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双子魔女なのに1人で家を飛び出しちゃいました  作者: 夕ノ森風花
中等科・一年
10/15

学年の終わりに

 レディシュは気付いていませんが、ノーム優遇は、ダンジョンを発見した土の魔法使いの末裔が現王のため王立魔術学園は土系統に強みがある学校なのです。ノームも認めるその実力!……ってやつ。


 魔法植物の後期課程では乾燥の進んだバオバブの木から果実を採集した。植林ではなく学園が設立されたときからある尊厳ある野生の命だということだ。

 種子から油を精製する加工はジャトロファで慣れ親しんだので誰よりも上手にできたと自負している。


 人間の歴史や魔法言語学は今もいちばん苦手科目だ。

 魔法言語といいながらエルフ言語ではなくノーム言語なのだ。教師の顔ぶれを見ているとこの学園ではエルフよりノームが優遇されているのかもしれない。さらさらの砂地が堅固で肥沃な大地を求めるようにノーム学へ活路を見出しているかのようだ。

 呪文学でも捗々しい成果を得られないでいる。契約をせずとも呪文を唱えるというのは簡単な魔法なら使えるようになる便利な手段なのだが、おそらくこの学園では呪文がノーム言語で構成されているために私には合っていない。一年が経過して私はようやくそのことに気が付きつつあった。私が呪文を唱えるならエルフ言語でなければならないのだ。


 ノームは必ず双子で生まれて鼻がいいとされている。

 私はエルフの双子の片割れで耳がいい。

 ――はぁ、なんかやっぱり蔑ろにされている気がするよ。もっと皆、駄目エルフも愛そうよ!


 リッチ先生と従魔契約を結んだことについては学園で秘密にしていた。放課後は延々と手取り足取り付き合ってくれるようになったのだが、これだけ練習して風の魔法を使えるようにならないのはエルフとしては落ちこぼれを通り越してあり得ないらしい。可能性としては誰かが私の代わりに真名を利用してはいまいか、と漏らしたときには背筋の凍る思いがした。

 考えられる可能性としては、お姉ちゃんしかいないのだが。

 まさかね……と、慌てて考えを打ち消す。


 私だってお姉ちゃんの真名を知っているけれど、利用するなんて一度も考えたことはない。

 もしも重大違反があった場合には、命のやり取りが発生するのが魔法契約だ。


 そうした意味ではリッチの条件、1学年に1度はダンジョンに行くことを破った場合、私は命を落として彼は生命体としてこの世に再び生を受ける悲願を達成できるらしいのだが、今のところ彼は永遠の生(?)のままダンジョンにかけられた死霊術の秘密を明らかにする方に魅せられており、有限の命に復活することに意味を見出していないという。

 また山エルフであっても長い時間を同じ生き物と過ごした場合には会話能力を得ることがあるのかどうかも知りたいらしい。この徹底して生き物を通して生命を見つめ続けている姿は何かをこじらせている。

 食事の楽しみとか、生の三大欲求とか、どこ行った!?


 次はまた2学年めの長期休暇でダンジョンに行くことになっている。

 1階で散見される魔法陣は誰もが簡単に見て取れるもので、いくら王都にエルフが少ないといえど紋が書き写されて地上でも研究が進められていることから、より深層に潜って未だ発見されていない魔法陣を見たいのだと要求されていた。リッチは火の魔法を扱えないことから順路以外に壁灯がない2階以降では宿り主を持たずに進むことができない。「私は生前、風の魔法使いだったのだろう」とはリッチ先生の言である。


 休暇を全て使い切ってでもダンジョン内に逗留が可能なように、なるべく小型の簡易食糧を揃えることや攻撃魔法を覚えることが必要とされていた。でも風魔法をいくら練習したとしても先生からの駆使でしかない。

