31<見えない刺客③>
色覚魔術はレイン家の血族に相伝する魔術だ。
レインの姿に変化しているなら、魔術回路も複製しているので使えるかもしれないが、今はリザの姿だ。使えるはずもない。
つまり、これはブラフ。
コードも名称もそれらしいものを繋げただけのデタラメだ。
また、余り詳しくは無いが『ウォールフラワー』は連れだっての逃走の合図として使われる花。
俺よりも博識なリザなら、すぐにそれがわかるはず。
咄嗟の指示になってしまったが、合図はちゃんとリザには伝わったようだ。物陰から飛び出したリザが見えた。
このままレインの元まで辿り着けば、状況は一変する。
リザがレインを守ってくれれば、最初に提案した魔力探知が使えるからだ。
俺が魔力放出し、リザが魔力で防御すればレインを傷つけること無くミリアの位置を特定できる。
俺はわざとらしくシャンデリアに剣を突き立てた。
これから色覚魔獣が召喚されるぞ、というアピールだ。
仮にブラフとバレても構わない。
相手の思考を出来るだけ削いで、リザへの攻撃を1秒でも遅延できれば――。
そのとき、金属音とともに重力が失われる感覚に襲われた。
乗っていたシャンデリアの鎖が、切り落とされたのだ。
俺ごとシャンデリアを地面に落として、足下にいるリザにも対応する算段か。
リザへの攻撃を黙って見過ごすわけにはいかない。
俺は爆炎魔術で浮き上がり、シャンデリアの鎖を片手で掴み上げる。
肉体強化していても、片手でこれは流石に重い!
気を抜いたら手の皮ごと滑り落ちていきそうだ。
その間にリザはレインを抱え、急いで部屋の端まで無事に移動していく。
それを見送りながら、俺は盾代わりにしていた服を使って、天井からつり下がった鎖とシャンデリア側の鎖をなんとか結びつけた。
心許ないが、取りあえず一時的に保てば良い。
その細工している時間を、敵が指を咥えて待ってくれるはずもないだろう。
既にミリアは再び姿をくらませている。だが、俺に攻撃は飛んできていない。
つまり、リザ達に攻撃を仕掛けに行ったのだ。
これは悠長に魔力探知している暇は無さそうだ。
考えてみれば魔剣を持った俺と、丸腰で負傷者を抱えているリザ。
非道な敵がどちらを狙うかは明白だ。
それなら、リザと俺の力関係を逆転させる。
「リザ、受け取れ!」
「ええ!?」
俺はシャンデリアから飛び降りながら、魔剣【七星】をリザの少し上方を狙って投げ放った。
【七星】はそのまま壁に突き刺さった。リザが慌ててそれを回収する。
魔剣を手放したことで魔力制御が途切れたが、それまでの滞空中で十分に減速出来た。素の体術でなんとかなるレベルだ。
俺は受け身を取りつつ安全に着地出来た。
そして、わざとらしく痛そうにその場に転がる演技をする。
丸腰で負傷している俺と、負傷者を庇いながらも魔剣で武装したリザ。
これなら狙い目は俺だろ? さあ、かかってこい!
目を瞑り、全神経を聴覚と触覚に集中する。
―――今だ!
風を切る音を感じ、俺はその場から飛び退いた。
温い攻撃で助かった、上手く避けれた。このまま反撃を――。
「んあぁああ!?」
「仕返しです!」
俺が居た場所に刺さっていたのは、魔剣【七星】だった。
「私の体で服を脱いだり、思わせぶりな合図で驚かせたりして! そもそもどんな意味か知ってて言ったんですか!?」
赤面するリザに、俺は当惑する。
「ええ? よくわからないけど、ごめん……あぁっ?」
俺は異変に気がついた。
地面に刺さった【七星】に赤黒い血が滲みだしたのだ。
魔力回路を一部損傷し、ミリアの透過魔法が解除される。
リザが投擲した【七星】は、偶然にもミリアの消音ブーツごと右脚を貫いていた。
「貴様らぁァッ……!!」
ミリアは痛みをこらえながら、悲鳴混じりの叫びを上げて突き刺さった【七星】を右脚から引き抜き、遠方へ投げ捨てた。
想定と随分違うが、今が攻め時だ。
ミリアは俺達を完全に丸腰と認識しているが、俺が魔剣に戻ってリザの手元に渡ればタイマンに持ち込める。
リザはここまでほとんど魔術を使用しておらず、ミリアは継続して透過魔術を使用し魔力のそれなりに消費している。
さらにミリアは得意魔法の透過魔術が途切れるほどの負傷をしており、負傷箇所は脚のため移動も大きく制限される。
消音ブーツも貫かれ使い物にならない。
完全に優勢。
タイマンに持ち込めれば、100%こちらが勝つ!
「リザ!」
手を伸ばし呼びかけると、リザは俺の元に駆けだした。
後は俺が、右脚を満足に動かせないミリアの攻撃を1、2回躱せば終わり。
イージーなゲームだ。
「……この私が、丸腰の二人相手で抑えられると? 透過魔術が使えなくなるほど弱っているから?」
ミリアの魔力反応が急激に増大し始めた。
「違うわ、枷が外れたのよ! もう透過魔術にリソースを割かなくて良いのだもの!」
ミリアの余力は想定以上だった。
まずい、到底俺一人で時間稼ぎできるような相手じゃない。
このままではリザが来るまで、確実に間に合わない。
……それなら!
「【ミニマムバースト】!」
極小の炎で俺は左手を焼き、自傷行為により元の魔剣の姿に戻った。
「なっ!?」
目の前の人間が魔剣に変わるという突如の事態を飲み込めず、ミリアは怯んだ。
その間に、駆けて来たリザの手が魔剣の俺に僅かに触れる。
しかし、届かない。
例え怯んでも、体は長年の訓練による反射的行動を抑えることは出来ない。
ミリアが無我夢中で振り抜いた剣でリザは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
魔剣となった俺は、リザの手に渡ること無くそのまま地面に突き刺さった。
「ふ、ふふっ……あーっはっはっは――――」
ミリアの高笑いが部屋に響く――。
――――――
俺の魔剣特性による複製。
その複製は、例え切り離されてもそのまま残る。
人間を複製する場合、その姿を衣服ごと複製する。
その後、着ていた上着を脱いだとしてもその上着は消えない。
髪切っても爪を切っても、消えたりせずそのまま残る。
だが俺が元の魔剣に戻ったり、別の姿に変化したとき、切り離されていた物質は全て跡形も無く消滅する。
着ていた衣服を無限複製できたりはしないのだ。残念。
さあ、何か忘れてないか?
見えない、死角からの攻撃の怖さをお前も十分わかっているだろう?
俺は上部のシャンデリアを脱いだ衣服で縛り付けた。
魔剣に戻った今、衣服も消滅する。
そして、ここはそのシャンデリアの真下だ。
――――――
俺が魔剣に戻った時点で、天井のシャンデリアを縛る物は無くなった。
当然そのまま落下する。
シャンデリアは床に沈む込むように激しく叩きつけられた。
ガラス細工が砕け散り、鉄柱がひん曲がる轟音が鳴り響く。
シャンデリアの下敷きになったミリアは、もがき苦しみ、動かなくなった。




