03<変幻自在の魔剣>
『あなたは何者ですか!?』
俺自身にもわからない。わかるのは、俺の姿はまだ正常に戻っていないと言うことだ。
『どうして私と同じ姿に!?』
同じ姿?
本当だ。長い黒髪、柔らかい胸、目の前の少女と同じ……。
「どっ、どこを触ってるんですかぁっっ!!」
リザは必死の形相で、胸に触れる俺を指差し怒鳴った。
「違っ、違う! 誤解だ、そんなつもりは無かったんだ! そんなことより話があるんだ。聞いてくれ!」
「そんなことって何ですか!? どうでも良いことみたいに――」
そのとき、晴れた白煙からもう一つの影が飛び出した。
魔物だ。
「「伝書コウモリ!!」」
俺とリザは同じ声で同じ言葉を放つ。
伝書コウモリ。下級の魔物だが高速かつ機敏に移動可能な飛行能力を持ち、身を隠すのも得意という特徴を持っている。日に数発程度なら火炎魔法を放つ魔力を備えており、ある程度の自衛も出来る。
その特性ゆえ、魔族が伝書役として使役することが多くこの名が付けられている。
危険性は低いが、回避能力故に攻撃を当てるのは困難な魔物だ。
だが、俺の直感が言っている。ここでコイツを逃がしてはいけない。
これはおそらく俺に付いていた、監視のための魔物。あの賊達の手先に違いない。ここで逃がせば絶対にロクなことにならない。
伝書コウモリは部屋の中を縦横無尽に飛び回り出口を探す。そしてそれが無いことを察すると、助走を付けてから窓に向かって勢い良く飛び込んだ。
まさか、窓を割って逃げる気か?
「させるか!」
俺は手近にあった暖炉の火かき棒を手にし、自身を魔力強化して脚力を上げる。そのままバネのように飛び出した俺は伝書コウモリに追い付き、火かき棒を振り下ろした。
だがその動きよりも前に伝書コウモリは宙返りし、俺の攻撃は空を切った。
完全に俺の行動を見る前に進路を変えたな。フェイントか!!
宙返りした伝書コウモリは反転し、さらに加速して今度はリザに向かって突っ込んでいく。
直線上にあるリザの背後には、外の廊下へ続く扉がある。貴族の邸宅ともなれば窓には相応の魔力障壁が施されているが、建物の中には無い。
最初から扉を経由して廊下の方から出る気だったな?
さっきよりも更にスピードが出ている。射撃系の魔術でも無い限り追いつけない。だが直線上にはリザがいる。
『お前らは同じ種族の人間を攻撃することを躊躇するだろう?』と、そういう考えだな?
下級魔物の癖に生意気な奴だ。本能的に相手が嫌がる手というのを分かっている。
だが甘い。
さっきは慣れない体で戸惑ってしまったが、俺の本来のスピードはこんなもんじゃ無い。
真っ直ぐ高速で突っ込む伝書コウモリに、悲鳴を上げ恐怖を露わにするリザ。俺はその伝書コウモリを何倍も上回るスピードで追いつき、背後から火かき棒を振り下ろした。
その瞬間、床に平べったいものが叩きつけられた音が響く。
伝書コウモリは即死。リザの目の前で紙のような黒い平面体になり、魔力の煙を吹き出しながらぴくりとも動かなくなった。
「大丈夫か?」
声を掛けると、リザは震えた声で答えた。
「あ、ありがとう、ございます」
どうやら立つこともままならない様子だ。俺は膝を突き、リザに手を差し伸べた。
その瞬間。
「あっ!?」
リザは思わず声を出したが遅かった。崩れた本棚から一冊の分厚い辞書が滑り落ち、俺の頭にクリーンヒットした。
ああ、なんてかっこ悪いことを。恥ずかしい。
俺の体は分厚い辞書に弾かれ、そのまま床に転がった。
痛……くない。だが転がった体を起こせない。どうやらまた動けなくなったようだ。
「貴方は本当に、一体何者なんですか…?」
床に転がった俺を、リザがのぞき込む。
リザの瞳には、先ほど落ちてきた分厚い辞書が映り込んでいた。
俺の魔剣としての性質は、自身に衝撃を与えた物体の姿をコピーするものだった。
――――
リザの放った爆撃魔法と悲鳴を聞きつけ、メイドや執事が駆けつけてきた。
リザは魔物の遺体を見せ襲われたことを伝えると、すぐにガードナー家には厳戒態勢が敷かれネズミ一匹通さないほどの警備と魔力障壁が展開された。
リザ自身は安全のため別室へ移り、執事やメイド達に『気持ちが落ち着かないのでしばらく1人にして欲しい』と頼んだ。
本になった俺を小脇に抱えながら。
別室に入るなり、リザはもう一度魔術(可能な限りの低威力)を行使し、俺を少女の姿に変えた。
「……どうして俺をこの姿に?」
リザは不服そうに答えた。
「好んでやってるわけではありません。この姿でないと会話が出来ないのでしょう?」
リザは深々と礼をする。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
「ええ!? 頭下げないでくれよ!?」
俺は慌ててリザを止める。
「助けたと言えば聞こえはいいけど、元はと言えば俺が持ち込んだ厄介事みたいだし。むしろ悪かった、申し訳ない」
「いいえ、そんなことは。……厄介事とは? 何か心当たりが?」
「……実は」
俺はリザに正体を明かし、今までの経緯と事情を話した。
暗躍する賊達の所行にリザは驚きながらも、薄々感じていた魔剣の出所の怪しさについて腑に落ちた所があったようで、素直に信用してもらえた。
「なるほど……フロックハート家の惨状は聞き及んでおります。新聞の情報が主ですが」
