06<嵐の前の嵐>
「魔獣災害だ」
ガードナー家当主、レオン・ガードナーの真剣な声に従者達はどよめいた。
その場にいたリザと俺も例外では無かった。
夕刻、領地内の要所に張られた魔力観測計の1つが異常値を示しガードナー家本邸に伝えられた。
ただ高い数値が出ているだけであれば計器故障の可能性も有る。しかし観測計の初期動作の解析で、その淡い期待は裏切られた。
魔力数値は波打つように上下しながら、全体としては二次関数に当てはまる増加速度を見せる。典型的な魔獣災害発生時の波形だ。
この対応のために、リザ達ガードナー家の人間は邸内の広間で最終の作戦会議を行っていた。
――――
魔獣災害。
文字通り多数の魔獣が召喚され、周囲は超高濃度の魔力に呑み込まれる大災害だ。
魔術の素養が無い者は魔力の奔流に呑み込まれ、呼吸も出来ず圧死する。
一定の魔力代謝能力を持つ者、つまり魔術師であれば圏内においても生存及び行動は可能だが非常に危険であることには変わりない。
優秀な魔力回路を餌とする魔獣達が、その体を貪ろうと徘徊しているからだ。
魔獣達は優秀な魔力回路を得るほど強大となり、更なる大災害を誘発するという最悪の事態を呼ぶ。
過去、その地に立ち入ることが危険だからと大砲などによる遠隔からの掃射攻撃を試みたこともあるそうだが、これは通用しない。
魔力濃度の高い地域は高速の物体に対する魔力障壁が発生するため、さながら天然の要塞と化す。弾丸の類いは全く機能しないのだ。
生物も無機物も立ち入ることが出来ない、周囲は完全に陸の孤島。
危険を承知で、魔術師自身が現場に赴き処理を行う他に無い。
――――
「魔力強度から見るにC~Bクラスの魔獣が核として存在する。私含む精鋭部隊で対処しなければならない。……だが本邸の警備が薄くなる」
レオン当主は数手先を読んでいた。
「『誘い込んで罠に嵌める』、『警備の薄くなったところを叩く』。現時点ではどちらの可能性も含んでいる」
魔獣災害の対応として最大の悪手は中途半端な戦力分散だ。
魔力及び魔力回路を主食とする魔獣にとって魔術師は格好の餌。
敵に塩を送るような真似をしないために、魔獣相手の戦いは十分過ぎるほどの戦力を割かなければならない。
だが魔獣達もその裏をかいて、災害を起こして精鋭を釣り出し別の場所で本命の大規模な魔獣災害を起こすという戦略もある。それで今まで多くの命が奪われてきた。
「緊急で魔法学院からロゼを戻すよう要請した。本邸の留守を任せる」
その言葉を聞いた瞬間、リザは思わず張り詰めた表情になる。
ロゼはリザの姉で、魔法学院の3年次生。
学院でも優秀な成績を収める魔術師だが、リザとの関係は良くないようだ。
魔剣学園入試のための訓練は順調だが、このレベルの魔獣災害に対してリザも俺も完全に無力、足手まといだ。特にリザは、その魔力保有量故に万が一魔獣に呑み込まれれば未曾有の大災害になる。外出することすら控えるべきだ。
話が終わり次第リザはその場を離れ、誰とも会わないよう部屋に籠もった。
――――
1時間後。
日は完全に沈み、西の空に僅かな赤みを残すのみとなった。
装備を整えたレオン当主及びその側近の精鋭部隊が本邸を出立した。
窓からその様子を見ていたリザは憂鬱そうだ。
近隣地域に魔獣災害が発生したとなれば陰鬱な気持ちにならない方が不思議だが、リザの心痛の原因は別にあるようだ。
不意にノックの音がする。
「開けなさい、リザ」
鍵のかかった扉の外から、女性の声がする。
リザはその声に応じず、黙ったままだ。
「……【リリース】」
部屋の鍵はロゼの行使した解錠魔術によって強引に開いた。
リザに似通った姿で魔法杖を持つ女性が部屋に入ってくる。短剣を腰に携えた冒険者風の青年を後ろに引き連れていた。
この女性がリザの姉、ロゼだろうとすぐにわかった。
「リザ、我が侭が過ぎるでしょう?私を呼び出して置いて挨拶も無しかしら」
「……私は呼んでません」
「相変らず生意気ね」
ロゼは恐ろしい足音を立てながらリザの元まで近づき、手元の魔法杖でリザの喉元を突き上げる。
「私は魔法学院の学会発表を控えていたのよ? 貴方の制御不能で無駄な魔力保有量のせいで私達がどれほど振り回されていると?」
リザはロゼの気迫と怒気を孕んだ声色に気押され、何も言えない様子でいた。
ロゼはそのままの勢いでリザに詰め寄る。
「分かってると思うけど、確認に来たわ。目の前で魔獣災害が発生した時の対応は?」
「……戦います」
ロゼはリザの髪を掴み、頭を床に叩きつけた。
俺も青年も呆然としている。
「自殺よ。わかるかしら。すぐ死ねって事よ」
家庭内の揉め事とはいえ、流石に後ろに控えていた青年も止めに入る。
ロゼの腕を掴みその場から引き離した。
「やめなよ。事を急ぎ過ぎるのが君の悪い癖だ」
「……わかってる。もういいわ」
ロゼと青年は部屋を出て行き、リザと俺だけになる。
リザは鼻血をぬぐいながら、堪えきれず大粒の涙を流していた。
不甲斐ない俺は、リザにかけるべき声が分からなかった。




