28<魔力障壁理論>
噂をすればなんとやら。
翌日の1年次生合同授業は、件のセレスト先生によるものだった。
「基礎魔術論を担当するセレスト・ナイトレイだ。以後宜しく」
セレスト先生は真っ黒なスーツに分厚いコートを羽織り、柔らかそうな毛皮のマフラーで身を包む。
初夏の陽気にはそぐわない、見るだけで汗が吹き出そうな格好だ。
先生の首元に巻かれた毛皮のマフラーがもぞもぞと動き出し、ぴょこんと狐耳が飛び出す。
マフラーに見えていたのは小さな狐型の魔獣だった。
どうやら飼っている召喚魔獣らしい。先生は無言でもふもふしている。
そんな愛らしい行動とは裏腹に、先生は大講堂の最前列に涼しい顔で座るリザを鋭く睨んでいた。
レインの話を聞いた後だからだろうか、確かにリザに対して態度であるように見えてくる。
思い過ごしであればいいんだが。
「……早速授業を始める。今日は魔力障壁に関する一般理論の解説を行う」
先生はチョークを取り出し、黒板に図を描く。
魔術師とそれに向けた射出された物体の絵だ。
その間に垂直の白線を引く。魔力障壁を模した図画だろう。
「魔力『障壁』という言葉からこのような図を想像するだろうが、実際には壁が存在するのでは無い。物質に対して壁が存在するかのような挙動を発生させる物理現象――それが魔力障壁だ」
セレスト先生はコートの内ポケットを探り、懐から黒い金属の機械を取り出した。
銃だ。
「火薬による全方位の爆発を一方向に収束し伝えることで、内蔵した弾丸を音速レベルで撃ち出す。『銃』と呼ばれる殺傷力の高い武器だ」
セレスト先生は最前列にいるリザを睨み、銃口を向ける。
そして無表情のまま即座に引き金を引き、発砲した。
ガラスをハンマーで叩き割ったような、強い衝撃音が大講堂に響き渡る。
先生とリザの距離は4メートル程度。
その半分くらいの距離、眼前から2メートルくらいの位置に小さな弾丸がポトリと地面に落ちた。
大きな音に驚いたのかで、狐型魔獣は尻尾で先生の頬をぺちぺち叩きはじめた。
先生は構わず無表情でリザに問題を出す。
「リザ・ガードナー。今の現象を説明してみろ」
リザは変わらず涼しい顔で冷静に答えを述べる。
「魔力で満たされた空間は水や空気同様に、移動物体に対して抵抗を生みます。移動物体のエネルギーが速度の2乗であるのに対し、魔力による抵抗エネルギーは速度の3乗。物体固有の魔力代謝量が限界に達したとき、この差により移動物体が急速停止します」
「……そうだ、これが魔力障壁。銃が殺傷力を持つのは一般人相手のみ。このなまくら以下の武器は、我々魔術師には決して届かない。――では、これならどうか」
セレスト先生は懐から高級そうな革の小箱を取り出し、中から小さな銀製の弾丸を取り出した。
弾丸には魔力回路が血管のように赤く浮かび上がっており、異質な魔力を放っていた。
「銀製品は対魔族にも殺傷能力を持つ、魔力伝導度の非常に高い物質だ。専用の魔力回路を刻み込むことで、更に魔力代謝量を向上させる事が出来る。これはその特注の試作品。さて――」
セレスト先生は弾丸を弾倉にセットし、リザに銃口を向ける。
瞬きする間も無く、リザの眉間に向かって銃弾が撃ち放たれた。
再び凄まじい轟音が大講堂に響き渡り、外側の窓ガラス数枚にヒビが入る。
銀の弾丸はリザの手前50センチ程の距離で、ポトリと落ちた。
「――所詮こんなものだ。最新鋭の技術を持ってしても、銃は対魔獣・対魔術師戦闘の実用性において魔剣や魔杖には遠く及ばない」
セレスト先生は再び狐型魔獣をもふもふしながら、もう片方の手で黒板に置かれたチョークを掴んだ。
「つまり、射撃系の攻撃は速すぎてはいけない。魔力の干渉を抑え、かつ反応の難しい適切な速度で撃つべき。――このようにな」
セレスト先生はチョークに魔力を込め、リザの眉間めがけて投げ放った。
<危ない!!>
リザはとっさに腕で顔をかばう。
放たれたチョークはリザの眼前で方向転換魔法が発動し、直角に2回曲がって後方の生徒へ向かった。
