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34<リザとクラリス>

 クラリス皇女殿下の突然の申し出に、リザは逡巡する。


 上下関係を考えれば、本来は二つ返事で受け入れなければならない。皇女殿下を前にして否定の言葉など、リザは口が裂けても言えないだろう。

 それでも、リザは返事を迷っていた。


 そこで、レインが怪我を押して立ち上がり、助け船を出す。


「――お言葉ですが、クラリス・エリアロード皇女殿下。彼女の才能は希有であるが故に、魔剣もそれ相応の特注品になります。この魔剣を手放せば、彼女は学業のみならず生活にも支障が出るでしょう。どうか代替の魔剣が手に入るまで、今しばらく猶予を頂けないでしょうか」


 レインと詳しい情報共有をしたわけではない。

 だけど俺が魔剣になって生きていることが広まるとマズい、ということは共通認識として持っている。

 俺が第三者の手に渡るのは、何としても回避したいと考えてくれたのだろう。


 率先して皇女殿下に意見を述べたのも、皇帝一族と関わりの深いリザが断るより、直接の面識が少ないレインが言う方が角が立たないと考えてくれたようだ。気が利くなあ。


「うんうん、それはそうだね。もっともな意見だよ」


 クラリスは大げさに肯定の相槌を打つ。


「でも、ダメ。悪いけど今日ばかりは譲れないんだ。皇帝家クラリス・エリアロードの名の下に命じます。その魔剣を即刻渡しなさい」


 皇女殿下に真顔で宣告され、リザとレインは参ったなと顔を見合わせた。

 そこまで言われてしまえばゲームセットだ。もう取り付く島もない。

 

 リザは渋々、魔剣の俺をクラリス皇女に手渡した。


「心配しないで、悪いようにはしないよ。私のことは信用しているでしょ? 皇帝家としても、研究者としても、親友としても」


「――はい。もちろん、信頼しています」


 哀しげなリザの表情に、クラリスも少し肩を落とす。


「ホントに、悪いとは思ってるんだよ? 代わりと言っては何だけど……」


 クラリス皇女が魔杖を振ると、光のカードが何枚か飛び出し本棚の一角へ向かった。

 カードはとても手が届かないような本棚最上段の本一冊を引き抜く。そのまま羽のように運び出され、リザの手元へ引き寄せられた。


 見た目はありふれた少し古い本だ。題字は無い。


「探していたのはその本でしょ? 『人間を材料にした魔剣の製造方法』」


 リザは目を見開き、レインと顔を見合わせる。

 まさか、本当にそんなものがあったのか。


「ちょっとリザには刺激が強いかも。覚悟して読んでね」


 リザが本を受け取るのを確認するとクラリス皇女は魔剣の俺を抱え、2人に手を振り別れを告げた。


 そして、クラリス皇女は再び結界を発動する。

 あの皇帝結界とやらは、自分からでも発動できるのか。


 クラリス皇女はその場から、俺と共に風のように消えた。


 ――――――


 クラリス皇女は結界を発動して消し、物理的な壁も魔力障壁も越えていく。

 

 それだけでなく、走ったり魔術を発動して鍵を解錠したり……覚えられないような工程を10以上こなしていく。 


 一回の結界で越えられる距離は限られているようだ。


 複数回の結界発動を繰り返し、周囲の風景が少しずつ変わっていく。

 図書迷宮から殺風景な暗い地下道へ進み、巨大な地底湖を越え、また人工的な地下施設に入る。



 後半になると皇女も少し疲れたのか、足取りが重くなり始める。


「流石にちょっと重いなあ……」


 皇女は魔剣ではなく魔杖を基本装備としている。

 魔剣の俺は大剣と言うほどでは無いが、一般的なものと比べると重めの部類に入る。

 慣れない間は普段より疲労が大きいのも仕方ないだろう。


「あ、君のことじゃないからね」


 付け加えるように皇女は独り言をつぶやいた。


 よく見ると、皇女の脇に意識を失ったままのミリア・プロッサーが抱えられていた。


<……連れてきたの!?>


 俺の心の声が聞こえている訳ではなさそうだが、クラリス皇女はミリアを見やって呟く。


「あのまま放っておいたら口封じに殺されちゃうし、彼女には聞かないといけないこともあるしさ」



 ――――――


 

 そのまま俺達は1時間ほど移動し続け、最後の結界解除で簡素な扉の前に降り立つ。


「さあ、私のラボへようこそ!」


 歓迎の言葉とともに皇女がその扉を開くと、明るく広い、そして窓の無い白い部屋に辿り着いた。

 どうやらここがクラリス皇女の拠点らしい。ラボと言う名の通り、ここは実験室のようだ。


 学園でもお目にかかったことの無いような、真新しい最先端魔術分析器がいくつも置かれている。

 机上の試験瓶や試料までも調度品のように美しく並べられており、まるで美術館のようだ。


 部屋には先客がいた。


 黒いフードと分厚いマスクで頭を覆った従者が、一人ぽつんと立っている。

 年齢も性別もよく分からない。中肉中背で身長も普通、女性にしてはやや高いし、男性にしてはやや低めの部類だろう。

 

「トール、この娘の治癒をお願い」

 

