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30<見えない刺客➁>

 警戒範囲を絞るため、リザは壁や本棚で背後をカバーしつつ移動し、一旦その場を離れた。

 本棚の間に隠れ潜んだところで、リザと俺はミリアへの対策を練った。


<透過魔術への対抗策は主に2つだ。視覚以外の手段による位置特定、または全方位への無差別攻撃>


「書庫の重要書物を失うわけにはいきません。全方位攻撃は得策では無いでしょう」


<全くその通りだ。セオリー通りに行けば足音等から位置特定をしたいところだが――あの女の足下を見たか?>


「特殊装備の消音ブーツを装備していました」


<流石だ、よく見てる。あの装備だと音による特定は難しいだろう。聴覚強化魔術を持っていれば良かったが、あいにく専門外だ。そういうわけで、リザには魔力による探知を試みて欲しい>


 俺の提案にリザはためらい、少し考え込む素振りを見せる。


「……すみませんが、難しいです」


<何故だ? リザの魔力量なら十分可能――……そうか>


「ええ。意識の無いレインさんが危険です」


 ソナーのように魔力を波状に放出し、反響魔力を感知することで視覚に映らない物体も観測できる。それが最もポピュラーな魔力探知だ。


 放出する魔力は大きいほど良い。

 反響魔力も大きくなり、学生レベルでも感知が容易になる。

 相手の魔力代謝量を遥かに凌駕する大きさなら、それだけでダメージを与えることも出来る。わかりやすい例は魔獣災害時に発生する魔力の嵐だ。



 リザは他生徒と比べ魔力の感知能力でやや劣る。

 その代わり魔力の保有量に長けているので、魔力の放出量を大きくすることである程度カバーできる。

 観測できるレベルの大きな反響魔力を得るために、相応の大きな魔力を放出すれば良いからだ。



 でも、そうはいかない。

 本棚の陰からレインの様子を伺ってみるが、やはり傷は深そうだ。


「意識を失い、あれだけの深手を負っています。魔力回路による自動防御が何処まで働いてくれるか……」


<……すまない、俺が浅はかだった。重傷のレインを前にして、大きな魔力放出は確かに危険だ>


 あの傷では魔力回路のリソースをほぼ全て回復に当てるしかなく、魔力に対する防御力はゼロに等しい。

 そんな状況で過剰な魔力に晒されれば、精緻に構築された魔力回路は容易に焼かれる。



 レインの魔術師生命を絶つような真似は――――絶対出来ない。



 苦悩する俺達をあざ笑うかのように、ミリアの声が響く。


「いつになったら私を見つけてくれるの? 暇つぶしに一人遊びでも始めようかしら」


 倒れているレインが血を吹き上げた。

 あろうことか、ミリアはもう動けないレインに対し追撃を食らわせたのだ。


<なっ……!? てめえ、ふざけるんじゃねえぞ!>


「悠長なことは言ってられませんね、この際書物は後回しです。レインさんだけには当たらないようにして、無差別全方位攻撃を仕掛けましょう」


<……いいや、第三の選択肢がある>


「?」


<俺が囮になってレインの元へ飛び込む。俺が攻撃された瞬間なら位置は特定できる。リザは後方で援護してくれ>


 俺の提案にリザは驚き目を見開く。


「まさか、丸腰で飛び込む気ですか!?」


 入念な準備をしていた入学試験時や決闘時とは違う。他の生徒もそうだが、普段から魔剣を2本持ち歩くことはほとんどない。


 今のリザの武器は、俺だけだ。


 俺がリザに変化した時点で、2人とも武器を持たない丸腰。

 魔剣が無ければコンマ1秒単位の精密な魔力コントロールは不可能。

 体外への魔力放出は御法度だ。

 身体能力の向上も、魔剣装備時と比べると数段落ちる。


 それはレインを戦闘不能に追い込んだ強敵を目の前にして、危険極まりない行為だ。


 ――それでも、こればかりは譲るわけにはいかない。

 俺はリザに意見を押し通した。


