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猫たちの時間 〜猫たちの時間1〜  作者: segakiyui
3.血の臭い

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8

「だめか。惜しいな。何なら治療費と7万、ちゃらにしてもいいかと思ったんだが」 

 あれは結構な素材だぞ? 磨けばもっと光ると思うんだがなあ。

「はいはい」

 未練がましくぶつぶつ呟くのに、さっさと鞄を拾って押しつける。

「ありがとね、ごくろうさん、すごく役に立った感謝する陳謝するさっさと消えてくれ」 

「それが恩人に対する態度か? 礼儀か?」

「俺にとってはそうだ、貴重な友人だから厄介事には巻き込まない、思いやりという奴だな、そうだろ?」

「もう充分巻き込んでないか? え?」

「まだだ、まだ全然全く巻き込んでないぞ、信じろ」  

 早々に追い立てて屋敷の外まで連れ出した。

 万が一にも若子や桜井に会って、おかしなことを話されては困る。確かにいい奴だとは思う、思うがその基準が世間とずれているのだから油断はならない。

 宮田を送り出す途中で高野を見つけ、周一郎が俺の部屋に居ることをようやく伝えることができた。

「すぐに参ります」

 真っ青になった高野が急ぎ足に部屋に向かうのに背中を向けて、宮田を外へ送っていく。  

「請求書見て驚くなよ」

 門を出た宮田が唸る。

「わかった、今度こそ払う」

「どうだか」

 ふうと鼻から息を吐く。

「当てにしないで待つことにする。あ、どうしても駄目なら、あの子の生写真で手を打つ」

「それだけは絶対ない」

「そうかー惜しいなー」

 惜しい惜しいと繰り返しながら、宮田は遠ざかっていく。

「払ってやるさ、馘にさえならなきゃな」

 ぼやきながら部屋に戻ると、中から話し声が漏れてきていた。

「滝様は信用できる方だと存じますが」

 高野の声が控えめに響く。

「全て話されては如何でしょうか。力を貸して頂けるかもしれません」

 周一郎が何かを応えたが、内容までは聞こえない。

 そっとドアを開けると、

「話してどうなる?」

 初めて聞く、周一郎の滲んだ声だった。

「滝さんに何ができる? 今でさえ、もうずいぶん巻き込んでる……ぼくが間違ってたんだ…滝さんを雇うんじゃなかった」

「坊っちゃま」

「ぼくが間違った。最大のミスだ」

 いつか周一郎がつぶやいたミス・キャストということばが重なった。

 何が間違ったんだろう。何をミスしたというんだろう。

 自分が美華殺害に関わったことか。

 それとも怪我をして、俺の部屋に転がり込んだことか。

「茂の前に動く、そう思っていてくれ」

「承知いたしました」

 周一郎のことばに負けず劣らず苦しそうな高野の声が応じて、俺はそっとその場を離れた。一呼吸置いて、もう一度、ことさら足音をたてて部屋に入る。

 その俺の足下をルトがすいと擦り抜けて、俺より先に寝室に飛び込んだ。

「滝様」

 ベッドサイドについていた高野が、俺を見て頭を下げる。

「この度はありがとうございました」

 周一郎はすぐに壁を向いた。俺と顔を会わす気はないようだ。

「いいよ、俺は『遊び相手』なんだし、友達なら怪我をした仲間をほっといたりしないだろ」

 ふい、と高野が嬉しそうに笑った。

「岩淵に別のお部屋を用意させました。ご案内いたします。坊っちゃまには私が付き添いますので」

 もう一度深々と頭を下げた。 

「わかった」

 お役御免というわけか。結局俺のやっている事は、お節介以外の何ものでもないということなんだろう。

 あいかわらず無言の周一郎を置いて部屋を出ようとすると、ルトが俺を追ってきた。

「にゃあぅ」

「何だ? ついてくるのか? あててて」

 身をかがめた俺の腕に爪を立て、あっという間に肩に落ち着く。

「…そこは重いんだが」

「にゃあん?」

「……気にしてないってか」

「にゃ」

 すりすりすり、とルトは俺の頬に頭を擦り付けてきた。滑らかなビロードの感触、そのままゆったりと体の重みを預けてくる。

 柔らかな甘えた仕草。

 きっと周一郎なら一生見せないだろう、安心しきった優しい動き。

「もしお前の向こうにあいつが居るなら」

 部屋を出て、背後で閉ざされたドアに思わず低く呟いた。

「伝えてやってくれないか」

 血に塗れて気を失った白い顔や、タールのように濃い闇に呑まれて溶け入りそうだった小さな姿や、誰も必要としないと言い切った苦しそうな声が甦る。

「まだ人生これからだろ」

 楽しみも歓びも、普通得られる半分も、いや数十分の一も味わっていないに違いない、なのに、この世界にはたいしたものなんて何もないと決めてかかって諦めて嘲ったまま。

「まだ、これから、だろ」

 死にたいなんて思ってるはずがない。このままでいいなんて願ってるはずがない。

 でも、今までどんなにもがいても手に入らなかったから。手に入らないと思い知らされるばっかりだったから。

 消えてもたいしたことはないでしょう、僕一人の命なんて。

 静かに嗤う声が響いてくるような気がする。

「なあ、ルト」

 温かな体をそっと撫でると、ごろごろ喉を鳴らす音が感じ取れる、とくとく続く命の鼓動と一緒に。

「伝えてくれよ、あいつに。お前、そのままじゃ死んじまうぞって」

 口に出さなかったその後のことばは、胸の中で淡い波紋のように広がった。


 それが俺には辛いんだ、と。


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