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猫たちの時間 〜猫たちの時間1〜  作者: segakiyui
4.二重の罠

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32/43

10

 厚木警部は夜になって、お由宇の家に現れた。

「あれから、朝倉家へ言ったんだがね」

 背広のポケットを数カ所叩き、思い出したようにコートのポケットからハイライトを取り出してくわえる。

「やあね、まだそれなの」

 お由宇がくすくす笑った。

 煙草に火を点けて深々と吸い込み、ちょっと考え込んでから、厚木警部は、

「どうも意外な方向から動きそうでね」

 そう話し出した。

 厚木警部が朝倉家へ行った時、そこには桜井茂と若子、周一郎が居た。信雄の死亡を告げた時にもそれほど動揺がなく、別ルートで話が伝わっていたのだろうという感触だったらしい。

 厚木警部はまずスカーフの持ち主を確認したが、これは難なくわかった。それは確かに、数年前大悟が若子に贈ったものだった。

 スカーフが殺された信雄の側に落ちていた、そう聞かされた時、茂と若子は目に見えて動揺したらしい。それは、若子のアリバイを確認しようとした時、なおひどくなった。 

『その時間は、あの、ちょっと、出ておりました』

『ほう、どちらに。出かけられるときはこちらにご連絡頂けると思っていたのですが』

『あの、急にご連絡のあったお友達のところに』

『お一人でですか』

『お一人でした』

 いきなり茂がそう言い出して、その場の雰囲気が凍りついた。

『車でお出かけになったようです』

『あっ、あなた』

 若子が引きつった顔で口を開く。それを遮るように、

『どちらへ行かれたのかは知りませんが』

 茂が続けた。

『あれ、それじゃあ、ぼくの見間違いかな?』

 今にも若子が切れそうになったとき、周一郎が静かに呟いた。

『叔父さんも一緒だったと思ったんですが。あ、でも、すぐわかりますよ、写真を撮ってましたから、写ってるかも』

『写真?』

 茂と同時に尋ねた厚木警部に、周一郎はこともなげに頷いた。

『ええ、今日は庭の木立や何かがとてもきれいでしたから、パネルにしたくて何枚か撮っていたんです。何枚か目に車が写ったような気がしますから』

 淡々と言った周一郎は、無邪気な顔で茂を見つめた。茂もぎこちなく笑い返したが、その指の間で煙草が見事にひしゃげていた、と言う。

「写真、なんて、周一郎の趣味だったかな」

 俺の声の不審に気づいたのだろう、厚木警部が苦笑いした。

「そっちは高野や屋敷の人間が話している。そう頻回ではないそうだが、時折旧式のフィルムカメラを構えている、と。本当かどうかは何とも言えんよ。この後、全く撮らなくなっても嫌になったと言えば済む話だからね」

 まあそれよりも、こっちも全く見ていなかったわけではなかったからなあ。

 厚木警部は苦笑を広げる。

「一旦屋敷から引き上げると言ったり、外出は行き先を教えてもらえば自由にどうぞ、と言ったところで、マークを外してたわけでもないしな」

 ならば、俺が追い出されたのも、若子が誰と出かけたかも、お由宇の連絡や周一郎の写真を確認するまでもなく、把握済みか。

「じゃあ、もう一連の事件は終わりね」

 ずっと黙って聞いていたお由宇がぽつりと言った。

「どうして」

 俺の問いに肩を竦めてみせる。

「その写真に、車で外出する茂と若子が写っているのはほぼ確実だろうし、それなら、なぜ茂が同行していないと言ったか、問題になるでしょう?」

 何がわからないの、という顔だ。

「まあ、言わなくても、同行していたのが写真で確認されれば、信雄殺しの共犯として疑われるでしょうし」

「その写真が、別の日に撮られてた、ってことは」

 俺が尋ねると、厚木警部は軽く首を振った。

「そちらは屋敷に出入りしていた業者が証明している。周一郎がカメラを構えているのを見かけて、珍しいと思って見ていたそうだ」

 つまり、厚木警部にとっては、もう、若子が誰と出かけたが問題ではなく、その外出に対して屋敷の者がどう反応したかが、全てを語っているというわけだ。

「にしても、意外にあっさりと……いや、あっさりしすぎている、かな」

 気のせいか、厚木警部も、俺の感じている、この事態の奇妙なおさまりの良さに引っ掛かっているように見えた。少し考え込んだ顔になったが、こだわりを振り切るように、

「……まあ、あの若子夫人の動揺からすると、どうも、信雄が美華を殺害、それがばれそうになったんで、茂と若子が信雄を始末したってとこかな。で、何で、信雄をばらさなくてはならなかったかとなると、美華殺しにも茂達が噛んでた可能性が高い。で、美華殺しが二人の計画だとなると」

「大悟の方も怪しい、ということになるわね」

 お由宇がまとめて、俺の頭の中にはあの三連敗のオセロのゲームが蘇っていた。

 どこへ置いてもとられていく駒。

 気がついた時には全ての配置は終わっていて、最後の瞬間、どこにも救いがない結末に辿り着くまで止まらない動き。

 俺が周一郎の部屋で若子のスカーフを見たのは偶然だろうか。

 俺がルトを追いかけて公園に来たのは偶然だろうか。

 俺が来た公園で信雄と若子が会っていたのは偶然だろうか。

 他のことでは用心深く動いていた若子達が、なぜ急にばたばたと動いてしまったのかも、警察が監視の手を緩めたと思い込んだ偶然か。

 そして、俺が居る間は写真が趣味だなどと話しもしていない周一郎が、その日に限って庭の小道にカメラを向けていたのは、奇跡のような偶然、でしかないとでも言うのだろうか。

『相手の計画を読み取り、お膳立てに乗りながら、それを最大限に利用する。相手が自分の計画が十分にうまくいっていると思い込むまで、相手が望んだ通りに振る舞い続ける』

 周一郎の声が蘇る。

 だけど、手の内は明かさない、と周一郎は言っていた。相手が十分に自分の計画通りに進んでいると信じるように振舞うこと、それが勝つこつなのだ、と。

 あの話はオセロのことだったのか。

 それとも、周一郎が進めていた、もう一つの『ゲーム』の話だったのか。

「スカーフについていた髪の毛は、若子夫人のものと一致した。若子が信雄を殺したのは、まあ確実だね」

 厚木警部はまずそうに吸っていたハイライトをもみ消した。



 二日後、厚木警部は早くに連絡をよこした。

 若子夫人の逮捕状は早々に取れたが、茂の容疑を固めるために、周一郎の写真が確認されるまで待っていたのだ。

 だが、もう八分通り、茂も連行できるはずだと言う。茂が自分を切り捨てるつもりらしいと気づいた若子が、自分から進んで事件の経過を話し始めているのだ。

 それを聞いたお由宇が嫌なことを言った。

「もう、これで茂も終わりだろうけど、ここまで周一郎に良いようにあしらわれて、このままでいるかしら。荒っぽいことが好きな男のようだけど」

 屋敷の中でも、これまでとは打って変わって周一郎の受け入れが良くなっているようだし、茂は夜ごと日ごとに居場所がなくなっているとも聞く。

 それはいい、それはいいが。

 人間ってやつは、追い詰められると思いもかけない行動に出るもんじゃないか?

 そして、茂の場合は、その追い詰めてきた相手は、すぐ目の前で無防備に暮らしているのだ。

 いいのか?


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