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35<命の証明>

 クラリス皇女は神妙な顔で、装置から吐き出された羊皮紙のデータを見ていた。


「本格的な解析にはまだ時間がかかるけど、わかったことがあるとすれば――貴方、もともと人間でしょ?」


「……どうでしょうねぇ?」


 俺はわざとらしくすっとぼけた。 

 

 先ほどの戦闘や一連の会話から、俺が人間であることは明白だろう――それでも、相手の出方が分からない内に手札は晒したくない。

 

 リザの友人とはいえ、相手は公の人物だ。

 かの仇敵ロプトルも皇帝一家や軍部等を抑えられるような、一定以上の上層部に食い込んでいる人間と推察出来る。


 何処で誰が繋がっているか分からない以上、俺の経歴を知っている人間は最小限にしたい。

 

 だからといって、一時しのぎの明らかな嘘をついて信用を失うのも望ましくない。

 このレベルの研究設備を秘密裏に使用できる人物は他に居ないだろう。


 協力的関係を持てるのであれば間違いなく強力な切り札になる。


 情報のリスク回避かとリターン重視か、非常に悩ましい。



「困るなあ。君の情報を教えて貰わないと解析が進まないんだよ?」


 クラリス皇女が不満そうに文句を垂れる。

 

 正直、言っていることに異論を挟む余地は無い。

 

 治療薬の適切な投与には患者の情報が必要な様に、魔力回路の正確な解析にも対象者のプロフィールが必要だ。

 年齢、性別、生活習慣、魔術血統、etc――。

 

 どうあがいても、俺がノエル・フロックハートであることを伝えるより他無い。


 ……。

 

 リザが信じている人物なんだ。

 それに賭けよう。



―――――



 俺は、自身がノエル・フロックハートであること、これまでの経緯をかいつまんで話した。


 ただ一点、主犯ロプトルの情報を除いて。

 魔剣化したときのことは『覚えていない』で押し通した。


 仮にクラリス皇女から敵対組織に情報が漏れても、俺がロプトルや組織のことを他人に話していないとなれば、最悪消されるのは俺だけで済むだろう。

 大切な友人達まで賭け金に差し出すような真似は、出来ない。


「――というわけですので、これまでの数々の非礼、お詫び申し上げます。クラリス皇女殿下」 


 深く頭を下げる俺を、クラリス皇女は慌てて制止する。


「良いっていーってそう言うの! もうならタメ語でも全然良いし!」


「じゃあそうする」


 即座に手のひらを返した態度に、クラリスは思わず苦笑した。


「君って結構図太いって言われない?」


「まあそれなりに。悩んでる時間ももったいないし」


 クラリスの顔からは笑みが消える。 


「そうだね、無いよね、君には時間が」


「……」

 

 突然つきつけられた言葉に、俺は何も言えずにいた。


 俺が魔剣になったとき、寿命は保って一年と宣告されている。

 あれから約4ヶ月、残された時間は8ヶ月程度だ。 


 出来ることならば、俺も信じたくはなかった事実なのだが――  

 

「無駄だよ、黙ってても。それは解析結果に出てる」


「――そうか」 


「どうせリザにも言ってないでしょ」


「言えないだろ」


「わかってるよ、リザは」


 俺は沈黙の後、言葉を絞り出す。


「言って、言ってどうするんだ。寿命が延びるわけでも、元に戻れるわけでもない」


「そういう問題じゃないんだけど」

 

 クラリスは俺の答えに不満を漏らした。

 責めるような目に耐えかねて、俺は降参した。


「……わかってる。俺はただ問題を先送りにしているだけだ」


 そう答えると、クラリスは少し微笑んだ。


「自覚があればOKさ。良いじゃん良いじゃん先送りにしても。その間に問題解決してしまえば良いんだよ」


「解決? まさか、俺の体を治すって意味か?」 


「もちろんだよ!」


 クラリスの自信に満ちた答えに、俺は訝しんだ。


「魔術のエキスパートなら知らないはず無いだろう。死んだ人間はどんな魔術でも決して生き返ることは無い。俺は所詮、死霊魔術のように無理矢理魔力回路を動かされてるだけだ」


「いやいや、私の推理では君はまだ死んでないよ。たぶんね」 


 クラリスは意味ありげに微笑む。

 たぶんとは何なんだ。適当なことを言ってるんじゃないだろうな? 


