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10<入学試験編①>

 入試当日まであと7日。

 大きな危機があったものの、リザは再び元気そうに過ごしている。 


 身体の方も復調したため、専用部屋での秘密会議が再開された。 


「……無理かもな。率直に言って時間的に厳しい」


 魔獣との戦いでリザの体を酷使してしまったために、この1週間は本格的な魔術行使や戦闘訓練を控えなければならなかった。筆記試験の対策は万全となったが、適性試験と実技試験はまだまだ不十分だ。

 

 短期間での成長を行わなければいけないリザにとって、1週間のロスは激痛。

 試験合格だけならなんとかなる。でも特待クラスは厳しいと言わざるを得ない。


 俺の見立てでは、現時点で試験を受ければ筆記試験で350点、適性試験で120点、実技試験で150点、合計620/1000点と言ったところだろう。

 合格基準の600点前後は満たせるが、適性と実技のロスで特待クラス基準の900点には遥かに満たない。


「リザには良い環境で学園生活を送って欲しかったんだが……」


「それは私の実力不足ですから、気になさらなくて大丈夫です。ただ、貴方という魔剣の調査から遠のくことになるので、こちらこそ申し訳ないというか」


「そう? そう思う?」


 俺のひょうきんな態度に、リザはたじろいだ。


「……え、ええ。はい」


「本当に? 『特待クラスに入るためだったら何でもします』って言える?」


 リザは俺の言葉を裏読みし、苦虫を噛み潰したような表情になる。


「……あるんですか? 今から特待クラスへ行けるようになる位の、厳しい特訓方法が」


「ある。いや、ない」


「どっちですか!?」


 俺は笑って答えた。


「いやぁ、実はあるんだ。今からお前を特待クラスの得点圏まで持って行く、超超とっておきの秘策がな」


「本当ですか!?」


「しかも全然厳しくない方法だ」


「本当に!?」


 リザは表情がぱっと明るくなった。ただ、当然の疑問を投げかけてくる。


「そんな方法があるなら早く言ってください。何故今までそれを黙っていたんですか!?」


「まぁ、真面目で努力家なお前のことだ。ギリギリまで努力した上でなければこの方法に納得はしないだろうさ」


 一瞬の沈黙が流れた。

 リザは俺の考えを察し、ジト目で俺を睨む。


「……不真面目で怠惰な方法ってことですね?」


「さっすが。察しがいいな」


 俺は不敵に笑う。


「適性試験と実技試験を俺が受ける。替え玉受験だ」



――――――



 試験当日。

 魔剣状態の俺とリザ、そしてリザの従者2人は連れだって魔剣学園のある街、ペルセウスに来ていた。


 目的地まで向かう馬車に揺られる中、俺はリザに声をかける。


<いよいよだな>


 隣にいる従者達に不審に思われないよう、リザは無言で頷いた。


<魔剣学園らしい所だが、筆記試験の会場内においても帯刀が許されている。分からない問題があれば俺に触れろ。微力ながら手伝うぞ>


 リザは無言で首を振る。


<ま、そうだろうな>


 リザは微笑んだ。

 そして馬車を降り、従者に見送られつつ試験会場へ入っていく。


 試験会場となる大講堂に着くと、最初に誓約文が渡される。一時的な契約を行う魔道文書だ。

 試験時間中のみ【自分の机の上以外のものが見えなくなり、音声も一切聞こえなくなる。魔術の行使もできない】という契約が課される。

 【カンニングできなくなる】とか【カンニングしたら試験官に分かる】とかのざっくりした文面にすると『どこまでがカンニングなのか?』について本人の意思に左右される部分がある。カンニングしていないのに引っかかったり、逆にしているのに引っかからなかったりと精度が悪く、失敗した過去があるとのことだ。



