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08<魔獣十爪戦線①>

<リザ! 俺を抜け!!>


 声に応じたリザは、すぐさま鞘から俺を抜刀し構える。

 淀みないリザの動作に目の前の魔獣、ディッシュは感嘆の声を上げた。


「この魔力の暴風の中、まだ障り無く動けるのですか!?」


 ディッシュは天を見上げ、目元を濡らし感涙にむせぶ。


「あぁ、何という魔力代謝! 驚異的な魔力保有量をお持ちのようだ。魔獣十爪が1人、このディッシュを遥かに凌駕する!! まさに新たな魔王様の門出にふさわしい祝宴。素晴らしい祝花を捧げることが出来るでしょう」


 口上を垂れる余裕があるのは、こちらを侮っている証拠。つけいる隙はある――が、こちらが足下にも及ばない格下なのは事実。

 その隙だらけの片手間ですら俺達は一息で殺される。


 現状、戦う選択肢は無い。逃げの一手だ。


<リザ、一か八かの大勝負だ。乗ってくれるか?>


 リザは小さく頷き、俺に魔力回路を預けた。


 ためらう理由は無い。

 以前の訓練のようにリザの体を強制的に操作し、脚力を強化させて真後ろ方向へと勢い良く走り出した。

 今回は生存が最優先。訓練を上回る速度だ。

 非常に申し訳ないが、リザの体を労る余裕が全く無い。少々の筋断裂や内出血は我慢してもらうしかない。

 リザが先程とまるで別人の動きになったことに焦り、ディッシュは声色が変わる。


「追うぞ」


 リザと魔獣達の戦闘練度はまるで違う。

 さらに魔獣は人間よりも遥かに魔力適性が高い存在であるため、魔力の嵐が吹き荒れる魔力災害の爆心地は魔獣にとって圧倒的有利な環境となる。

 普通なら逃げられない。


 しかしリザの魔力保有量は規格外。魔力保有量の差で、むしろディッシュの方が大きなデバフがかかっている状態だ。

 そして魔剣の俺がリザの動作を補助。これで初めて、逃亡成功の目が出てくる。


 だが、それほど魔獣は甘くなかった。

 敵ながら流石と言うべきか、熟練した身のこなしと基礎魔力操作で魔力の性能差を穴埋めする。

 猛追する魔獣ディッシュとフェンリルは少しずつ距離を詰めてきた。


 窓や壁を壊して外に出るには未だ健在の魔力障壁が邪魔。このままではあと数秒で追い付かれるという場面。時間は無い。


 ここが勝負所だ。


 リザは魔術を行使し、魔剣の俺をリザの姿に変える。そのまま俺達は別方向へ駆けだした。

 変化した俺は直進し廊下の先へ進み、リザ自身は脇の階段から落ちるようなスピードで階下へ向かう。


「分身か!?」


 ディッシュは再び驚きの声を上げる。

 まあそう見えるだろう。

 そして分身魔術における正体の見破り方は――


「魔力保有量の大きい方が本体だ。正面を狙え」


 ディッシュはフェンリルに指示を出す。

 普通はそうだが、俺達にそれは当てはまらない。


 リザとリザに変化した俺は、偽物である俺の方が魔力で若干ながら上回る。

 俺の魔剣としての特性は、『完全な複写』と言うより『加算』のイメージに近い。

 魔剣状態の俺の微弱な魔力とリザの魔力が合算され、少しだけリザを超える性能になる。


「念のためこっちは降りた方を抑える」


 くそっ、やっぱりか。2人いるんだからそうするよな。


 追われたリザを心配しながらも、俺はフェンリルを引きつけることに専念する。


 邸内の廊下を走り抜き、突き当たりまで来た。

 行き止まりだ。


 俺は膝を落としその場に座り込んだ。


 後ろから来たフェンリルは、舌なめずりをしながら俺に迫る。

 ためらいもなく、そのまま俺の上体に噛みついてきた。

 咀嚼し体内に俺を流し込む――――


 だが、そうはならない。


「グッ……!? グォォッ! キャオォォァァン!?」


 先ほどの獰猛な鳴き声から一転、子犬のように痛みを訴える声に変わった。

 フェンリルの頬は裂けていき、前歯が折れ曲がり、顎が砕かれていく。


 どんな生物でも体内と体表面では強度が違う。こうなってしまえば流石のフェンリルも手遅れだ。


 フェンリルの左目内側から右前腕を突っ込み、爪で顔面を引き裂く。

 喉を内側から牙で食い破る。

 食い破った喉から左前腕を差し込み、腹まで切裂く。


 俺はフェンリルの姿に変わり、元となったフェンリル本体を内側から真っ二つに引き裂いて絶命させた。


――――


「中々良い余興でしたよ。しかし前座が長すぎるのも考え物です。そろそろ次の舞台に移ってもらわねばいけません」


「くっ……!!」


 リザはディッシュに捕まっていた。首元を抑えられて身動きを取れないようにされているが、丁重な扱いで傷一つついていない。

 俺は四足歩行の慣れない足取りで、ゆっくりとリザの元へ辿り着いた。


「ずいぶん時間がかかりましたね。その様子……獲物に逃げられて怒り狂う気持ちは察しますが、少々汚しすぎですよ?」


 俺の大量の返り血を見てディッシュは呆れている。返り血はフェンリルを食い破ったからなのだが、ディッシュはそれに気づかない。

 魔力回路までもコピーする俺の変化は、格上の魔獣すら騙せるようだ。


「安心なさい、貴方の怒りは彼女を喰らうことで晴れるでしょう。さあ、メインステージが待っています」


 ディッシュはリザを解放し、フェンリルの姿の俺へ引き渡した。リザは俺のことがわかっているようで、臆面無く俺の元へ近づく。

 俺はリザに噛みつく、フリをして傷つけないように口の中に隠した。


「あぁ! 素晴らしい! これからの光景を目に焼き付けねば!!」


 ああ、その通りだ。ここがお前の死に場所だからな。


 俺はリザを隠したまま前腕を全力で振り抜き、ディッシュの魔剣を持っている右腕を吹き飛ばした。リザを口から出して俺の首元を掴ませ、俺は戦闘態勢をとる。


 失った右腕から大量の血を流すディッシュは、目を丸くして俺を見る。

 自分に従ずるはずのフェンリルが攻撃してきたからだ。


 残念ながら、フェンリルにかかったディッシュとの魔術契約はフェンリルが絶命した時点で途切れている。俺は自由に行動できる。


 まだ分かっていないだろうが、初撃で魔剣を落としたことでお前の勝ち筋は消えた。ここからは好き放題に暴れさせてもらう。


 さぁ、反撃開始だ。


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