「そう結論づけた根拠は?」


「君が『ノエル・フロックハート』だからだよ」


「……どういうことだ?」


「ノエルくん、君はまだ魔剣学園で正式な退学処理がなされていない。報道でもあくまで行方不明とされているのさ」


「そりゃそうだろう。魔力災害の爆心地で遺体が一欠片でも残るはずがない、行方不明扱いにするしかないじゃないか」


 新聞の報道では、フロックハート家の事件は魔力災害の発生で片付けられている。

 ロプトル達の強襲の件を伏せた以上、俺もその前提に乗っ取り話した。


「普通はそうだね、でも君の場合は違う。魔剣学園の生徒だからさ」


 ……。


 …………。


 ………………?


「ああもう、リザと違って察しが悪いなあ」 


「悪かったな。もう少しヒントをくれよ」


「リザと一緒に入学試験を受けたんでしょ? 2回も受けたなら思い出さない?」


 入学試験……。


 ああ!?


「そうか、魔道契約書だ!!」


 クラリスはパチンと指を鳴らす。


「ご名答!」


 入学時の魔道契約書は、諸処の学園におけるルールを守らせるための契約書。


 契約とはいえ学生レベルなので、罰則はほぼ無いに等しい。

 どちらかと言えば『魔道契約書とは一般にこういうものですよ』ということを生徒に周知するため、要は教育の側面が強い書類だ。


 とはいえお飾りでない、ちゃんとしたご立派な契約書類だ。

 契約の履行条件等はしっかりとしている。


 生徒が死んでしまえば、契約の履行が不可能なことも含めて。


「生徒の卒業又は死亡時、契約書は自動的に効力――つまり魔力を失う。契約書に込められた魔力を見れば俺が死んでいるか生きているか一目瞭然ってことか」


「そういうことさ。契約書の魔力が失われていれば管理者の校長がすぐに気づくよ。死亡による退学処理が進んでいるはずさ。でも現実は違う――となると死亡を断定できない状況なんじゃないかな」


 なるほど、クラリスの推察にはかなりの信憑性がある。

 だけど――


「――魔道契約書をこの目で見ないと、なんとも言えないな。公表が遅れてるだけで、既に処理が進んでいる可能性もあるだろ?」


「そうだね。死んでいるのを知っていて隠してる可能性も有るし、校長が味方とも限らないし」


「怖いこと言うなよ」


 いやマジで怖い。


 学園最強かつ最恐の、あの校長だぞ?

 売られた喧嘩を10倍返しでやり返す、負けず嫌いで執念の塊みたいなあの校長だぞ?


 敵に回ったときのことを考えると身震いを抑えられなくなる。


「とにかく、契約書の効力が活きてるかどうかを確定させないと議論が進まないね。となると――ノエルくんの魔道契約書を手に入れる必要があるなあ」


「……はあァー!? 無理に決まってんだろうが!!」


 入学者の魔道契約書は『世界で2番目に強固な宝物庫』とあだ名されている学園校長室で管理されている。

 そんな所に誰にも気づかれず忍び込むなんて、熟練の一流魔術師だって出来やしない。


「私の皇帝結界を見たでしょ? あらゆる防壁を無意味にするんだ、契約書の一枚くすねるくらい訳ないさ」


 それは、まあそうだろうが――


「もしバレたらどうするんだよ!?」


 いかに皇女殿下といえど、独立した教育機関である魔剣学園に危害を加えれば相応のペナルティが返ってくるだろう。

 

 しかも、契約書を守ってるのはあの校長だぞ?

 相手が皇女殿下だろうと皇帝陛下だろうと、あの人に喧嘩を売ってタダで済むはずが無い!

 

「だーいじょうぶ、校長が確実に居ない時間を狙って仕事するさ。ま、それにはちょーっと協力が必要なんだけど」


 クラリス皇女は意味ありげな台詞とともに、不敵に笑う。

 そして、後ずさりして怯える俺に詰め寄った。


「もちろん、手伝ってくれるよね?」

 


 命の証明の代償は、少々高く付きそうだ――。

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