<合理的な理由もある。レインの元まで辿り着けば、レインの持っている魔剣【七星】を回収して反撃出来る>


「……非合理な理由もあると?」


<もちろんだ。俺は友人を傷つけられて、黙ってじっとしてられるほど大人じゃない>


 リザは真剣な目で俺を見つめる。


「……分かりました。でも、条件があります」


 リザは俺に魔術を行使して姿を変えた後、震える声を絞り出した。


「黙って居られないのは私も同じです。私も出ます」


 俺だけ我が侭を通すのは許されない、か。

 諦めの微笑を浮かべながら、俺は了承した。


「わかった。良いタイミングで合図をする。そのときはレインを任せた」


 相槌の代わりに、俺達は互いの拳を突き合わせる仕草をした。




 俺は本棚の陰から飛び出し、レインの倒れている位置へ矢のように真っ直ぐ走り出した。


 制御装置となる魔剣を持たない今、魔術を精密に扱うのは困難。

 特に走行中はコンマ1秒の誤差が命取りになる。


 平時であれば、その辺をリザの魔力保有量にものを言わせて多少ごまかすことも出来るだろう。


 だが、魔剣制御無しでの魔術使用という危険行為をレインの近くでするのは極力避けたい。



 難しいことは何も考えず、最低限の身体強化と素の脚力で突っ込んでいく。


 もちろん無防備に突っ込めば、ミリアは進路上に攻撃を仕掛けてくるだろう。


 俺はリザを衣服ごとコピーしている。

 走りながらボタンを外してブラウスを脱ぎ、レインにある程度近づいたところでその衣服を目くらましのように広げた。

 ブラウスを盾のように振り回しながら突っ込む。


 が――何かに当たった感触は無い。


「……?」


 近くにミリアはいないのか?


 俺はそのまま何事も無くレインの元へ辿り着いた。

 すぐさま魔剣【七星】を回収し、臨戦態勢を取る。


 ついさっき、ミリアはレインに追撃した。

 こちらが何のアクションも起こさなかった場合、攻撃を何度でも繰り返すつもりだっただろう。


 つまりレインの倒れている付近にミリアが待機していると踏んだ――が、違うのか?



 ……そうか! 



 微かな風切り音を頼りに、もう一度衣服を振り回す。

 衣服は切裂かれながらも透明な刃をつかみ取り、レインと俺への攻撃を何とか防いだ。


 上だ!


 広間の天井に飾られているシャンデリアの上。そこにミリアがいるのか!


 さっきの攻撃も手持ちのナイフ等を上から落とし、レインに攻撃を仕掛けたんだ。


 よく見るとシャンデリアが僅かに傾いている。

 下に傾いている方に、ミリアが乗っているに違いない。


 位置は分かった、このまま反撃する!


「【バースト】!!」


 俺は爆炎による噴射で飛び上がり、天井のシャンデリアに急接近する。

 僅かに傾いた方、ミリアが居ると予想される位置に容赦なく剣を振り抜いた。


 手応えありだ。


 いや……手応えがありすぎる。

 斬った物体は人間の感触ではない。もう少し固い、まるで木材でも切り捨てたような……。


 ――ハメられたか!?


 俺は危険を察知し、すぐさまその場を飛び退いた。


 間一髪。

 首元を透明な刃が通り過ぎ、長い黒髪の一部が切り払われた。



 魔剣も衣服も透明化出来るということは、自分以外の物体も透明化出来ると言うこと。

 あらかじめ透明化した本棚を運んでシャンデリアの上に仕込み、ミリア自身は対角の位置に乗る。そうやって場所を誤認させたのか。


 ミリアは魔剣学園の上級生、更にその上澄みだ。

 豊富な経験を持ち、トラップやフェイントも息をするように仕掛けてくる。


 感覚だけで戦ってはダメだ。

 もっと読み合いを深く、次の一手を考えろ。


 俺は腰元のベルト金具を取り外し放り投げた。

 それを魔剣で切り飛ばし、大声で叫ぶ。


「コード#ffec47、ウォールフラワー!!」

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