 駄目なら大金を作って冒険者ギルドで護衛依頼クエストを発注するしかない。だけど、あまり学生の身分で出入りしたくはない。


 となれば、思い浮かぶのは奴の顔なのだが――。


「ブライス様とは私達、中等科5年間同じクラスですの」


 ユウが嬉しそうに告げた金言は私にとっては地獄の宣告にしか聞こえなかった。

 またホームルーム担任であるウデナガも王立魔術学園では5年間同じなのだという。

 組み手で危うくぱらりの辱めを受けるところだった私は、ウデナガがすっかり苦手になっていた。ぽろりと言える程デカくないものであっても人目に晒したくない。


「習熟度別授業だけだと心の拠り所がなくなってしまうから、ホームルームという制度がありますのよ」


 王都の教育制度が大変発達していることには疑問を差し挟む余地もないが、私の置かれている状況を考えてみるにあまり有り難くはないものだった。


 今は学年最後のホームルームで、ユウと2人で最前列に座っている。

 後ろの方からはブライスの取り巻きの貴族令嬢達が大きな嬌声を上げているのが聞こえる。


「今年度、学年一位、おめでとうございますぅぅ!」

「さすがはブライス様ですわ!」

「今日のお衣装、素敵ですわ!!」


 見たくもないのだが、つい振り返って見てしまうとブライスは薄絹に金の刺繍が縁取られたクラバットを制服から覗かせていた。今日は一年生最後の日なので皆、正装になっている。私もこの方が気が楽だ。足元近くまである皆と同じベル型スカートを履けるからだ。


「おーい、静かにしろー」


 ウデナガが慣れた態度で教室に入って来た。

 次年度に向けた心構えなどの説明を一通りすると、各クラスでの優秀賞を発表するという。


「火魔、水魔、風魔、土魔、ブライス!」


 面倒臭そうに一度に呼び上げた。


「段に上がって、校長からこれを」


 その手にあったのはウィル・オ・ウィスプの閉じ込められた丸いガラス玉。

 以前、リッチ先生からフラスコに入った光源をもらったときよりも強く輝いているようだ。

 これだけ明るい教室の中でも眩い光を放っていた。


 ダンジョンから出た後、何故か途中から光を失っていた丸底フラスコを持って、ある日牧畜地を訪れた私は驚愕の答えを聞かされたことを思い出す。


「この光源の魔法を私も覚えたいのですが……」

「それは吾輩の眼球の1つだよ。念のため持たせたんだ。見事に片方だけでも牧畜場を抜け出したので、もしや……とは思ったのだがね」


 ウデナガからブライスに渡されようとしているそれは、ガラス球の中を窮屈そうに飛び回っている。

 もし同じものが入手できるならダンジョンで光源の確保に困らないだろう。松明を持ち込むことは避けたかった。

 どうせ次回も私は攻撃魔法が覚えられずに爆弾を大量に持っていくのだろうし……と自嘲気味に考える。


「ありがとうございます」


 ウデナガに軽く礼を言ってから、ブライスは席に戻って行った。女子の甘いため息があちこちから聞こえる。

 これほど優秀なら、何故私に投げ飛ばされたりしたのだろう……と考えていると、女子はどうせ体術などやる気がない筈だと高を括られていたのだろうと思い至る。まして非力とされているエルフで成長期前の男子を相手にするのだ。次回、手合わせをしたらきっと負けてしまう。

 魔法牧畜や植物の成績が上がった代わりに体術のクラスは下降したので、ブライスと同じ授業を受けることはないと思われるが、それでも奴には負けたくないような気がしていた。ぱんつの恨みは大きい。


 エルフに扱える武器はとても少ない。攻撃魔法が覚えられないのであれば体術も考えていかなければいけないだろう。いくら努力を重ねても、そよとも魔法で動かせない現状よりは、たとえ力は弱くとも拳を使ったほうがマシというものだ。


