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32<クラリス・エリアロード>

 ミリア・プロッサーは意識を失ったようだが、息はある。

 卑劣な手段で襲われたとはいえ、殺人沙汰にならずに済んで良かった。

 実際に正当防衛であれども、相手が死んでしまえば正当性を証明する手段が乏しくなる。


 多少の法律違反くらいなら、魔剣学園が内々で上手いこと揉み消してくれる。

 先日のレインとの決闘が明るみに出たとしても、学園側が『戦闘訓練の一環』とかなんとか言ってしまえば追求されることは無いだろう。

 というか、手順を守れば決闘自体は帝国の法律上何の問題ない。


 しかし、立会人もないまま行われた魔術師同士の無断戦闘行為は重罪。

 殺人事件となればどうにもならない。


 代表選手取り消し、停学、退学――で済めば良い方だ。

 最悪、魔法刑事局まで出張って来られたら不適合者扱い、刑務所行きの可能性まで出てくる。

 最悪の最悪は、処刑。


 その運命は彼女、ミリアも同じ。

 決闘でなく不意打ちで学生2人の命を奪いかけた者に対し、学園の庇護があるとは到底思えない。

 『最悪の最悪』の処罰を受ける可能性は十分ある。

 

 ……何故だ?

 そこまでの大罪だと言うことを、上級生のミリアが知らないはずもない。何故こんなことを。



「すまない……君達を巻き込んで迷惑をかけた」


 レインが意識を取り戻した。

 苦しそうな表情で傷口のある脇腹を抱えつつも、上体を起こす。

 

 とりあえず、命に別状は無さそうだ。


「私は大丈夫です。無理しないでください、傷は大丈夫なんですか?」


「魔術で大まかな血管の修復は完了した。とりあえず悪化はしない」


 レインは青い顔をしながら気丈に振る舞っている。

 『修復』と言えば聞こえは良いが、魔術によって出来る修復は血の流れを止めるくらいだ。

 

 失った血液が戻るわけではない。無理矢理止めた血液が固まり、余所へ流れれば普通に悪化しかねない。


 全然大丈夫じゃないことは俺もリザもわかっていた。


「僕のことは良い。彼女が目覚める前に、早く武器を回収してくれ」 


 ミリアの方を見やるが、彼女の手元に魔剣はない。

 シャンデリア落下の衝撃で数メートル離れた位置まで吹き飛ばされており、魔剣は彼女の手の届く場所にあるとは思えなかった。


「魔剣のことじゃない。魔道書の方だ」


 レインはミリアの左手に添えられた、黒い本を指す。


「おそらく、ステータス向上のアイテムとして使われたものだ。何にせよ凶器の類いは早めに回収して置いた方が良い」


 リザはミリアの所へ近づき、魔道書をそっと取り上げた。

 装丁全てに刻まれた歪んだ多数の波模様によって、焦点が乱される。

 一瞥するだけで気分が悪くなりそうだ。

 リザも不快な表情を見せる。


「見た目だけでなく、籠もった魔力も禍々しい……。開けること無く先生達に渡した方が良さそうですね」


 普通は魔法発動に際し何らかの詠唱を必要とするが、古くから伝わる魔道書は開くだけで魔術が発動する場合がある。

 今よりも魔術師同士の殺し合いが遥かに多かった時代、安全面を度外視し、即攻性に重きを置いた魔術道具が多数存在した。


 危険な魔術が自動発動してはたまらない。

 出所のはっきりしない魔道書を分析もせずに開けるのはやめた方が賢明だ。


 俺よりも博識なリザは、そのことを十分過ぎるほどわかっている、のだが――。



 リザは魔道書を開いた。



 本の中から、ドス黒い霧が噴き出し、さらに黒い泥のような液体が流れ落ちる。

 黒い液体はリザの手に這うように伝う。


「熱っ……痛あぁあっ!!」


 リザの手元から白煙が立ち上り、肉が焼けるような音がする。


 レインも俺も、その光景に驚愕した。


「何をやっている!?」


<本を閉じろ! 早く手を離せ!!>


 リザも困惑しながら声を上げる。


「閉じれない! 私は開けてない! 本が、勝手にっ……!!」


 本が、勝手に? そんなバカな!


 黒い霧の中から青く光る目が現れる。

 明らかに人間の物では無い。

 細かい粒のような、小さな構造物がぎっしりと詰まった眼球。

 それはまるで、昆虫の複眼のような――


「やはりレオンの娘ね。父娘揃って同胞の邪魔ばかり……」


 ずるりと生み落とされるように、本の中から魔獣が降り立つ。

 蝶の羽と昆虫の頭部、絵具の原液より鮮やかに輝く眼球、独特の模様をした体毛を持ちながらも、体躯は人間の女性。

 正に、異形。


 その魔獣がリザの首元を掴んで拘束し、微笑しながら名乗りを上げる。


「私は魔獣十爪が一人、死蝶バイオレット。この屈辱、どんな報いを与えてやろうかしら――」


 魔獣十爪。

 その称号は、以前ガードナー家邸宅で戦った強敵ディッシュが名乗ったものと同じ。


 アレと同格の魔獣が……目の前に!


 リザは拘束され、レインは立てない程の重傷、俺は魔剣状態で動けない。


 そんな、なんてことだ、一体どうすれば――




「【アルカディア】」




 少女の声で詠唱が響くとともに、光り輝くカード状の魔力物質が、バイオレットと名乗る魔獣の腹を背面から貫いた。

 同時にリザの拘束は解除され、その場で尻餅をついた。



 バイオレットは目を剥いて驚き、視線を攻撃者に向ける。


 あの魔獣の目は昆虫の複眼そのものだ。その特性上、視界は相当広いはず。

 それに対し不意打ちで攻撃を仕掛けた。


 その場に居た全ての者が、同じ疑問を持っただろう。


「一体何処から……貴様、何者だ!!」


 魔獣が当然の疑問をぶつけた声の先には、裸足で寝間着姿の少女が一人。


 ブロンズの長髪をたなびかせ、指揮棒程度の小さな魔杖を掲げ、無数の輝くカードが少女の周囲を球状に飛び交う。



 ――間違いない。

 先日この図書迷宮で出会い、突如消え去った謎の少女だ。


 レインですら追い切れなかった神出鬼没の彼女は、一体何者なのか。



 リザはその少女の優しい声と立ち姿をはっきりと捉えると驚き、思わず叫ぶ。


「まさか!?」


「久し振り、リザ。微力ながら助けに来たよ」


 少女の気安い挨拶とは対照的に、リザは自らの負傷も忘れたように飛び起き、仰々しく片膝を付き深く頭を垂れた。


 その様子に俺は驚き、リザに聞く。


<もしかして、知ってる人?>


 リザは目の前の光景にうろたえながら、声を震わせ答える。


「――当然です。あの御方は、我がエリアル帝国の第六皇子にして皇位継承権第三位――」


 えっ。

 まさか……まさか、嘘だろ!?



「クラリス・エリアロード皇女殿下です!!」


 

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