 皇女の依頼に対し、トールと呼ばれた従者は無言で頷く。

 手渡されたミリアを静かに抱え上げ、奥の部屋へと足音も無く消えるように立ち去った。

 その所作だけで皇女の側近にふさわしい相当な手練れなのだろうと感じさせる。


 従者を見送ると、皇女は魔剣の俺を眺めて観察を始める。


「一級品の魔法鉱石で出来ている。構成はオリハルコンに近い……純粋な強度はそれすら上回っているかも。その一方で魔法耐性がガタ落ちしてる。魔法鉱石の強みが死んでるけど、リソースを別の部分に使ってる可能性も否定できないし――」


 クラリス皇女はぶつぶつと独り言をつぶやいていたが、はっとしたように我に返る。


「いけないいけない。そんなことより早く分析を始めなきゃ」


 俺は水晶体で作られた、半透明の大きな実験台に静かに乗せられた。


 クラリス皇女は隣の装置のレバーを引く。

 半透明の実験台の中に、綿密な魔力回路が浮かび上がってくる。


 魔力回路の線一つ一つにおびただしいほどの小さな光の粒が走り出す。

 数秒経つごとにそれらは増えていき、1分ほどすると俺は完全に光の奔流に飲み込まれていた。


 俺は一体、これからどうなるんだ――?



「はい、終わり」


 ――えっ。


 本当にこれだけ?



 クラリス皇女がレバーを引き戻す。

 魔力回路が徐々に光を失っていき、実験台は元の半透明な姿に戻った。


 クラリス皇女は今触った装置に付属しているホルダーに羽根ペンを差し込む。

 すると羽根ペンが自動的に走り出し、あらかじめ敷かれていた羊皮紙に設計図のような詳細図面を描き始めた。


 クラリス皇女はその様子をしばらく眺めた後、魔剣の俺を手に取った。



「予想通りだけど、分析よりも解析に時間がかかりそうだね。それまで少し話をしよう」


 

 クラリス皇女は俺に自身の魔力を込め、衝撃を与える。


 俺は魔剣の姿から、クラリス皇女の姿へ変化した。



「おおっ……」


 リザ以外の人間になったのは久し振りだ。リザの実家で魔獣に襲われたとき以来か。

 いや、そういえばあのとき変化したのは人間じゃ無く魔獣だった。初めてと言っても差し支えないだろう。


「すごいね、細部まで見た目を完全に複製できている。もしかして魔力回路まで複製出来てるのかな?」 


 クラリス皇女がまじまじと顔を見つめてくる。


「まあ、はい」


「おーっ! 会話も問題ないね。図書迷宮でリザと会話していた様に見えたけど、聞き間違いじゃなかったんだ」


「……はい」

 

 ただ面白い実験動物を見つけたと喜んでいるだけなら良いのだが、どうにも探りを入れられている様に感じて、進んで会話する気になれない。


 長年の付き合いになるであろうリザはともかく、俺はまだ彼女を信頼できていない。

 いざというときのため、脱出の算段は付けて置いた方が良いかもしれない。


「せっかくだし、試しにちょっと動いてみてよ」


 クラリス皇女からの提案は渡りに船だった。

 脱出するにしろ何にせよ、まずはこの体に慣れてからでないとリスクが高い。 


 リザと同世代の少女なので動かし慣れている身体に近いとは思うが、それでも身長・体重・筋肉量や間接の可動域は多少異なるはずだ。



 俺は背伸びをしたり屈伸したり、肩を回したりジャンプしたりして動作をチェックしていく。



 リザよりも僅かに身長が高い。少し関節が柔らかく、全体的に細身。体重も軽く筋肉量も少ない。

 出会った直後のインドア派リザよりも華奢かも知れない。


 ただ、運動が苦手というわけでも無さそうだ。

 体幹はしっかりしており、足腰の踏み込みにブレが無い。手先から指まで可動域が大きく、1本1本が器用に動く。

 これは一朝一夕の訓練では身につかない技能だ。

 想像に過ぎないけど、舞踊や楽器の稽古を仕込まれていたのかもな。

 俺とミリアを抱えて1時間以上息を切らさず走り続けられたのもあるし、潜在的な身体能力は間違いなく高いだろう。 

 

 となると、気を付けないといけない差は体重くらいか。


 ……彼女の名誉のために付け加えるが、リザの体重は標準だ。クラリス皇女が軽すぎる。


 となると、この体で近接戦闘は避けた方が良い。

 体重が軽ければ打撃系の攻撃力は激減するし、弾かれてカウンターを容易に食らってしまうだろう。 

 移動の際も踏み込む力に差が出る。オーバーランしないように注意しないと。


 それにしても、この体の軽さには違和感がある。

 クラリス皇女の方が若干身長が高いというのに、体重の差が出るような所があっただろうか。


 手足の筋肉量をもう一度確認するが、違和感の正体には辿り着けない。

 どうも、それだけでは説明できない部分が軽いような。 


 ――そうか、わかった。

 ここだ!



「平たい……」



 俺はうつむき胸部を確かめながら呟いたところ、クラリス皇女に涙目で睨まれる。


「……不敬だよぉっ!」


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