リザは俺に新聞を手渡し、当時の状況を表す記事を示した。
――――
・フロックハート家本邸は魔界の茨に完全に覆われ、高濃度の瘴気に汚染された。
・周囲は致死量の30~100倍の魔力瘴気が立ちこめており、直径2kmの区画に生存者無しと推定。
・この事象を第二級魔獣災害の発生を認定。核となるA級魔獣は未だ健在。直径12kmの範囲に緊急避難指示。
・当時寮生活で邸宅を離れていた長男、アルト・フロックハート氏は災害から逃げ延びた妹のティナ・フロックハートを魔剣学園にて保護。アルト氏の希望により、詳細な事情聴取については関係者のみに留めるとのこと。妹の保護を優先し、現場への弔問は当分控える方針。
――――
「……魔獣災害として処理されていたのか」
「魔界の茨に包まれている以上、邸内を確認できる者はいません。完璧な証拠隠滅ですね」
「近隣の住民も助からなかっただろうな……」
「……」
「だけど、ティナが助かっていて良かった」
「そうですね。魔剣学園は多数の魔剣士を抱え、軍部に準ずる程の防衛性能を持つ拠点です。アルト氏も学生ながら冒険者として活躍されている優秀な人物。敵も手を出しづらいでしょう」
「そうだな、そうだといいんだが」
仇敵ロプトルは父を真正面から倒した猛者。手放しで安心という状況ではない。
ただ、魔剣学園以上に安全な場所は存在しないのも事実。これ以上俺に出来ることは無いだろう。
「では、これからは情報収集となりますね」
「何のだ?」
「貴方の体を元に戻す方法の、です。その体では不便でしょう?」
「そういえばそうか」
今まで自分のことなど気にしている余裕が無かったし、生き残ることはすっかり諦めていた。リザに伝えなかったのだが、暗闇の中で聞こえたロプトルの声曰く俺の寿命は保って1年。その短期間で未知の技術への対抗策が見つかるとは思えなかった。
残り僅かな人生、好きにやる方が性に合っている。
「ま、それはそんなに必死にならなくてもいいさ。魔剣状態では不便だったけど、この姿で過ごせるなら結構楽しくやれそうだ」
「まさかとは思いますが」
リザが疑念の目を投げかけてきた。
「私の体を勝手に好き放題使うつもりですか? 許可しません!!」
俺は鏡台に映る自分の姿をまじまじと見つめる。
「残念だ。この可愛い姿を見て毎日癒やされるつもりだったのに」
「ふぐふっ!?」
リザは咳き込み顔を赤らめた。
「ダメです! 必要最低限にして下さい!」
「えー」
俺は不満そうにしながら髪をいじりクルクル回し始めた。
まあ俺は魔剣だし、つまりは既にリザの所有物だ。リザの意向に従うことについては異論無い。
だが俺には次の手が思いつかない。
「……情報収集ってどうするんだ? 元の体に戻るって言ってもアテも何も無いし」
「アテはあります。魔剣のことは魔剣のプロに聞くのが一番。然るべき研究機関で調査しましょう」
「なるほど。でも未成年がそんなところに出入りしたら否が応でも目立ちそうだが……。敵の組織は思っていたより大きそうだし、情報網に引っかかりそうで心配だな」
「大丈夫です」
リザは自信ありげだ。
……ああ、そうか。
「然るべき研究機関って、魔剣学園のことか」
「ええ。元より父上は私を魔剣学園に入れるために魔剣を調達しました。私が魔剣学園に入ることも、自分の持っている魔剣を調整することも自然なことです」
「でもリザは魔剣学園に入りたくないんだろ?」
「……入りたくないというより、私には向いてないと思っています」
リザは物憂げな面持ちで将来を語る。
「私は魔法技術の研究者を目指していました。そのためには魔法学院入学が最短ルートです。ですが不適合者疑いが判明し、先日書類選考段階で不合格となりました」
戦闘技術に重きを置く実践派の魔剣学園に対し、魔法学院は魔法技術自体の研究に力を入れる理論派だ。もちろん魔剣学園出身の研究者も世に多くいるが、リザのやりたいことと合致するのは魔法学院の方なのだろう。
残念ながらその道が断たれたため、次案の魔剣学園入学に切り替えたというわけだ。
魔剣学園は事前書類選考無しの本番試験一発勝負。願書さえ出せばまだギリギリ入学試験に間に合う。
「正直に言うと、私は体を動かすのは得意ではありません。魔法学院の試験で不合格であれば、魔剣学園への道はより困難だと思うのです」
「やりたくもないことを無理にやる必要はないとは思うよ。でも、自分に素養が無いと思ってるなら大きな勘違いだ」
「……というと?」
「さっきの伝書コウモリを倒したとき、リザの魔力回路を使って分かった。魔法学院に向けて積み上げてきた故の超超高レベルの魔力回路だ。筋力や運動神経関係無しに、戦闘においてとんでもない脅威になる。これなら特待クラスでの合格も夢じゃない」
「特待クラス、というと……」
「だいたい、その年のトップ3人が選ばれる」
リザは苦笑いしながら首を振った。
「流石にそれは……言い過ぎでしょう?」
「試してみるか?」
俺が不敵に笑って見せると、リザの心が少し動いたように見えた。
「先ほどの貴方のような動きが、私にも出来ると?」
「ああ。使ってる体は同じだ、もちろん出来る」
翌日。
リザが魔剣学院を受験する旨を伝えるとレオン当主は泣いて喜んだ。
入試当日まであと1ヶ月。