38<成長>
激しい打ち合いが始まった。
開始5秒ほどは完全に互角の様相で、お互い一歩も譲らず剣撃を捌いていた。
その後、少しずつステフの勢いが弱まっていく。
衰えること無いマックの攻撃に押され、ステフは半歩ずつ後ずさりした。
このままではジリ貧だろう。
辛抱たまらず、ステフは場外ギリギリまで跳んで距離を取った。
更にマックの背後に回り込もうと、場外のライン内側に沿うように走り出す。
以前のマックであればそのまま背後を取られそうなものだが――
「させるか! 【施錠魔術】!!」
バチン、と何か金属同士が挟まるような音がした。
それと同時にステフは何かに足を取られ、その場で躓く。
ステフの靴を貫くように大きな黄銅の錠前が顕現し、彼女の移動を阻害したのだ。
<物質の顕現――おそらく座標位置を指定するタイプの魔術。事前に相手の移動先を予想してなければ出来ない芸当だな>
「褒めてるんですか?」
<これは素直に褒めてる>
ステフはそのまま地面を転がったが、勢いを殺さず立ち上がった。
危機を察知したのか、ステフは慌てて飛び上がりその場を離れる。
すると、地面から先ほどの錠前が無数に生え、掛け金の部分が鎌のように襲いかかった。
すんでの所で躱したステフは、再びマックの元に突っ込んでくる。
ジリ貧覚悟でも攻めるしか無いと判断したか。座標攻撃できる魔術師相手に距離を取るのは自殺行為だだもんな。
だが来ると分かっていれば、距離を取らずとも同じだろう。
「【閉錠】」
宣言と共に魔剣を鞘に仕舞うと、マックの足下から無数の掛け金が飛び出した。
避ける術も無くステフはそのまま捕らえられ、打ち付けられるように地面に磔にされた。
指一つ動かせない状態となったステフを見て、ロア先生が宣言する。
「ステファニー・フォースター、戦闘続行不能と判断。マック・スプリングフィールドの勝利!」
マックは苛つくドヤ顔でリザに薄笑いを見せる。
<アレさえ無けりゃな……>
「本当ですね……」
リザは呆れて視線を逸らし、頬杖をついた。
<まあ確かに、マックは格段に強くなってるよ。”去年の俺となら”良い勝負ができそうだ>
「えっ。そんなにですか」
リザは目を見張って驚いた。
<俺を買い被りすぎだよ。俺は入学時に特待クラスを逃したが、マックはきっちり入ってる。いけ好かない物言いで減点食らっても、揺るがない実力があるのは確かだ>
――と話すと、まるでもっと褒めろと言わんばかりにマックが高笑いをし始めた。
「ムカついてきたので少し貶してやって下さい」
<じゃあお言葉に甘えて。――ステフ、あいつめちゃくちゃ手ぇ抜いてるぞ>
リザはぐったりした様子で倒れるステフを一瞥し、俺の方に向き直った。
「戦闘の様子からは、とてもそうは思えませんでした。お互い全力戦闘にしか……」
<剣筋にブレが無さ過ぎる。初心者ほど毎回違う軌道を走りがちだが、達人になれば剣の軌道は毎回1mmの誤差も無く同じ軌道を描くことが出来る>
「ステファニーさんは、そのブレが全く無いと言うことですね」
<いや、ブレがある>
「さっきと言ってることが違いますよ?」
リザは俺の適当な物言いに釘を刺す。
<すまない。何て言えば良いか分からなかったんだが……>
俺は言いたいことの意図が伝わるように、詳細を語ることにした。
<最初の一撃は理想型から1mmブレて、次は2mm、その次は3mm、4mm、その次はまた元に戻って1mm、2mm……タイミングも結構ずらしている。0.05秒、0.1秒、0.15秒、0.2秒、また0.05秒に戻って……>
「……何ですかそれは」
リザが呆れるのも無理はない。俺だって同じ気持ちだ。
<そう、意味不明だよ。でも一つ言えることがある。つまり遊ばれているんだ>
理想型からのブレが全くないとなれば、ロア先生の目にも止まってしまうだろう。手を抜いていることもわかりやすい。
わざわざそこを外してくるのは、本当の強さを知られたくないからだろう。
更に言えば、理想型の美しい剣捌きと実際の戦闘における剣術は全くの別物だ。
あれほど正確無比な剣捌きを行える人物の能力が、美点だけに留まるとは到底思えない。
<俺の見立てでは、少なくとも2段階――いや、3段階は手を抜いている。【実戦に向かない理想型の剣捌きで】【更に剣の軌道とタイミングをずらし】【自然に見えるようマックに負けた】の3つだ>
