39<ステフの実力>
マックはロア先生に担がれながらよろよろと歩き出した。
そのまま医務室へ運ばれるのかと思ったが、近くの木陰で下ろされた。
どうやら俺達の戦闘を観戦したいという本人の意思があったらしい。あの怪我で何て意地だ。
戦闘場の中心で待つ俺達のもとに、ステフがゆっくりとこちらに向かって来る。
少し遅れてロア先生が追い付いて、間に立ち開戦の宣言を行う―――
「では最終戦だ。準備はいいか?」
「はい。お願いします」
リザの静かな返答と同時に、ステフは真剣な眼差しでこちらを見つめながら無言でこくりと頷いた。
「……」
少しの沈黙の後、戦闘開始の宣言が行われる。
「では、リザ・ガードナー対ステファニー・フォースター! ―――始め!」
ステフは目にも止まらぬ速さで突っ込んできた。
先にあれだけの威力を見ておいて、真っ向から勝負してくるとは恐れ入る。
ステフは上段、リザの首元を狙って斬りかかる。
急所狙いの恐ろしい一撃。本当に首が飛んだらとんでもないので寸止めするのだろうが、当然その場合は俺達の負けだ。
リザは難なく上方に弾いてそれを捌いた。
だが、ステフの攻撃は二段目があった。
左足の回し蹴りがリザの脇腹に差し込まれる。
リザは間一髪、空いていた右腕を蹴りの間に挟み込んで、何とかガードした。
思わぬ体勢で攻撃を受けることになり、鈍い衝撃音と共にリザの顔は苦痛で歪む。
無傷とはいかなかったが何とかダメージを最小限に抑えられたと、劣勢を呑み込んだ――そのとき。
ステフの攻撃は三手目があった。
左足の回し蹴りを引くや否や、リザの足首にステフの右足が絡む。
攻撃を受け姿勢が崩れたところに足払いを仕掛けられたのだ。
リザは完全に重心を失い、空を見上げ宙を舞った。
最上段の攻撃に意識を奪わせ、本命の最下段の攻撃を通す。そしてそれを悟らせず自然な動きに落とし込める。
魔術抜きに、ステフは純粋に戦闘術に秀でているようだ。
――と褒めている場合では無い。このまま転んでしまっては決着が付く。
格闘技なら浮かされてしまった時点でほぼ負けだろう。
だが俺達は魔術師だ。ここからでも巻き返せる。
俺はリザの魔力回路を少々操作して体勢を戻すよう試みた。
「【バースト】!」
リザも同時に火炎魔術を発動する。
魔剣の俺から下方への炎を噴出させ、浮力を得たことで飛び上がる。
ステフは追撃の鋭い突きを繰り出すが俺達はそれを何とか振り切り、距離を取ることに成功した。
<よし、助かった。さあ仕切り直しだ!>
リザは小さく頷き、魔剣の俺を両手持ちでステフの方に向けて詠唱する。
対するステフは何故か棒立ちで、攻撃を避ける構えも受ける素振りも無く佇んでいた。
「【フォーカスバー……」
リザの詠唱は途切れ、カランと乾いた金属音がした。
魔剣の俺を地面に落としてしまったのだ。
リザの右腕は小刻みに震え、握力を失っていた。
「そこまでだ。ステファニー・フォースターの勝利!」
ロア先生はそう宣言し、リザの元へ近づいて右腕を診た。
右前腕には青あざが出来ている。先生がそこに触れると、リザは悲鳴を上げて飛び上がった。
「ああー、こりゃ骨にヒビが入ってるな……」
あの回し蹴りがそこまで効いていたのか。
上手く受けたと思っていたが、実際は酷いダメージを負っていたようだ。
有り余る魔力量で防御してるリザ相手に格闘術で一撃入れるとは……何て威力だ。右腕の防御が間に合わなかったらと思うとぞっとする。
「まあこれ位なら、治癒士に診せれば2日で治る。対抗戦にも支障は出ないだろう」
ぱっと見て触っただけである程度の診断が出来るのは、バトルマニア故の経験の賜だろうか。
ロア先生は治癒士でも無いのに人体構造の把握に長けているところがある。
リザを見終わると先生は振り返り、ステフに苦言を呈す。
「にしても、フォースター女史もちょっとは手加減せんか。最初の一撃だってそうだが――」
その指摘をステフはそよ風のように受け流し、そっぽを向いて知らんぷりする。
先生は悪態に苛立ちを見せるが、リザはステフを擁護した。
「いいえ、これ以上の追求は不要です。この結果はすべて私の実力不足ゆえですから」
ステフはドヤ顔で腕組みしながらうんうんと頷く。
いい性格してるなコイツ。
正直危険な目に遭わされたのは頂けないが、リザが彼女を擁護したのは正解かも知れない。
恐らく、今の戦闘でも彼女の全力を引き出すには至らなかっただろう。あれほどの戦闘技術を持っているとなると、俺達の味方に引き込めば大きな戦力になる。
少なくとも敵には回らないでほしい。
今後のためにも、出来る範囲で友好な関係を築いておいた方が良いだろう。
そのとき、不意に高笑いが響く。
「はーはっはっ、これでお互い1勝1敗、紙一重で実力拮抗だなっ……あいででで……」
マックが傷を庇いながらも立ち上がり、口を挟んできた。
それを言いたいがために意地を張って観戦すると言い出したのだろうか。
そんでもって、ボロ負けしたことをなかったことにしようとしてるのだろうか?
「つまりボクの負けは無かったようなものだ」
ボロ負けしたことをなかったことにしようとしてた。
<その意地張りはもっと別の方向に生かしてくれないかなあ>
その瞬間、マックは片耳を抑え苦悶の表情を見せた。
ロア先生が駆け寄り体調を問う。
「頭が痛むのか? 無理をするな」
「違う、そうじゃないんだが……」
限界を迎えたのか、マックはふらふらとよろめき始めた。
とっさに先生は肩を貸し、医務室に向かって歩きだす。
道すがら、虚ろな目でマックは呟く。
「最近幻聴が酷いんだ……特にリザの前で……ボクの実力はこんなもんじゃ……」
……。
リザは小声で俺に質問する。
「……そんなことがあり得ますか?」
俺は唸り、否定の意を示す。
<いいや、俺の【声】は魔力の波長を合わせなければ聞こえないはず……元々の相性が余程良くないと難しい。その相性が良い方のリザとでも、1週間ほど魔力回路接続してチューニングしなければ声は聞こえなかった。あいつとは一度も回路接続もしてないのに、それは無理があるだろ……>
「ですよね……」
そう……そのはずだ。理論上では。
だが万が一、リザ以上に元々の魔力波長がジャストで合う人間が存在すれば、ひょっとしてこの限りでは無いかもしれない。
いや、あのマックが……?
まさかな……。




