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数日後、俺は周一郎が運び込まれた救急病院へと足を向けた。
各種のメディアでは、連日のように大悟殺害に始まる朝倉家の連続殺人事件について報道されていた。
それによると、事件はこう展開したことになる。
桜井茂は朝倉家の財産をかねてより狙っていた。若子夫人を色仕掛けで引きずり込み、大悟を殺害したのはいいが、遺言状では妻である若子夫人の相続分が少なく、美華や周一郎が多い。
美華が周一郎に、家族という枠を越えた好意を抱いていることに気づいた茂は、美華だけではなく、彼女を利用して周一郎からも遺産相続の権利を奪うことを思いついた。信雄や若子が遺産を狙っているようなことを、それとなく吹き込んで美華をそそのかし、遺産相続の取り分増加のために、周一郎に一仕事するよう持ちかけさせたのだ。
美華は大いに乗り気で、周一郎に遺産取り分の増加と交換に自分の受け入れを迫ったが、周一郎は応じなかった。
美華からでは周一郎を動かせないと考えた茂は、邪魔なものはできるだけ早くに消そうとした。ついでに、それを周一郎に押しつけて犯罪者に仕立て上げ、遺産相続の権利を奪うという一石二鳥を計って、美華を信雄に殺させた。
信雄は仕事をこなせば遺産の分け前が増えると聞かされていたが、もとより茂にそんなつもりはない。ましてや、しなくてもいい暴行を加えたのは、以前美華に迫って拒まれた信雄の完全な先走り、茂はお荷物になりそうな信雄も殺害することにする。
信雄から事件の真相が知られて困るのは若子も同じだった。大悟殺害の一件で、既に共犯者だった若子は、今度は茂にうまく説き伏せられて信雄を始末する。
ところがこれもばれそうになると、茂は若子も切り捨てようとした。いくら共犯だったと若子が証言しようと、証拠は何も残されてはいない、むしろ若子は足手まといとの判断だったらしい。
だが、ここで、切り捨てられかけて逆上した若子の証言や、受取人が茂になっていた若子が死亡した時の遺産譲渡書類、周一郎が『偶然』に撮っていた写真など、怪しげなものが次々現れ、茂も事件に無関係ではないことが次第に明らかになっていった。
そして、周一郎は、今や稀に見る立派な少年、しかも悲劇的な少年として扱われつつあった。
美華殺害時の曖昧なアリバイは、姉のヒステリックな暴行を庇ったもの、その理不尽で辛い傷に耐えながら、肉親の骨肉相食む争いと茂の悪辣非道な罠の中で、若干十八歳の少年が、孤独な防御をしながら生き延びていた、そう報じられた。
人々は同情した。世論は周一郎の心身を案じた。
『朝倉大悟氏の遺言に従い、朝倉家の全ての財産と権利が彼に贈られるのは当然だが、それで少年の長年に渡る心の傷が癒されるものではない』
大抵の報道内容は、そう締めくくられているのが通説だった。
だが、本当か?
これが、本当に、今回の事件の全貌なんだろうか。
俺は妙に落ち着かない。
昔読んだ有名な小説で、世間でいろいろな事件が起こる、その全てを、芝居のように裏で操り組上げて演じる集団のことを扱ったものがあった。
あれとよく似た、奇妙なおさまりの良さを感じてるのは、俺だけなんだろうか。
事件は終わった。
周一郎は生きて行く場所を見つけ、悪人は全て処分され、善人は勝利した。
あくまでも、全てが滑らかに滞りなく静かな日常に戻りつつある。
どこに問題があるのか?
何もない。
何もない、はずだ。
けれど、俺は自分をよく知っている。
俺は『厄介事吸引器』だ。
自分ではそんなつもりなどないのに、いろいろな出来事が俺の周囲で起こり、その度に巻き込まれ引きずられ、とんでもない目に遭って来た。
巻き込まれる大抵の事件は逃げたくとも逃げられない。俺がどんなにもがこうとも、どんなに関わることを拒もうとも、巨大な竜巻のように、全てがおさまるべきところへおさまるまで、俺を渦の中心まで抱き込んで放してくれない。
言い換えれば、事件が終わってしまえば、俺がどんなに関わりたくとも、もう全く関われない。数センチ側を通ろうとも、落ちるはずだった鉄骨は風に煽られ隣のビルに突っ込み、噴き上がるはずだった下水管の水は真横にできたひび割れに吸い込まれたりする。
それが俺だ。
それが、俺の関わる事件、だ。
ならば、今、もし、朝倉家の事件が全て終わっているのなら、なぜ俺は次のバイト探しに奔走することもなく、明らかに不似合いなバラなんぞ持って、馘にされた元雇い主の見舞いに来てしまったのだろう。
その理由。
少しだけならわかる。
ミス・キャスト。
周一郎が繰り返した謎のことばだ。
それだけじゃない、周一郎はたびたび似たようなことばを呟いていた。
起こるはずではなかったとか、居るはずではなかったとか。
そして、それはどうやら、いつも俺に関わっていることのようだ。
そこで俺は思い出す。
ミス・キャスト。
誰が? 何に対して?
その謎だけが解けていない。
それを確かめに、俺は周一郎を見舞おうとしているのかも知れない。
「ああ……あの子ね。それならここですよ」
「ありがとうございます」
受付で部屋の配置図を示されて、俺はすぐに周一郎の個室を見つけた。
「……」
病室の前で立ち止まる。
どう切り出したらいいんだろう。
「ん?」
ふと、視線を感じて見下ろすと、いつの間にか、真横にルトがちょこんと座っていた。
「……おいおい」
病室に猫。見つかったら即、追い出されるだろうに。
「どうぞ」
唐突に室内から声がした。
「どうぞ、滝さん。きれいな薔薇ですね」
「っ」
ぎょっとして、俺は思わずドアを振り返った。




