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猫たちの時間 〜猫たちの時間1〜  作者: segakiyui
4.二重の罠

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30/43

8

 結局お由宇に昼飯夕飯、一夜の宿を世話になり、翌日俺は宮田を訪ねた。

「アルバイト?」

 宮田は嬉々として札を数えながら、俺を横目で眺めた。

「そりゃ、ないこともないよ、ツテはあるから」

「どんなのでもいいから紹介してくれ」

 宮田はじっと俺を見た。

「どんなのでもいいんだな」

「どんなのでもいい」

 俺は力強く頷いた。

 そうとも。

 今周一郎が陥っている危機に比べれば、バイトの一つや二つ、どうってことはないはずだ。

「一晩、二万からあるが」

「一晩?」

「相手もいろいろだ」

「相手?」

「場所もいろいろあるぞ。一般的にホテルに旅館、マンションにアパート、変わったところなら舞台の上とか」

「……ちょっと待て、何だそれは」

「アルバイトだ」

 宮田がきっぱりと言ってのけ、俺はぐったりした。

 だからこいつに話すのは嫌だったんだ。けれど、こういう奴に限って、いろいろ知ってたりつなぎがあったりするんだよな。

「……できれば違うのがいい」

「何でもするって言ったじゃないか」

 宮田が不満そうに指摘する。

「違うのがいい!」

「仕方ない、今夜ここで、というのはどうだ」

「は?」

「相手はぼくだ」

 ごんっっ!

 飛び退きかけて、椅子ごとひっくり返った。

「その気はない!」

「ぼくだってないよ」

 しれっとした顔で宮田が続けた。

「解剖室の片付けが残ってるんで、どうだろうかと言ったんだ。相方が体調を崩したんで、一人でやるにはちょっときつい」

「……わかった。でも、別のバイトも紹介してくれないか」

 椅子を起こしながら頼み込み、もう一度座り直す。

「それは、今夜、ね」

 俺は無言で立ち上がった。さっさと部屋を出て行く。

「あれ? おーい、時間とか聞かなくていのか」

 宮田が慌てたように声をかけてくるのに、

「違うバイトを探す。七万、確かに返したからな」

 言い捨てて急いでその場を離れた。

 解剖室の片付けは構わないが、宮田と組むのは違った意味で困ったことになりそうだ。はっきり言って『貞操の危機』だ。

「かと言って」

 勢いで歩いてきたものの、急に疲れて、俺は公園のベンチにへたり込んだ。 

「今のままじゃ、ほんとにあいつの何の力にもなれないしな……ひええっ」

 いきなり、足首を柔らかな毛糸の塊のようなものに撫でられて飛び上がった。

「何だ何だ! …あれ? おまえ」

「なあん」

 甘えた声を上げて、ルトがすり寄ってきていた。たった一日のことなのに、何だかずいぶん長い間会わなかったような気がする。相変わらず、つやつやとした青みがかった灰色の毛が日を弾いている。金色の眼の向こうに、周一郎の気配を探ったが、よくわからない。

 結局、ルトを通じてものが見えるだの何だのってのは、周一郎が俺にわかるようにあれこれ説明するのが鬱陶しかっただけなのかも知れない。 

「ご主人を放って来ていいのか?」

「にゃあ?」

 ルトはにやりと嗤うように口を開けた。白い牙が並んで光っている真ん中に、小さな赤い舌が蠢いている。悪戯っぽい目で俺を見つめ、顔のサイズから言うと少し大きすぎる耳を倒して、尻尾をゆらゆらくねらせた。

「まあいいか。俺のバイト探しに付き合え」

 抱き上げ、少し元気が出てきたところで、ベンチから立ち上がって公園を出ようとした。 

「ぎゃ」

 次の瞬間、電流が走ったような痛みに立ち止まった。目の奥に星が散る。サイレンのように激痛を叫び立てている部分に目をやる。  

「ルトぉ?」

 かっぷりと可愛らしく愛らしくしっかりと、ルトの牙が手首に食い込んでいた。

 ルト自身はかなり手加減して咬んだつもりだったらしく、俺の視線に気がつくと、すぐに口を開いた。

「にゃあ?」

「何だってんだ? 俺は周一郎じゃないぞ。お前が何を言いたいのかなんて、わからんよ」

 俺は咬まれたところをさすりながら文句を言った。滲んだ血に恨めしくルトを睨みつける。それからもう一度、公園を出て行こうとしたが。

「わっ!」

 そうなのだ、また、ルトが、今度は俺の指をかぷっと。

「ルト!」

「にゃ?」

 俺はルトを降ろした。

 こうなりゃ、意地でも公園を出てやる。

 走り出そうとしたその矢先、今度は脛に飛びつかれ、再び嫌というほど咬みつかれ爪をたてられる。 

「ぎゃわ!」

 半分宙に浮いた後、天地が一瞬にひっくり返り、地面に腰を打ちつけた。

「何だよ、何を…」   

 ルトは座り込んで投げ出した俺の足の上を行ったり来たりしている。

「ひょっとして、公園を出て行くなって言ってるとか?」

「にゃぅ」

 ルトは頷くように首を揺らせた。とことこと、俺を先導するように歩き出す。 

「そっちへ来いって?」

 俺は手をついたまま、ひょこひょこ揺れるルトの尻尾を追った。 

「あの…」

「へ?」

 声をかけられて振り返ると、後ろにいつのまにか厚木警部が立っている。

「何をなさっているんですかね?」


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