表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫たちの時間 〜猫たちの時間1〜  作者: segakiyui
7.いじっぱり達の結末

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/43

2

 まるで、特大の雷に打たれたみたいに、周一郎が飛び上がるように立って、うろたえた様子で振り向く。

「滝さん…」

 その膝からルトが零れ落ち、走り寄ってきた。身を屈めた俺の腕に、爪を立てて駆け上がる。

「ててって」

「坊っちゃま」

 高野が白々しい丁寧さで頭を下げつつ付け加えた。

「滝様がお見えになりました」

「え、えーと」

 俺はルトを抱き上げ、相手が腕に落ち着くのを待ちながら口を開いた。

「あの、さ、その、バイトの口がないかなと思って」

 一瞬、薄曇りの空から突然日差しが差し込んだような笑みが、周一郎の顔に広がった。だが、すぐさまそれに気がついたのか、いかめしく眉を寄せる。

「必要なんですか」

 突き放した口調で尋ねる。その口元が、ともすれば、ふわりとした温かな形に開こうとするのに気がつく。

「うん、あ、お前のところでなくてもいいけど、ぐわー」

 思いっきり、ルトに引っ掻かれた。

 わかったわかった、心にもないことを言うなって言うんだろ。

 見下ろすと、ルトが口を開けて、ぴかぴか光る歯並びを見せてくれた。

「できれば住み込みのところがいいな。家賃溜めてて、そろそろ大家に追い出されそうなんだ」

 周一郎は無言のまま、食い入るように俺を見ている。

「お由宇にも、今度は面倒見ないって言われたし」

「ふ、う、ん」

 幼い声だった。

「じゃあ、仕方ないかもしれませんね」

 あんまり気がすすまないけど、考えてみよう、そんな様子で、

「高野、部屋の余分はあったかな」

 おい。

 そりゃ、あまりにもへたな冗談だぞ。

 呆気にとられた俺の視線に気がついたのか、周一郎はみるみる赤くなった。早口にことばを続ける。

「その、すぐに雇うって言うんじゃなくて、その、行きがかり上、少し部屋を貸すぐらいならいいんじゃないかと思うんだが。もちろん、次の場所が見つかれば、すぐに出て行ってもらうってことで」

「ほう」

 意地を張り続ける周一郎に、さすがの俺も少々意地悪い気分になった。

「そうか、じゃあ、今日すぐに仕事が見つかれば、来なくっていいな、そういうことだろ」

 周一郎はく、とあからさまに苦笑した。

「そんなすぐに、仕事が見つかるわけないじゃないですか。今日だって、食器を十五枚も割って…」

「おい?」

 何で知ってる?

 俺は引き攣った。

「ご心配でしたからね。お部屋もそのままになっております、そうお申し付けでしたから」

「高野っ!」

 周一郎が見る見る真っ赤になって怒鳴った。その怒鳴ったことそのものが、事実を語っていると気がついたのか、ますますうろたえてことばを継ぐ。

「余計なことを言わなくていい!」

「失礼いたしました。それではお部屋を片付け、滝様にはお帰り願います。それでよろしゅうございますね?」

「え、あ」

 高野があっさりと受けて、周一郎はことばを失ってしまった。

 まったく。

 みるみる不安そうな表情になってしまった周一郎に溜め息をつく。

 どうしてそんな妙なやり方をするんだろうな。そんなことをしてるから、死にそうになっちまうんだぞ。

 ここはまず、大人が大人として振舞うべきなんだろうな。

 よし。

 腹を括って口を開いた。

「あのさ、また門のところにバイトの口があるって貼ってあったんだ。あれが本当なら、俺はここに勤めたいと思って来たんだし、違うなら別の口を探すよ」

 ルトを降ろして周一郎に向き直る。

「どっちだ?」

 周一郎は俯いた。

 とてもひどく叱られた子どものように見える、頼りなさそうな姿だった。

「ぼくは」

「うん」

「ぼくは『遊び相手』を探しているんです」

「うん」

 『家風』はいいのかと言いたくなったが、ここで混ぜっ返したら最後、金輪際、周一郎は話さなくなるだろう。それぐらいは俺にもわかる。

「それで、まだ、誰も雇ってはいないので…」 

 唇を噛んだ周一郎は、唐突に目を上げた。

「あなたには……かなわない」

 柔らかな笑みだった。

「一応、歳の分だけ、な」

 周一郎は嬉しそうに笑みを深めた。

 足下に寄ってきたルトを拾い上げ、俺の側に近寄ってくる。

「いつから来ますか」

「これから荷物を取ってくるよ」

 周一郎の腕でルトがにゃあうと啼いて、上機嫌で喉を鳴らす。



 雲が切れたのだろう。

 陰っていた日が光を増して、ゆっくり世界が明るくなった。


                                 おわり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