 実は後で分かったことなのだが、俺との会話もこの魔道文書における『音声』と認識されるようだ。

 後々、意味の無いことを言ってしまったとリザに詫びたが「そんなことはありません」と言われた。あれはどういうことだったのだろう。


 張り詰める緊張感の中で筆記試験がスタートする。


 午前8時50分に試験開始。

 試験40分×4科目+休憩10分×3回で合計3時間10分。

 午前12時、筆記試験は何事も無く終了した。


――――


 昼食時間。

 この間に俺とリザが入れ替わり、俺が適性試験を受ける算段だ。


 ここでイレギュラーが2つ発生した。


「あの、もし良ろしければ、一緒にお昼どうですか?」


 リザが同じ受験生である女子に声を掛けられた。

 聞く者を癒やすような優しく安心感のある声。俺がよく知っている人間だ。


<ティナ!!?>


 まさかのまさかだ。

 俺の妹、ティナ・フロックハートが元気そうな姿でそこにいた。


 ティナは俺の一つ年下で、リザ・ガードナーと同じ15才。確かに、今年魔剣学院を受験できる年齢ではある。

 だが完全に想定外だった。ティナは剣術に長けていたのか?学園を受験するなんて知らなかった。日頃練習をしていた素振りも全く覚えが無いが……。

 いいや、俺も学院の寮生活で10ヶ月ほど家を離れていた。その間に父に鍛えられていた可能性は十分にあるな。

 兄貴に匿われていたこの1カ月の間も、護身のためと指導を受けていたかもしれない。


「ええ、構いませんよ」


 リザの答えに、俺は心底驚いた。


<ええっ!?そんな悠長をしている時間はない、算段と違うぞ!?>


 リザは魔剣(俺)を軽くなでて微笑む。


 ……そういうことか。


 今このチャンスを逃さず、少しでも情報を多く集めようってことだな。

 リザが普段交流の無いアルトやティナと故意に接触し、それが闇組織に知られれば「魔剣の出所を知られた」と容易に想像される。

 そうなれば監視の目が厳しくなり、気づかれれば最悪口封じのため殺される可能性だってある。今までは慎重に行動せざるを得なかった。


 だが、今自然にフロックハート家の人間と出会うことが出来た。

 敵はまだアルトやティナを狙っているのか?

 捜査は上手くいっているのか?

 新聞の情報だけではわからないことがたくさんある。


 時間的に少々無理をしてでも情報収集のチャンスを逃すわけにはいかない。そういうことだなリザ!




 ――結論から言うと、そうじゃなかった。


「ティナさんはご自分でお弁当を作られているのですか。尊敬します」


「そっ、尊敬だなんて! 私こそリザさんの魔術論文には敬服しています。正直私には難しい内容ですが、友人達からの高い評価を聞き及んでおります」


「ありがとうございます。まだまだ勉強中の身ですが、そう言って頂けると励みになります」


 二人は用意していた昼食を取りながら談笑に終始していた。リザからは特に何かを聞き出そうという意思を感じられない。

 この場で情報収集を行うのは時期尚早、ということか。

 それよりティナと友好な関係を構築することに専念し、今後の情報収集のしやすさを優先する方が良いと考えたのだろう。


 それは良い。とても良いと思うんだが。

 俺はやきもきしながら、昼休憩の残り時間を気にしていた。


 昼食を取り終わり、休憩時間も残り半分を切った頃。

 ティナは遠慮がちに、リザに声を掛けた。


「最後に、お願いしたいことがあるんですが……」


 リザは優しく答える。


「ええ、何でしょうか?」


「今朝頂いた試験の資料によると、適性試験は採寸や採血など、身体測定や健康診断も含まれているようなのです。それで採点がなされるわけでは無いようですが」


「……健康診断ですか」


<ああ、そういえばあったな。>


「その健康診断のために、その、一瞬ですけど下着姿にならないといけないとかで」


 リザは深く考え込む素振りを見せる。


<そうだっけ? そういえば適性試験は男女別で受けてたな。そのためだったか>


「試験のために動きやすい慣れた格好でと思って、何も考えずに来てしまって……。用意も何も無くて。お兄様ったら、大事な資料を直前で渡すものだからっ!」


「わかりました、大丈夫です。外で私の従者が待機していますので、すぐに新品のものを用意させますよ」


 ティナはぱっと明るい表情をみせた。


「あっ、ありがとうございます!」


――――


 ティナに品物を渡して別れた後、リザが鋭い目で俺を睨んだ。


「……軽蔑します。そういう算段だったのですね」


<ちがっ、違うぞ!? 点数に関係しない部分は興味が無かったし、そこまで覚えてなかったんだ!>


「試験科目の精査を貴方に一任していた私にも原因の一端があります。私だけが被害を受けるなら我慢しましょう。ですが他者に迷惑をかけるのは許せません。よって適性試験には私が出ます」


<うぐっ>


「返事は?」


<仕方ない……>


「仕方ないとは?」


<是非そうしてくださいお願いします>


「よろしい」


 そうして、適性検査は不正すること無くリザが受けた。イレギュラーの2つめである。


 リザは魔力保有量の部分で高評価は得られるだろうが、操作性では低評価のはず。俺の見立てでは120/200といったところか。戦闘試験の重要度が一気に増してきた。


 点数的には辛い状況だが、俺はむしろワクワクしてきた。

 つまり、戦闘試験で手加減してやる必要がないってことだからな。

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