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09<魔獣十爪戦線➁>

 俺は一度距離を取り、リザを戦闘に影響ない後方へ置いた。

 ディッシュは一呼吸置いて落ち着いた後、思い出したかのように追撃を試みる。健在の左腕から爪を伸ばし鋭く斬りかかった。

 俺は前腕のかぎ爪に魔力を込め、それを受け止める。


 重い!!


 片腕になって尚、フェンリルになった俺を凌駕する魔力性能。

 俺自身がこの体を扱いこなせていないとはいえ、敵は相当の格上だ。


 数撃相手の攻撃を受けつつ、こちらも隙を見せない範囲で攻撃を繰り出すが悠々と躱される。

 むしろこの攻防で俺の心理状態が見透かされる。


「あの姫君を守っているな?」


「!!」


 俺の焦りを見抜いたディッシュはニヤリと笑い、即座に射撃魔法を唱えた。


「【フォーカスウインドエッジ】」


 輝くナイフ状の刃が魔力を帯びながら構築され、目にもとまらぬ早さでリザの方向に走り出した。

 目的を察した俺はすぐさま射線の間に立ち、魔力障壁を構築して守りに入る。


 小さな刃の見た目に反して恐ろしい威力だ。

 防御が悉く破られていく。刃はついに俺の体に届き、腹を貫く。


 無論想定内だ。

 衝撃音とともに俺の体はディッシュと瓜二つの姿になった。


「何ぃっ!?」


 ディッシュは驚愕したが、すぐさま落ち着きを取り戻し分析を始めた。


「鏡面魔術、いや魔物か?」


 確かに、鏡を媒体として作られた魔術機械や魔物化したものは相手の姿を映す。魔法攻撃に強いところも性能として合致する。

 そして鏡の特性を表す以上、壊れやすい。物理攻撃に弱いのが基本だ。体力も少ない。


 そうなれば最適解は1つ。ディッシュは再び俺の懐に潜り込み近接戦闘を試みる。

 望んでいた展開がやってきた。

 俺は射撃魔術は専門外。到底、この魔獣相手に渡り合えるレベルでは無い。

 殴り合いならまだ戦える。


 泥沼の戦いが始まった。


 俺のことを体力の少ない、しかし攻撃は脅威な魔獣だと思っているディッシュはリスク覚悟で激しく殴打を繰り返す。負けじと俺も突きと蹴りを繰り出してダメージを与えていく。