そして……うつらうつらと居眠りする妹、ティナのおでこに当たり、チョークが勢い良く弾け飛ぶ。
「はあううっ!?」
「今は授業中だ、ティナ・フロックハート」
耳たぶを狐型魔獣に引っ張られながら、相も変わらず無表情のセレスト先生は冷たい口調で責める。
「2回の目覚ましでも起きないとは大したものだな。私の授業程度は聞かなくとも十分理解出来ているらしい。そんなに退屈なら今日の宿題を倍に増やしてやろう」
涙目ながら腫れたおでこを抑えるティナ。
マックとその取り巻きが、クスクスと小さな笑い声を講義室に響かせた。
セレスト先生は黒板に数式を書きつつ、その小さな笑い声にかき消される位の小声でつぶやく。
「……何故だ、何故だ。計算では14.6センチのはず、それが48.7センチ……」
――――
午前の授業が終わり、昼食の時間。
リザとティナは食堂に向かうため、中庭を歩いていた。
「セレスト・ナイトレイ先生は魔剣学園の教師陣の中でも生徒へ厳しい指導を行うことで有名です。今日みたいなことは本当に気を付けた方が良いと思いますよ?」
「はうう……。ごめんなさい」
射出物が比較的柔らかいチョークとはいえ、魔剣学園教師の魔力を込めた投擲。
ティナのおでこは時間が経つにつれ輪をかけて赤くなっており、相当に痛そうだ。
セレスト先生許すまじ。笑ってた生徒はいつか殴ろう。
「言い訳なんですが、ここ数日は秘密特訓で疲れてしまって」
ティナは頭を抱え、疲れた顔で弱音をこぼす。
「秘密特訓……とは?」
「それは――――あっ!」
ティナが声を上げた先に、授業用の参考書を携え教員室に戻る道中のギルバート先生がいた。
ティナは疲れが吹き飛んだかのように笑顔になり、ギルバート先生に大きく手を振って声をかける。
「先生ー! 今日もまた宜しくお願いします!!」
「……また君か、懲りないな。昨日の今日で疲れていないのか?」
「全然大丈夫です!」
リザは怪訝そうにティナへ疑問を投げかける。
「まさか秘密特訓というのは……」
「はい! ギルバート先生に掛かり稽古を頼んでいるんです!」
「ええっ!?」
<うええェェっ!?>
あのギルバート先生と二人一組で、掛かり稽古をしてもらう……?
マジで? 新手の拷問か?
俺なら頼まれたって絶対やらない。
「では体操着に着替えてきます! すぐに帰ってきますから、逃げずに待っていてくださいね!」
「煽り文句だけは一人前になったな。逃げなどせんよ」
ギルバート先生は強い語気に反し、和やかな表情を見せていた。
ティナはリザとギルバート先生に手を振り、更衣室へ向かう。
「やれやれだ、若者の情熱にはいつも驚かされる……」
静かにつぶやいたギルバート先生は、遠く去るティナを見る。
リザは先生に疑問を投げかけた。
「見込みある生徒に稽古をつける慣例があるのですか?」
ギルバート先生は鼻を鳴らす。
「普段はこんな教師みたいな真似はせんのだが」
れっきとした教師では? と言わんばかりに、リザはギルバート先生を見つめた。
「……どうしてもとせがまれて、無下にすることが出来なかった。嫌々ながら根負けしたというやつだ」
意外だった。
ギルバート先生は熱意に打たれるとか、そういうタイプでは無いと思っていた。
「嫌々と言う割には嬉しそうに見えますよ、先生」
リザが悪戯っぽく言うと、先生は観念したように微笑む。
「――彼女を見ていると、何故か娘達のことを思い出してしまってな。生きていれば、ちょうど君達くらいの歳だっただろうと思うと……」
……14年前の魔獣災害。ロア先生から聞いた、ギルバート先生が奥さんと娘を亡くされたという事件。
思わぬ話題に困惑するリザを見て、ギルバート先生は謝罪する。
「ああ、すまない。湿った話をするつもりでは無かったのだが」
目頭を覆うと、ギルバート先生は踵を返す。
「そろそろ行くとする。どうやら昼食をもう一人分用意しないといかんようだ」




