魔法の一分野とされているのだが、卒業生が商業的に成功することを意図して人気のある産業物に主眼が置かれており、火水風土の基本型の魔法が使えないと手に負えない性質も強く、ダンジョンに持ち込む食糧をなるべく軽く負担のないよう美味しく作りたい私には何もかも合わない無用の調理法も多かった。
このままではリッチの風魔法を使った各種ドライフルーツで1ヶ月間サバイバルコースだ。
有り体に言えば、酪農品はリッチ先生の目こぼしで入手し放題なのに、チーズや干しヨーグルトを使った料理が作れないとは何たることや、という話だ。どのみち油は潤沢に、もしもの場合に爆弾を使用することを考えて火種も持ち込む予定なので、火起こしに気をつけて温かい料理を覚えたかった。水を使う必要もないところも好都合だ。
長く保存が効き、携帯が簡単な豆を使った料理などもいいだろう。ただし豆は今から牧畜場にこっそり植えてラクダなどの生き物や先生と生徒達の目を欺きながら収穫まで待つことになる。面倒だし煮豆にするなら水魔法が必須だし、乾燥豆を毎日ローテーションするのはドライフルーツのフルコース三昧より御免被りたいことから後回しだ。
ソルガムきびは大好物の食材だがやはり水がなければ炊けないし、水の魔法はおそらく習得できないことから諦めていた。
寮母さんの担当は朝食と夜食だということも都合が良かった。
すぐに作れることに重きを置いた手間の掛からない簡易でも多種多様な食事を作ることができた。
またできれば寮母さんから薬草を使う方法を学びたかった意図もある。
医務塔のイ=ナースの手を煩わせるまでもなく、彼女は簡単な傷治療もできるのだ。
エルフは身体の成長速度が遅い分、少しの傷から失血したとしても人間より傷のふさがりからの完治が遅いのが、どうもリッチ先生はその辺りの認識が甘い。自分が不死身だからって――
エルフは一般的に火を嫌う。あのお姉ちゃんでさえ火魔法を覚えられなかった程だ。
森を焼かれたり、金属加工のために森を切り開くことへの本能的抵抗だったりすると言われているが、真名が未だ使用されていない可能性も含めてお姉ちゃんより先に今年はできれば火の魔法を覚えたい――爆弾を自由自在に操るため、美味しい料理のため!
「入学おめでとう。君達はグレイヴ王国の若き魔法使いとして7年間勉学に励んでもらう。基本型を5年、専門に特化した高等科課程では――」
壇上の校長先生が祝辞を述べている。
私にはあと6年だけど、そうか、高等科になると基本型ではなくなるんだ。
非属性魔法も学園で学べるようになるのね。一足飛びに非属性の使い魔と契約してしまったが、その本領を発揮できるにはあと4年待たないといけないようだ。
「殿下、それではお願いします」
大広間にざわめきが広がった。殿下といってもブライスのことではない。
卒業したばかりの王太子が校長先生に誘われて壇上に上がった。
皆は一斉にお辞儀の姿勢を取り始める。
おっとぉ、今年もカーテシーしなければならなかったか。
式典時はこのためにベル型スカートが指定されているんだなぁ。普段の私の白い布服では生地が足りなさ過ぎるよ……。
「この学園で学んだ7年間はとても楽しい時間を過ごした。生涯の思い出として決して忘れ得ぬだろう」
なかなか素敵な王子のようだ。ブライスとは大違い。
「勉学だけでなく友達もぜひ作って欲しい。生まれた身分や能力や職業に関係なく同じ時間を過ごすことの貴重さは卒業してからでないと分からない――」
私にはユウがいる。今年は鷹匠との恋を応援するためにも、まずは飼育から頑張らなきゃなぁ。
***
一変して、リッチ先生との牧畜地での時間は地獄に変わった。
貴族文化である鷹狩の理解を深めるためという名目で、校長先生に掛け合って教育計画に組み込ませることに成功したものの、実体のないリッチでは給餌すら難しい。大鎌を振って風魔法で隣の畑から飼料を供給するのと鷹の飼育法とではかけ離れているからだ。
発案者でもある私がラクダ20頭分の値段とも言われる、鷹の中でもハヤブサと呼ばれる特別種の世話係となるのは致し方がない流れだった。大変高価なため気が抜けない。
昨年から牧畜地には入り浸っていたし、貴族は家畜の世話などの下っ端仕事を好まないため、リッチ先生が必要とする物理的な仕事をするのは私だという暗黙の了解も出来ていた。
しかしハヤブサの食性は完全なる肉食。私は草食だ。食事光景を見るのもつらい。
あぁ、生肉だよ。せめて焼かれた姿であればいいのに。
ううっ……。革製品も金属も触るのも嫌だよ。エルフに理解を――!
