第五話 勇者(見習い)ミーナの受難 -1-
私の名前は、ミーナ・セルジロ。つい最近まで普通の女の子だったはずだ。
15歳になると私たち人間はJOBを持つことができる。
私は花屋さんになりたかったから、植物関係のJOBとかにつけたらいいなと思っていた。
うちの父親は、木こりのJOB。母親は専業主婦という何か家事スキルの多いJOBについていた。
そんな2人の子供である私がまさか勇者(見習い)のJOBになるとは考えもしなかった。
鉄の玉のような水晶玉に勇者(見習い)のJOBしか表示されないのだ。
普通少なくても2,3つ表示されるらしい。
両親が驚いていたが、私の方がビックリだよ。
勇者は世界に1人しか生まれないと言われているから、私が勇者になるのは運命らしい。
その後は、田舎町からアークザリア王国の宮殿に行き、王様と会い、勇者(見習い)セットと言われる装備を頂いた。
いや、ただの鉄で出来た片手剣と木の盾、革防具一式なんだけど。
1週間ほど、剣術を宮殿にいる騎士から習い、そして放り出された。
後は実戦で経験積んでLVを上げ、勇者になって、またLV上げて魔王に挑まないといけないらしい。
私は、アークザリア王国北部の街チートスの冒険者ギルドで出来るだけ簡単な魔物退治クエを探すことにした。
・・・・どーしてこうなった。
冒険者ギルドで気さくに声をかけてくれた人とパーティ組んでベルベの森でウサギの魔物とか狩っていたのに。
テントの中で着替えていたら、今は私が彼らに狩られそうになっている。
「助けて~」
大声を出したけど、こんな森の中でしかも夜に人など他にいるわけない。
男達は、私の上着を引きちぎったり、蹴りを入れてきたりしていた。
いや、怖い。怖すぎる。
顔は殴られたりしていないけど、腕とか足に暴力を振るわれてまともに立つこともできない。
男達は、抵抗しなければ痛いことはしないって言ってるけど、嘘だ。
私はこのまま乱暴されて、そして殺されるに違いない。
恐怖が身体を縛り、何とか抵抗しながら声を出すのが精一杯だ。
しかも抵抗する力もそろそろなくなってきた。身体の震えを止めることができない。
「こんばんは」
その時、新しい男がテントに入ってきた。いや、男の子だ。
ダメだ。こんな所にきたら殺される。逃げて・・という言葉さえ発することができない。
男の子は、異常な状態を感じとったのかテントの外へ出た。
それを見た男達が各々武器を手に男の子を追った。
テントの外で何か声や音が聞こえる。私の身体は震えを止めることができないままでいた。
しばらくすると男の子がテントの中に入ってきた。血だらけだ。
男の子はそのままこちらに近づいてくる。
こ、怖い。もう頭がまともに働いていない。
「い、いや」
何とか声をだして抵抗したが、それだけだ。
男の子は何か私に言いながら、そしてキスしてきた。
え? 何これ、何でキスされてるの。唇から優しい気が流れ身体中に行き渡っているみたいだ。
不思議と先ほどまでの恐怖はなくなっていた。
身体の痛みも和らいでいる気がする。そして男の子のことが凄く気になる。
男の子は唇を離すと上着を私にかけてくれた。
私は男の子から目を離すことができない。男の子の顔を愛しく見つめていた。
男の子が私の腕や足に手をかざすと身体に出来てた痣が消え、痛みもなくなっていた。
治癒魔法かしら。
私は男の子にお礼を言い、そして自己紹介して、何となく鑑定スキルで目の前の男の子のステータスを覗いてみた。
名前はマオ・アーク・デモン。デモン? 種族はD魔族。
え、魔族。称号は・・魔王の息子。私の身体を恐怖が貫いた。
私は腰を抜かし、その場にへたり込み、右手を伸ばしてバイバイしてた。
後から思えば恥ずかしいポーズだ。
男の子は、私が勇者(見習い)であることも見抜いていた。
あぁ、私は魔王の息子に殺される。何という短い人生。その時は本気でそう思った。
私の目の前でかがんで、男の子は再び私にキスをした。
男の子からのキスは不思議だ。さっきもそうだが恐怖が一瞬で消え去る。
身体の震えもすぐ止まるのだ。そして男の子が愛しく思える。
男の子の手が私の頭を撫でたとき、思わず変な声を出してしまった。だって、気持ち良いんだもん。
私は男の子にその疑問をぶつけてみた。すると、魔淫といういかがわしいスキルの効果らしい。
