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07<餌>

 月明かりの見える深夜。

 食事も摂らず、リザは自室に籠もったまま窓の外を見ていた。


<……リザ、すまない。何もしてやれなくて>


「……」


 かけるべき言葉が見つからない俺に対し、リザも答えるべき言葉が見つからないようだった。

 リザはただうつむき、返事と言えるのかどうか分からないような曖昧な仕草で首を振った。


 何を待つでもない、明りの無い部屋でただ月と星を眺める時間が過ぎていった。

 不意に、窓から見える近隣の地で閃光が放たれた。


 閃光の中から蠢く何かが見える。


 ……魔獣だ!


<こんな所まで魔獣が!?>


「まさか、そんな」


 リザと俺は全く同じ、血の気が引くような感覚に陥る。

 まさか、先の魔獣災害は囮だったのか……?

 いや、あれほど大規模な魔獣災害を囮にするのは稀だ。しかも目の前で起きている方の魔獣達は魔獣災害と呼ぶには小規模なもの。攪乱目的に魔獣を放ったとも考えられる。


 いいや、それはあくまで楽観的な考えだ。

 もっと最悪の事態が待っているとしたら――――。


 邸内の人間も外の魔獣達に気づいたようで、部屋の外から声を聞くだけでも慌ただしい様子が見て取れるようだった。

 しかし、ロゼの一声で場が引き締まった。


「迎え撃つわ」


 その場に居た者達は静まりかえる。


「小規模とはいえ、放置して魔獣災害にまで発展すればたまったものじゃない。こんなところで留守番なんかしてられないわ。魔獣はせいぜいEクラス程度、さっさと排除しましょう」


「……本邸の守りはどうするんだい?」


 青年が代表して皆の気持ちを代弁する。


「そんなのはどうでも……いえ、狙われたときあの娘をきっちり殺す役が必要ね。貴方が残って」


「わかった。でもなるべく殺さない方向で……」


 青年が渋々と了承した後、窓の外を見るとロゼ含む戦闘要員が舘の外に出て行く様子が映った。


 ――数十分後。

 奇妙なほど静まりかえった邸内で、リザの部屋をノックする者が現れた。


 先ほどロゼと共に居た青年の声だ。


「僕だよ、エディだ。……あっ! さっきは挨拶してなかったね、申し訳ない」


 声色から鑑みるに、高圧的なロゼとは対照的にエディは物腰柔らかで穏やかな青年のようだ。


「少し話があるんだ。ロゼのことで」


「……」


 リザと俺は少し逡巡した。

 ロゼの近くに居る人物の言葉だ。ロゼの高圧的な態度について、何か別の理由が見えてくるかもしれない。

 リザは魔剣の俺を携え、部屋の扉を開けてエディの呼び出しに応えた。


――――


 『歩きながら話そうか』というエディの提案に乗り、エディとリザは邸内の廊下をゆっくりと歩き出した。


「ロゼとは同級生なんだ。魔法学院の」


「そうなんですか?てっきり冒険者の方かと」


「よく言われるよ。歳の割に老け顔でね」


 エディは自嘲気味に笑う。


「いえ、そういうつもりでは……」


「いや、いいんだ。一緒のパーティを組んでダンジョン攻略に挑んだこともあるから、あながち間違いじゃないし。それと魔法学院生っぽくないのもあるか。ロゼの苦手をカバーしようと思ったら、こんなスタイルになっちゃったよ」


 エディは腰の短剣をぽんと叩いた。


「そうなんですか。仲が良いのですか?」


「まあ、そんなところかな」


 エディははにかんだ様子で微笑む。

 少し間を置いて、ロゼのことを話し始めた。


「ロゼは人一倍責任感の強いタイプなんだ。自分にも他人にも厳しく当たる。優秀な魔術師として、家督を継ぐ者として、重責を担うが故なのだと思う」


 リザはうつむいたまま黙っていた。


「きっとロゼも君に期待しているからこそ、厳しく接しているのだと思うよ。だからさ、今だけだよこんなのは」


 リザは何も答えない。


<知ったことかよ。リザを傷つけて良い理由なんか、どこにも無いのに>


 漏れた言葉に、リザは少し笑った。

 俺の言葉が聞こえないエディは、自分の言葉が気持ちを和らげたのだと勝手に解釈していた。

 

 エディとリザは最上階、当主レオンの部屋に着いた。


「さあ、着いたよ。ここからの景色を見れば、君の気持ちも晴れるさ」


 リザは不思議そうな顔でエディを見る。


「ここを目指していたのですか? 父上の部屋は厳重に戸締まりされているはずですが……」


「そうかい? さっきは開いていたよ」


 エディは部屋の扉に触れると、扉は羽のように軽く動いた。


「ほらね」


 部屋の中を見たリザと俺は絶句した。


 瀟洒な魔剣を携え、高級なスーツを身に纏い直立歩行する山猫の顔をした魔獣。

 その後ろには一般男性の5倍はあろうかという体長を持つ白銀の狼型魔獣。大量の唾液を牙の隙間から垂れ流し、部屋の中で窮屈そうにしている。


 狼型魔獣の足下には魔界の茨が敷き詰められており、青い薔薇の小さなつぼみが点々と付いていた。


 礼儀正しい山猫の魔獣が帽子を取り、こちらに向かって挨拶する。


「ご機嫌麗しゅう、お嬢様。魔獣十爪の一人、ディッシュと申します」


 強い。

 強すぎる。無理だ。


 余裕のある立ち振る舞いは実力の表れだ。俺達は全員殺される。


「やはり宴の主役には麗しい女性を立てるべきだと思っていました! そこの従者、良い仕事をしてくれた。連れてきて下さったことに感謝しましょう」


リザが恐る恐るエディの様子を見ると、震えながら引きつった笑顔を見せていた。


「かっ、彼女の魔力保有量は、僕なんかより、ずっと多い! こっ……これでっ、僕の事は見逃してくれるんだよなぁ……!?」


 山猫のディッシュは笑って答える。


「無論だとも! 僕は君の生死なんかに興味ないのでね」


 その答えを聞くとエディはすぐさま後ろへ振り返り、走り去った。

 つもりだった。


 にゅうっと長く白い獣の腕がエディの首元を掴む。そのままエディは当主の部屋の中へ引きずり込まれた。ディッシュの後ろに居た巨大な狼がエディを前腕でつまみ、舌なめずりしながら恍惚な目をしている。


「いっ嫌だあぁぁ!嘘だろ!? こんなとこで、こんなとこで死にたくない!! 僕はロゼにまだ――ああぁぁぁ!!!」


 エディの上体は狼に食われ、ジタバタする足だけが見えた。

 それも束の間。

 狼が咀嚼を繰り返す度にエディは人間からただの足になり、肉になり、骨になり、最後に唾液と混ざり合った血溜まりと化した。


「ううむ。やはりフェンリルを扱うのは難しいな。まあ、前菜だったと考えよう」


 フェンリルだと……!?

 一流の冒険者でもソロでの攻略が難しくなるBクラスの魔獣だ。しかも、それは野生で遭ったときの話。


 魔界の茨の中心にいるコイツは恐らく魔獣災害の核。

 そのレベルは格段に上がるはず。


 エディの魔力回路を喰らったフェンリルは大きな雄叫びを上げた。



 足下の茨が急速生長し部屋全体を覆い尽くす。魔界の茨は邸内の廊下を洪水の様に広がっていく。つぼみだった青い薔薇は全て花開き、鮮やか過ぎるほどの青色で埋め尽くされた。


 土石流の如く押し寄せる魔力の暴風。


 ――魔獣災害だ!

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