21<遺品整理>
登山道の走り込みで階段を踏み外したリザは、ひどく足を痛めてしまった。
ロア先生はすぐさま治癒士を手配し、早退して保健室でしばらく魔法治療を受けることになった。
治療を受ければすぐに全快、とはいかない。
回復魔法による治癒はあくまで自身の抵抗力を高め、回復速度を数倍~十数倍(患者と治癒士の相性次第)に上昇させるもの。
非魔術師からはよく誤解されることなのだが、治療や回復において魔法はさほど万能では無いのだ。
1週間程度は過激な運動を控えるようにと診断を受け、座学以外の授業はしばらく休みとなった。
夕方、そのままリザは自室に戻りベッドに倒れ伏す。
着替えもせずそのまま埋まるように寝込むが、しばらくすると小さく呻きだした。
「痛ぃぃ……」
<大丈夫か?>
「……大丈夫です。聞かなかったことにして下さい」
リザは平常心を装ってはいるが、随分辛そうだ。
疲労状態で訓練を受けたこともあり、受け身が十分に取れなかったのだろう。
「――あっ!」
<何だ?>
リザは何かを思い出したように鞄の中を探る。
すると底から図書館から借りていた本が滑り落ちてきた。
「本を、一冊返し忘れていました……」
リザは手持ちの懐中時計を見る。
「確か返却期日は今日、図書館が閉まるまであと10分……!」
リザは図書館に向かおうとしてベッドから起き上がる。だが痛めた足で歩くのがままならず、ふらついてしまった。
<俺が代わりに行くよ>
こんな状態のリザを歩き回らせるわけにはいかない。
<俺がとっさに助けてやれなかった責任もある。いつもこっちの都合を聞いてもらってばかりだし、この位は手伝わせてくれ>
「……すみません、お願いします」
リザは頭を抱える素振りを見せたが、守るべき図書館の秩序と俺を自由にする心配さの天秤は前者に傾いたようだ。
俺はリザの姿に変わり、本を持って小走りで図書室へ向かった。
ちなみに、俺がリザの魔力を受けて変身するとその時点のリザの状態を反映する。そのため足のダメージもそのままだ。
元より若干強度が上がるので負傷もマシになっているはずだが、思っていたより酷い痛みだ。
ここまでの負傷をしているなら、尚更リザを休ませて正解だったな。
閉館時間ギリギリだったが、本の返却は滞りなく処理出来た。
ノエルとして来たときは杓子定規な冷たい対応だった図書担当の男子生徒が、今回は嘘のように愛想良く対応してくれた。
うん、気持ちは分かる。
図書館を出た時点で変身の残時間は20分間。だいぶ余裕がある。
……こんなチャンスは2度と無いかも知れないな。
足の負傷という逆風を差し引いても、実行する価値はある。
俺はそのまま、2学年生の寮へ向かい駆けだした。
この身は一度死んだようなもの。
リザの前で口にすると怒られるが、元の体に戻れる可能性は限りなく低い。
それ故にやっておかなければならないものがある。
『遺品整理』だ。
植え込みを回り込み壁を越え、裏口を通って屋根に登り窓から部屋を覗き込む。門限を破ったときの常套手段なのでこれくらいは朝飯前だ。
同室の男子生徒、リュウも不在。今日はツいてる。
窓を開け部屋に入り、懐かしい自室を見渡した。
2段ベッドの下を覗き込み、中を探る。
あった!
太古より続く生命の歴史を本能のままに呼び起こす魔性の書籍!
……つまりエロ本!!
齢15年かそこらの俺にもプライドというものがある。
気の知れた友人に頼むという手もあるのだが、彼らはそういうことに関して繊細さがない――いわばオープンな奴ばかりなので正直心配だ。
できれば自分の手で抹殺したいと考えていた。
低威力の炎魔法を当て、書籍を炭まで焼き切った。これでこの部屋に未練は無い。
静かに窓から外へ出て、屋根をつたい裏口に戻る。
「いててっ……」
そろそろ足も限界だ。早めに戻らないと――――。
「――――お嬢さん、こんなところで一体何を?」
不意に後ろから声を掛けられた。
俺が学園生だった頃によくつるんでいた悪友の男子生徒、レイン・クレッグがそこにいた。
誰にも見つからずに抜け出せると思ったのに、相変らず目ざとい奴だ。
言い逃れできない部屋の中や屋根の上で出会わなかっただけマシだが、一応ここは男子寮の敷地内。規律的にもここにリザがいるのはよろしくない。
さて、どうするか。
「すみません、まだ学園の地理に慣れないもので少し迷ってしまいました」
「それはそれは。では僕が部屋まで送りましょう」
ええい鬱陶しいな。
「いえ、今はもう帰り道が分かりましたので大丈夫です」
「それはいけない。貴方は足を痛めているようだ」
そう言うと、なんとレインはかがみ込んで俺の足を両手で掴み、ふくらはぎをさすってきた!
お、乙女の体にいきなり何をしやがるんだぁ!?
「な、何してるんですかぁ!?」
「この美しい足が今以上に痛み、壊れていくなんて僕には耐えられない……!」
「いいから離して下さい! 失礼ですよ!?」
「心配して言ってるのに……ずいぶんな物言いじゃないか『ノエル』」
「!?」
俺はすぐに力尽くでレインの手を振り解き、全速力で距離を取った。
だがレインはすかさず逃げ道を塞ぐよう俊敏に回り込む。
俺は壁際に追い込まれた。
壁に背を当て息を呑む俺に対し、レインは鋭い眼光で睨み付けてくる。
俺はしらばっくれることにした。
「……何か、とても大きな勘違いをされているようですね。私はリザ・ガードナーです」
「舐めるなよノエル、君に歩行技術を叩き込んだのは僕だ。誰が誰かは歩き方を見ればすぐに判別できる」
相変わらずだな、レイン・クレッグ!
良く言えば歩行技術・走法で右に出る者はいない優秀な魔剣士だが、悪く言えば他人のことを下半身でしか判断しないただの変態野郎だ。
にしてもコイツの変態技術がここまで異常だとは、正直恐れ入った。
見た目は完全にリザをコピーしているし、俺だって演技にはちょっと自信がある。
それなのに一瞬で正体を見抜くなんて。
変態技術……いいや、やっぱりただの変態だ……。
「あくまでシラを切ると言うなら、それでも構わない。でもそれは君がスジを通すならの話だ」
レインは腰元の鞘から魔剣を抜き、こちらを見据える。
空いた手で左目にかかった前髪を払い、痛々しい火傷痕を晒した。
俺ははっと息を呑む。
「僕に何か言うべきことがあるんじゃないか、ノエル・フロックハート?」




