42<学校交流会①>
魔剣学園と魔法学院の学校交流会当日。
授業は休みとなり、朝から教師陣や生徒各々が宴会の準備を始めていた。
大がかりな会場内装や飲食物の手配は専任の業者が行うが、その他の簡易な設営・清掃は教師・生徒達で行う。
正直言って貴族社会ではあり得ない光景だが、魔剣学園の特殊な環境故の慣例だ。
学園は元々帝国軍から派生した機関であるからか、有事の際にも対応できるよう個々の自立を重んじ、身の回りのことは基本的に出来るようになるべきという教育方針となっている。
俺や兄貴は家庭の教育方針にも合致していたので気にならなかったが、メイドや執事に世話を全て任せるのが普通の貴族社会で過ごした生徒は、その方針に反発心を持つものもいるだろう。
リザは、格付けは上級貴族ながらも皇帝一家に仕える方の立場であるため、その辺りは気にしないという。
俺や兄貴がしていた当日作業を話すと、同じことをやりたいと言い出して会場までの通路清掃に向かった。
会場周りを清掃作業中、案の条設営作業に文句を言う生徒を見かけた。
「どうしてこの僕が!? こんな下々の者がやるべき作業をしなければならないんだ!?」
マックだった。
リザと同じく上級貴族の家系であり、皇帝家の宝物庫管理を代々一任されるスプリングフィールド家の嫡男。
宝物には各所における当主継承の儀式に必須なものも含まれており、それを握っているスプリングフィールド家は他の貴族への影響力も絶大。
また良からぬ輩に狙われることの無いよう家の威厳へのこだわりが強い。要は舐められるのを極端に嫌う傾向にもある。
……まあ性格もありそうだけど。
そういうバックボーンもあってか、マックはこのような作業に忌避感があるのかもしれない。
学園でも度々起こる論争ではあるので、特に珍しいものでも無い。
他の生徒がマックに説得を試みているが、どうやら余計にヒートアップしてしまい話がこじれているようだ。
マックの声のトーンがどんどん上がっていく。
あまり関わりたくない相手だけれども、他の生徒に迷惑がかかるのは無視できない。仕方なくリザは、箒を片手にマックの説得に向かった。
「作業内容に不満があるのですか? マック・スプリングフィールド」
マックは仲裁に入ったリザを一瞥する。
「……リザか。君にも言いたいが僕達のような立場の者がこのような作業をするなど沽券に関わる――」
と言ったところで、何かに気づいたのかマックの顔がみるみる青ざめていった。
「リザ!! こんなところで何をしているんだ!? 君は対抗戦の代表メンバーだろう!!」
「えっ。み、皆さんの手伝いを」
「その髪のままでか!?」
そんなに髪が傷んでいたかな、とリザは自分の長髪を見やる。
特に変には思わないが。
<別にいつも通り、綺麗な髪なんじゃないの?>
「そうじゃない! いわば式典だぞ!? 髪を結って整える必要があるだろう!」
聞こえないはずなのに相変らず俺の発言を先読みしてるみたいで、気持ち悪いなコイツ……。
「しかもその服装は――」
「……何か?」
「まさかその格好で出る気か!? スカートも糸が解れているぞ!?」
マックに指摘されたのは、いつもの制服である。
一応礼服としても使えるので、絶対おかしいと言うことも無いと思うんだけど。
糸が解れていたのは気づかなかった。清掃作業中に何処か引っかけてしまったのだろうか。
「ああ、そうですね。後で直しておかないと」
「そうじゃないだろ!! 信じられない……どうしてドレスを仕立てて来ていないんだ!? こんなにも素材が良いのに――いや、それはいい!」
マックはリザの持っている箒を強引に奪い取り、追い立てた。
「ここは僕がやっておくから早く行け!! 代表である君の名が落ちれば魔剣学園自体の名が落ちる。つまり在籍している僕の名も落ちるじゃないか!!」
まさかマックがそこまで言うかと俺達は面食らったが、何が何でも威厳を保つという一点においては一本筋が通っている。
とりあえずマックがやる気になったので、この場は言う通りにしておいた方が丸く収まりそうだ。
俺達はその場を離れ、身支度に取りかかることにした。
――――――
『――保健医のフィリス先生を訪ねろ。経験豊富でそれなりのレパートリーを持っているはずだ――』
とマックに言われたので、俺達は医務室を訪ねた。
すると先生が飛び出してくる。
「にゃあっ!? リザちゃんまた怪我したのにゃあ!?」
相変らず力が抜けるような語尾だ。
「いえ、今日は怪我では無く……」
先生に事情を伝えると、喜んで張り切り始めた。
フィリス先生は意味も無く走り回り、独り言を言い始める。
「それを早く言うにゃあっ、急いで手配するにゃあ! ああ忙しくなるにゃ! 猫の手も借りたいにゃあ~!」
しばらくすると考えが纏まってきたのか、少し落ち着いてリザに話しかける。
「とりあえずここで待っててほしいにゃ。私一人では手に余る仕事にゃ。今すぐ応援で適当な人を呼んで来るにゃ!」
フィリス先生は医務室を足音も無く飛び出ていった。
先生は医師も治癒士も兼ねる治療のエキスパートで、尚且つ魔剣学園に配属されるだけあって戦闘の腕も相当なものだ。
あの身のこなしも卓越した戦闘技術の賜だろうか――とか考えていると、1分ほどでフィリス先生が人を連れて帰ってきた。
早すぎる……。
あの短時間で捕まるような人って、本当に適当な人間なんだろうな――。
……。
「えっ」
<ええっ!?>
俺とリザは、自分の目を疑った。
て、適当な人って言ってたよな……?
「なんだい。よりによってアタシに声を掛けるなんて、何か考えでもあるのかい?」
そう言ってフィリス先生と医務室に入って来たのは、あのナディア校長だったのだ。
「特に無いにゃ。でもこういうのを一番面白がるのはナディア校長だと思うのにゃ」
倍ほども年齢の違うナディア校長に対して、フィリス先生は物怖じもせず言う。
「ハッ。アンタも言うねえ。わかってるじゃないか」
ナディア校長は歯を見せて笑う。
「アタシはこういう鉄火場が大好きなんだ。腕が鳴るねえ!」
どうやら、今からここは戦場になるらしい。
今から俺だけでも帰れないかなあ……。