「そんなまさか」
<流石に俺も半信半疑だよ。本当にそんなことが出来るのか……少し、試してみたい>
「どうするつもりですか?」
<俺達が強いと思って貰えれば、ステフもそれに見合った力で戦うはずだ。推薦組のステフは俺達の入学試験戦闘を見てないだろうし、ちょっとだけ脅かしてやろう>
――――――
今度は広場の中央で、リザとマックが向かい合い一礼する。
「手の内を見せてしまったが、君相手にはちょうど良いハンデだろうね」
「あんまり関係ないと思いますよ。使う前に終わるでしょうから」
「こらこら、口を慎め。せっかくの礼が台無しだ」
ロア先生が二人を諫め、戦闘開始の位置に付かせる。
「では、リザ・ガードナー対マック・スプリングフィールド――――始め!」
リザはかけ声と共に、鋭く前に突っ込んだ。
一方マックは、ステフ戦の初動同様に正面戦闘に応じるかと思いきや、少し距離を取ろうと後ずさりした。
既に地面に施錠魔術を仕掛けているのだろう。先の挑発も、自分への攻撃を誘発するものだったに違いない。
まあ策を巡らせたところで、残念だが全く無意味だ。先にお悔やみ申し上げる。
リザは既に、俺が入学試験でロア先生を倒したときと似たようなことが出来る。
スピードとパワーで圧倒すれば、大抵の相手は簡単に吹き飛ばせるはず……。
あっ。まずいかもこれ。
リザが一振りすると、轟音と共に空気が震え、マックがきりもみ状に広場の端へ飛んでいった。
そのまま200m程先の、掃除用具入れ倉庫の壁を貫き、倉庫の中に叩き込まれた。
倉庫の瓦礫に埋もれながらも、うめき声が聞こえるのでとりあえず死んではなさそうだ。
<……ちゃんと手加減した?>
「い、一応しましたよ? 魔力出力は2割程度ですし……」
リザは冷や汗をかきながら、辿々しく答えた。
俺はリザにもう一つ質問を投げかける。
<リザの魔力って入学試験からどれくらい伸びてたっけ>
リザは目を逸らしながら、弱々しく答える。
「ええと、その……よ、4倍です……」
どれほど過酷な訓練を行ったとしても、魔術師の魔力が1年もせず4倍になることは普通あり得ない。
この限りでないケースは3つ。
①4才までの幼少期
②病気などで魔力回路が制限されていたが、それが治癒した場合
③魔術の訓練を受けないまま十代前半を過ごし、その後訓練を受けた場合
リザのケースは③。
それまでの訓練が不十分でも成長期の内に魔術の訓練を開始すれば、日常的に訓練した場合には及ばないものの、それまでに成長するはずだった分の魔力性能をそれなりに補填して成長できる。
リザの場合は『それなり』の量が4倍だったと言うことだ。
いや、違うか。まだ伸びてる途中だから5倍か6倍―――いや、それ以上になるかも。
ちなみに、リザはこのことを人前で話すことを避けている。
強さを隠すため、とかの理由では無い。論文まで出すレベルで魔術研究に取り組んでいたのに、実際の魔術行使はほとんどしていなかったと言うのが恥ずかしいらしい。
さて、今の戦闘のことに話を戻そう。
<400%の2割、つまり入学試験時の全力から80%くらいか……>
リザに成り変わった俺が試験に出てたので一概には言えないが、当時の100%出力で既にロア先生を吹き飛ばす威力の攻撃を繰り出せた。
単純計算でその8割の威力。どう考えても1年生のマック相手にはオーバーキル級の超高威力攻撃だ。
むしろよく耐えて生きててくれたものだと言えるだろう。
冷静に、と言うより呑気に分析をしていた俺達を余所に、ロア先生はすぐさまマックの元に向かい救助を始めた。
引っ張り出されたマックは一人で立ち上がることもままならない様子だったが、倉庫内のマット等が運良くクッション材の役割を果たしたようで、目立った外傷は無い。
思ったほどダメージもなさそうな様子だ。何やらうめき声のような恨み節が聞こえるが、それだけ元気と言うことなのだろう。
そのとき、視線を感じた。
今の戦闘を観戦していたステフが、無言でこちらをじっと見ていたのだ。
俺達のことを、無視できないレベルの実力者と思ってくれたのだろうか。だとしたら目論見は成功だ。
次の戦闘で、ステフの本当の実力を測れるかもしれない。