 ウデナガに稽古を付けてもらうのも嫌だし、リッチには実体がないので無理な相談だし、どうするべきか……。


「君、何も賞をもらわなかったの?」


 自分の考えに耽っていて、いつの間にかブライスが近くに来ていたことには気付かなかった。ホームルームが終わり、各々の放課後の用事のため教室が解散し始めているところだった。

 ユウとはあまり寮の外では接触を持たないようにしている。彼女を傷つけず、それでも連れ立って帰らないように細心の注意を払っていた。


 見上げるとブライスの視線とぶつかった。いつもこれだ。私が下を向いていてもお構いなく話しかけて来る。

 ただいつの間にか私のことを『お前』とは呼ばなくなっていた。


「エルフなのに?」


 口の端を上げて嘲るような挑発顔。

 このどす黒い感情はよく知っている。お姉ちゃんに生まれてからずっと味わわされて来た煮え湯。もしかすると私が魔法を覚えられないのは双子の生命の契約の身代わりとして先に真名を使用されて基本型とは契約できないのかもしれないという焦り。

 面と向かって言ってくる性格の方がどうかと思うが、魔法を使えない事実は事実なのだ。


「悪かったわねっ」

「僕の国では王族が臣下に贈り物を下げ渡すのが通例なんだよ」


 と言って、私の手にウィル・オ・ウィスプの光球を握らせて来た。

 すごく欲しかった魔法器があっさりと手に入りそうで、私はたじろいだ。


「私、臣下じゃない……!」

「じゃあ、僕が君にあげたいんだ」

「…………!?」


 その方が何故か困惑する。

 ダンジョンに行こうという誘いなのだとしたら、別に私ではなくても臣下にしろ騎士にしろ冒険者にしろ、選り取り見取りの立場だろうに。

 ああ、そうか。必要であれば光源くらい自分で用意できるんだ。持ち駒の1つとしてダンジョンに向かって欲しいが装備を持たないエルフに下げ渡すくらい何ともない、と。


 此奴に私がダンジョン同行を願うことはないだろう。曲がりなりにも一国の王子ということもあるが、それが奴の願いでもあるなら尚更喜ばせてしまうだけだ。リッチが言うには1階の魔法陣などより2階以降のほうが研究の価値がある、エルフは人間社会における経済的な理由からの冒険などには興味を動かされないため、まだ手つかずの状態を保っているのだろう。


「ダンジョン、とかいうところ、どうしても行きたいの?」

「しっ、声が大きいよ」


 立場を考えてくれ、と言わんばかりにまた口を手で覆われた。

 噛み付いてやろうかな!? いや、ますます女子に嫌われてしまう。


「あちらに下校を待ってる女子達がいるから一緒に帰ってあげたら?」


 男子寮と女子寮は校舎を挟んだ両脇にあるのだが、食堂やカフェテリアは中間地点にあるので、紅茶を楽しむ名目で男女ともに仲の良いグループで寄って帰ることになっている。

 まして今日から一週間は新学年前の休暇になるので、長期休暇ほどではないにしても、生徒は皆、浮足立っている。中には休暇を利用して商職人ギルドの方へ外出許可をもらっているグループもあるとのことだ。

 私はそのいずれにも縁はない。


「妬いてるの?」

「そんな訳……っ」

「妬かなくていいよ。これは君にあげるから」


 じゃあね、と満足そうに去っていく後ろ姿に殺意を覚えた。

 生まれ育ちが高貴だと疑うということも知らないのだろうか。


 エルフはドワーフより種族的に優れているという教育はされても、特に同胞の中の優劣など気にするようには育てられないぞ。ハイエルフにしても寿命が普通のエルフより長い種族だというだけだ。


 もう私はダンジョンデビュー済みなのよ、と言ってやりたい気持ちを抑えて、でも光球は有り難いので頂くことにする。準備期間あと半年と思えば攻撃手段を得ることが最優先なので、この際、瑣末事にはこだわらないことにする。

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