出会い
【出会い】
ひたすらに走った。ユークレン神殿付近は、普段来るような場所では無いし、そもそも私は家からほとんど出ないで過ごしてきた。引きこもりという訳では無く、家から出る必要が無かったし、周りからもなんとなく外に出ない方が良いような態度をたまにされることがあって、私もなんとなくそれに従っていた。
要は、神界の地理のことは何も知らないのだ。勿論、有名な場所は知っている。地元なのに、全然道を知らないということである。神界で誰でも知っている場所と言えば、『虚穴』である。小さな湖一つが丸々入るくらいの大きさで、通称は『ゴミ箱』。罪を犯した者や、神界の要らないもの、手が付けられないものが投げ捨てられる場所。一度落ちたら、二度と上がっては来られない。子供でも知っている恐ろし場所の代表。
神界には街という概念は無く、個々の家屋敷がぽつぽつと立っている。総数自体が多くないから成り立っているようなものだ。私はひたすらに走った。どこに行けばいいんだろうか。神族に頼っていいのか?少なくとも、私と一緒に居た神式兵へ命令を出していた予言の神クリウは、状況を知っていたはず。クリウは上級委員会の委員であり、もしかしたら周りにはクリウ以外の委員もいたのかもしれない。
――――――――――――――今朝から姿が見えない、お父様も。
でも実際には誰かが助けにくる様子もなかった。今となっては当然だろう。私は、人間らしいのだから。神族は、人間へ加護を与えたりはするものの、同じ次元の存在だとは露ほども思っていない。どちらかというと、下等な種族への加護を与えてやっている、という感覚なのだ。私だって、人間には似たような感情をもっていた。否、中々捨てきれない。
何故、天使も、一度は私を天使の前に突き出した神式兵も、追って来ないのだろう。途中まで、ナイフを刺すまでは(おそらく傷はついていないだろうけれど)逃がす気があるようには見えなかった。それなのに…。
足が止まる。通常、移動距離が長い神界においては、各家にある転移神式で移動する。そうで無ければ、神馬と呼ばれる水の生き物に乗ったりするものだ。だが残念ながら、どちらも使用するには神力が要る。私にはどちらも選べなかった。
どうしよう。もう脚が、動かなくなりそうだ。喉も張り付いたように痛い。大体が中から中へ移動する神族には中々会えないし、会えたとしても今は恐ろしい。自分が全然神族とは違う異物に思えてならないのである。
「おえ、」
蹴られた腹の痛みと、激しい息切れで、胃液が込み上げた。心が折れそうだ。大樹に手をつき、しゃがんで小さくなる。その時、視界の端に映った建物があった。
私は導かれたのかもしれない。
目の前にあったのは、今はもう使われていないジュダ地下監獄跡地。かつて、私が生まれる前にはまだ地上部の建物がしっかりとあったらしいが、収監された「それ」が地上部を吹き飛ばしたと聞いた。仕方なく、その時収監されていた他の囚人や、以降の罪人は虚穴へと投げられることになったという。
「(ここなら、見つからずに少しやすめるかも…)」
建物という、外部からすこしでも遮断される環境に安堵し、私は地下へ続く階段を下りた。階段はおおよそ崩れていたものの、私の体躯であればなんとか通れるものだったが、既に神力装置も無い施設内は埃っぽく、地下である故に真っ暗だった。だが今は、この暗闇が私を隠してくれる。そう思うと安堵して、悲鳴を上げていた肉体は否応なしに私の気力を奪い眠りへと誘った。
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じゃらん、じゃり、かちゃん、寝ぼけまな頭はそういう音を聞いた。その音は繰り返し聞こえてくるので、段々と覚醒してきた私はそれが気のせいではないことに気付く。
「(まさか、もうここが?)」
入ってきた方へ目をやるが、音はそれとは反対の方向から聞こえてきている事に気付く。しかし、ここは無人の監獄のはず。信じられない可能性が頭を過ぎった。いや、それは中々無いだろう。もしかしたら、神族の誰かが誤って入ってしまい、出られなくなってしまったのかもしれない。
――――――――もし私が通常の思考回路だったのなら、そんなことはあり得ないと思っただろう…
意を決し、私は再び監獄の奥へと歩みを進めた。
音が近づいているのを感じる。真っ暗でよく見えないので、壁に手を当て、足先で確認しながら進んでいる為、中々先へ進めないのだが、音は確実に近づいてきていた。
「あら、行き止まり?」
今まで歩いてきた中に分岐は無かった。もしかして、地上に別の入り口があって、そちらから入るルートとかだろうか。地上には他に入り口らしき場所は無かったが。
「近い…みたいなんだけれど」
音は…下だ。下から聞こえている。ということは、階段が本来ある筈なのだろうか?瓦礫と暗闇でほとんど見えないが、手探りで探してみる。目ぼしい成果がなく、どうしようか思案しながらぐるぐると行き止まりで回っていると、突然世界が上昇していった。
否、落ちたのだ。
「ぉぶッ、あ、いだッ」
おそらく階段だったのだろう。しかし階段と呼ぶにはあまりに急な角度であり、私は遠慮なしに階段から転がり落ちた。狭いうえに転がったので、頭、肩、お尻と容赦なく打ち付ける。
「ぶべッ!」
顔面から落ちた私は、床に叩きつけられた。汚い声が聞こえたが、自分のものではないと信じたい。転げ落ちた先は、岩の牢に鉄の柵が付けられている部屋だった。すぐわかったのは、他の場所とは違い光がついていたからである。
恐らくは自然神式で、牢の片隅にある細長い穴から太陽光を反射させ力を集めて光珠を灯すひと昔前の半永久機関である。現在は簡略化され、ひと月に一度の頻度で神力をこめれば光り続ける光珠が一般的だ。
それはよいのだが、やはり気になるのは壁に繋がれて神式符がベタベタ貼られている何者だ。確実に鳴っていたのはあの鉄の手錠だろう。つまりは、生きている。しかしだ。勢いで来てしまったが、そもそもここに居るのは罪人で、恐ろしい罪を犯した者のはず。勝手に牢から出したら怒られるだろうか。
控えめに、牢の中の何者かを見る。すると、その人物は目を開けた。水色の瞳と、ついに目が合う。次に、小さな、小さな、弱弱しい声が聞こえた。
「――、―――たす、け て」
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ぼろぼろになってる子は可愛いなあと思います。