餌合子という餌箱を叩いて鳴らし、呼子という笛で呼ぶ。分厚い革で出来たグローブを嵌めて止り木のようなポーズで腕を上げて休ませ、嘴と爪を力を入れて金属のヤスリで削る。足革を付けたので上空を自由に飛び回り、ハトやカラスなど学園景観を害する鳥を追い払って役立つようになった。天敵が存在するだけでも恐怖だもんなぁ。
わざわざ自ら世話をせずとも、金銭で人を雇えば仕事を選べる筈なのだ、より上位の職業に就けば知らずとも良いことなのだ、という一貫した貴族の態度も腑に落ちた。
私だって土いじりが好きな訳ではない。火も苦手だ。だけど親友の助けになりたいし、たんぱく質を摂らず、来る日も来る日もドライフルーツだけの食事ではきっとダンジョンの中で発狂してしまう。
ダンジョンに行かなければ命を落としてしまうし、今学期は2階以降のモンスター出現階層に行かなければならない。私には何かを選ぶ余地はない。
前期も半分終わりかけた頃には、ユウがたまに生き物の糞を踏み分けて牧畜地に来てくれるようになった。
寮のルームメイトとして苦心しているエルフを見捨てることはできない、という構図は貴族女子にも受け入れることができるようで私達は一緒に土草まみれになっていても見逃してもらえるようになった。卒業したら貴族社会に帰っていく彼女を心配していたのでこれは有り難い。
鷹匠と結婚する、生き物と共生する産業を志す、と今は意気込んでいたとしても、将来選べる道は多いことに越したことはない。おっとりした彼女には似つかわしくないように思えたし、そんな彼女でも激情を抱くのが恋というものなのかもしれない。
ユウは時折ルームメイトを助けてあげているだけと見做されているので、休暇中の豪華なディナーパーティの席で話題に上り、狭い貴族社会の中でユウのご両親の耳に入ったとしても言い訳が立つ筈だ。まさか鷹匠と学園の飼育係まで結び付けたりはしないだろう。
「私、あなたにお礼をしたいの。週末少し外出して来ますわ」
学園の生徒は週末に都市中心部へ出掛けてもいいことになっていた。私は使えるお金がないので行ったことはないのだが、いよいよ遠征準備が間に合いそうになければ護衛を雇うために、リッチ先生の裁量で何とでもなるジャトロファ蝋燭や石鹸を量産していつか商職人ギルドへ売りに行くことはあるかもしれない。得意な爆弾を市場に大量に流すことはできない。エルフは経済行動を滅多にしないのもあるが、遊びの買い物に出掛けるのはそれからだなぁ。学園でまだまだやりたいこともあり時間も足りない程だった。
「お礼なんていいのに……」
「久々のショッピングが楽しみですの」
熱意に燃えたぎっているようだ。
貴族のショッピングといえばユウの大好きなドレスや手袋などの装飾品だろう。
いずれ鷹匠を学園に招聘することになれば工夫を凝らして用意することになるのだし、生き物の世話など慣れないことをしている彼女を見ているだけに、たとえ週末中、鷹の世話は私がすることになっても好きなことをして発散して来て欲しかった。
そうして日々が過ぎ去り、翌々週くらいのことだろうか。
今日は世話係を代わるので早めに寮に戻って欲しいとユウに言われた。
部屋に入ろうとすると寮母さんに呼び止められ、彼女の居室に連れて行かれる。
「ユウちゃんが、これをあなたにって。着替えを手伝うように申し付けられてね」
手に持っていたのは布を何枚も使用した裾の長いティアード型のスカート。揃いの生地でボウタイを長く取った上着もある。
貴族女子は薄い色を好むが、あえて黒に近い焦げ茶色なのは牧畜地を頻繁に訪れる私への配慮だろう。とはいえ生地に艶がありみすぼらしい感じはなかった。
「もうレッドちゃんも12歳だもんね、一人前のレディのような服を着るべきよね」
と言いながら私の制服を脱がしてコルセットを締める。
張り骨の素材には丈夫でよくしなる木を探してくれたようだ。どうせ窮屈なコルセットをしなければならないのであればクジラの骨や象牙や動物の角より、エルフとしての本能としてこの方が好ましい。ユウはよく分かってくれている。
生地の余ったところは詰めるよう言われているらしく、縫い針で細かな微調整をしながら白い布服の上に着付けていく。
胸はささやかだが、エルフの常として人間に比べて背は高い方なのですっきりした色合いとデザインが似合っているようである。
鏡の中の自分を見つめながら驚いている私に、
「蝋で魔法を封じ込めて防汚撥水加工してあるみたいね、この生地はとても良いものよ。大切になさいね」
と言ってくれた。
そういえば長逗留になるなら清拭用の防汚加工の布も手に入れないといけないなぁ。きっとダンジョンの中で身体を拭きたくなるだろう。ありがとう、思い出させてくれて。契約反故により命を落とすか、うら若い乙女として発狂するところだった。
ますます鷹の世話に精を出そうと決心した次第である。
「でも、……あーん、やっぱ見てられないっ」
幼鳥はミミズのような柔らかい餌も適宜必要とするので、ノミデス先生の許可を頂いて植物畑で草むしりをしながらミミズを探し出してはハヤブサにあげている。
「そのうち慣れるのかなぁ……」と、つぶやいたときだった。
「いつもありがとうございます」
猛禽類の鋭い金色の瞳が首を傾けながらも真っ直ぐこちらを見上げている。
ハヤブサの言葉を突然理解した自分に気付いた。