 お互いに傷だらけの姿になりながら消耗戦となった。


 俺は次第に多数の負傷を抱えるが、実はこれは相手の攻撃によるものではない。

 ディッシュがダメージを受けた状態で俺を殴ったため、その姿を映し俺がダメージを受けた姿になったのだ。

 それが相手に有効打を与えているとディッシュに錯覚させる。


 そこへ更に演技を混ぜる。

 ワザと殴られた際に痛そうな顔をしたり、よろけてたりしてこちらが劣勢だと相手に思わせる。


 そうだ、もっと殴ってこい。体力と魔力を使い果たせ。

 お前が辛いのはわかっている。お前の体をそのまま使っているからな。


 激しい近接戦闘の持久戦がしばらく続いた。


 そして、7割方回避されていた俺の攻撃も次第に当たる確率が増えてきた。

 その中で相手の脇腹に魔力を込めた一撃が入り、特に大きな負傷を与えた。


 俺も相手をコピーしている故に本格的に痛みが増してくる。思わず膝をつき、その場にうずくまった。

 ディッシュはその様子を見て勝ちを確信する。


「ふふふっ……! ゴホッゴホッ、所詮偽物の分際で、随分コケにしてくれましたね。ガハッ……!」


 腹の傷を抑え吐血しながらも強がりをしてくる。


「僕もダメージを負いましたが、君の方が満身創痍……立っているのも難しいのでしょう? 痩せ我慢はやめて投降しなさい。すぐに楽にしてあげます」


 安い演技に内心笑いながらも、俺は冷静に指摘する。


「ああ、お前の言うとおりだよ。もう限界みたいだ。だが……それはお前も同じだろう? いや、むしろ負傷はお前の方が大きいようだ」


「バっバカなことを……っ!?」


 挑発した俺に対し指を差したがディッシュは自分のボロボロの腕を見て驚き、口を開けたまま固まった。

 開いた口からはおびただしい血が溢れ滴り、どす黒い血溜まりが足下へ広がっていく。

 そう、痩せ我慢はお前の方だ。


 俺の肉体はお前の今の状態を如実に表している。

 身を持って分かる。限界だ。


 相手の性能を『加算』するという魔剣特性により、俺には元々の体力分の余裕がある。

 俺がお前より先に倒れることは決して無い。

 お前の肉体は、確実に俺よりも衰弱している。


 これで最後だ。


 俺は攻勢に打って出た。

 殴りかかるとディッシュは防戦一方となり、避けることすら出来ない袋小路に陥った。

 残された左腕も骨折を通り越し、今にも吹き飛びそうなまでに変形していた。


 最後の一発とばかりに俺は未だ健在の左腕に魔力を込め、拳を放つ。

 その瞬間、向こうも最後の力とばかりに俺に一撃を加えてきた。


 ダメージは無い。

 だが、俺はディッシュの姿を再度複製し折れ曲がった左腕へと変化した。


(しまった!!)


 俺はディッシュへ一撃を加えると、自分の力で腕が吹き飛んでしまった。

 これは自壊行為か……!!


 その瞬間、俺は元の魔剣の姿に戻ってしまいその場に転がった。


「や、やったか!?」


 ディッシュは息絶え絶えになりながらも、魔剣の俺に近づいてきた。


「恐ろしいやつめ……。これは早急に報告を――――」


 そのとき、ディッシュの背後に人影が迫った。

 脅すように背中に手を押し当てられ、ディッシュは冷や汗を流す。

 もう手遅れだ。既に回避をすることも出来ないほどに消耗している。


 背後に現れたのはリザ。零距離で魔術を行使した。


「まっ……待ってくれえ!!」


「【フルバースト】!!」


 凄まじい威力の爆炎が広がる。

 ディッシュは悲鳴を上げる間もなく粉々の肉片と化し、絶命した。


 魔獣災害の核とその契約主が死亡したことにより周囲の高濃度魔力は希釈され、環境が改善されていく。


 しばらくして白煙が晴れた後、リザは魔剣の俺を抱え上げた。

 俺達は言葉を交わさず、ただお互いの身が無事であることに安堵した。


――――


 数日後。

 当主も本邸に戻り、ガードナー家総出で魔術災害の事後処理に当たっていた。


 もともと度胸が据わっているのか、リザの様子は災害前と変わらないものだった。

 むしろ強者との戦いで無力さを痛感し、一層訓練に勤しまねばと息巻いていた。


 だが、俺が少々無茶をしてリザの体を扱ったため、骨や筋肉に大きなダメージが入っている。

 治癒師によってある程度の回復処置は行っているが、せめて1週間程度は軽いリハビリ程度の運動にした方が良い。訓練はちょっとお休みだ。


 一方、ロゼは想定外の憔悴を見せていた。

 行方不明になったエディを探すため当てもなく徘徊し、そのたび家の者に連れ戻されていた。


 俺達は知っているが、家の者たちも魔力反応の分析により薄々気づいている。エディは死んだ。

 伝えてもいいのだが、今以上に取り乱す様なことがあれば何をするか分からない。

 皆はそれを恐れ、腫れ物をさわるような思いでロゼと距離を取っていた。


 当主レオンだけは、そのロゼを叱責した。

 リザとロゼの無事を心から喜んでいたのも束の間、ロゼが本邸を離れた事実を知り激怒した。

 本件についての自身の責務が何だったのかわからなかったのか、と。


 最終的には平手打ちまで飛んできたが、ロゼは虚ろな目で終始上の空だった。


 その後、気を利かせた執事から『エディ様は既に魔法学院にお戻りかも知れません』と聞くと、ロゼはすぐさま支度し魔法学院への帰路についた。


 大きな嵐が過ぎ去り、俺達はまた少しずつ日常を取り戻していく。

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