何それ。ズルイ。思わず声に出していた。
マオくんは、私より年下で魔王の息子。勇者を倒すために冒険に出たらしい。
それって私じゃん。勇者って私じゃん。
でも、マオくん見てたら私を倒さないといけないと気付いてあたふたしてた。
可愛い~。今度はお返しにマオくんの頭を撫でてやった。
すると、マオくんとんでもないこと言う。私が可愛いって。なんか顔が熱くなってくるよ。
これって魔淫スキルのせいかな。ズルイな。
キャンプ地は安全な場所だったので、その日はお互いイモ虫の様に寝た。
朝起きるとマオくんが挨拶してきた。そして、また可愛いって言った。
その度に顔が熱くなるのを感じる。
何これ、魔淫スキル? 革装備に着替えながら、マオくんズルイって思う。
そして朝食後、マオくんは、また、とんでもないこと言った。
「じゃあ、親父(魔王)見てみるか?」
固まるしかありません。
マオくんと手を繋いで(何となく嬉しい自分がいる。)魔王城にきた。
ここはアークザリア迷宮の100階だと言われた。魔界と呼ばれてるらしい。
そうなの? 迷宮って99階までとしか教わってなかったんですけど。
でもマオくんが嘘を言っているようには見えない。
何か可愛い生物がこちらに飛んできている。マオくんの妹のササちゃんだ。
え~こんな生物いるの? お家に1匹欲しいんですけど。
小さな角と羽がとてもキュート。ん、マオくんも魔族なのに角とか羽がない。
なんでだろう。するとマオくんは、角と羽を身体に収納させてたらしい。
角はクルリとした小さめな感じ、羽は黒くまさに悪魔っぽい感じ。
でも、そんな姿も恰好良く見えた。私の視線はマオくんに釘付けです。
すると、マオくんの妹ササちゃんから私に声がかけられた。可愛い~。
あまりの可愛さに私は我を忘れて何かとんでもないことを口走っていた。
ササちゃんはお母さんを呼びに城の中に入っていた。
私たちも外で立っていても仕方がないので、城の中に入ることにした。
城に入ると白い弾丸がマオくんに襲い掛かっていた。
トラップ? と思っていたらマオくんのお母さんだった。
マオくんは平然と受け止めていたけど、私だったら吹き飛ばされて死んでる勢いだった。
そしてマオくんが父上という言葉を使った。
あれ、あれ、あれ~。親父とか言ってなかったっけ。
父上って家の中では、どんだけ猫被ってるのよ。
こいつは~と思いながら、生暖かい目でマオくんを見た。
魔王の間に魔王がいるらしい。まんまだ。私の隣には竜人族のマオくんのお母さんがいる。
「ねぇ、ミーナちゃんは、マオくんに誑かされて彼女になっちゃたの?」
お母さんもトンデモないこと平気で言ってきたよ。
「いえ、彼女ではないです。魔淫スキルでマオくんを愛しく感じてるだけです」
「今も愛しく感じるの?」
「えぇ、そうですね。手をつなぐと嬉しいと思いますし、マオくんの顔を見ると恥ずかしく思います」
「ふ~ん。魔淫スキルって効果少ないんだけどねぇ。Lv1なら3分間くらいしか魅了できないし、Lv10でも1時間くらいかな。あ、でもLV10なら毎日キスを1ヵ月続ければ、完全に魅了できるみたいだけど。そうか、今も愛しいですか。マオくんLV1だったと思うけどなぁ」
「はぅあ。そ、そ、そうなんですか。え、それって今のこの感情はスキルのせいではないってこと?」
「そうですね~」
お母さんのによによした視線に私の顔が一気に赤くなった。
え、私、もしかしてチョロインなの?
そうこうしているうちに凄い魔力を感じた。魔王の間だ。いや、この魔力半端ないよ。
可笑しすぎて笑顔になるよ。座っているのに10m以上あるっしょ。
こんなの人間で倒せるの? いや無理。魔物のウサギ倒すのも私一人では大変なのに。
え? 勇者って無謀なの、ドンキホーテなの。魔王が座りながら、何か言葉を発した。
それには力が込められていたようだ。声の塊が私にぶつかり、衝撃だけ残して身体をすり抜けた。
私の身体は、動かなくなった。目を閉じた状態で私は倒れたんだと思う。
意識はわずかにあるが、言葉も発せられない。
私は誰かに抱えられながら移動していた。
身体中に恐怖が駆け巡り、細胞が瀕死状態になっているみたいだ。
わずかながら保っている意識もいつまでもつのかわからない。今度こそ死ぬのかなと思った。
しばらくしてベッドの上に寝かされた感じがした。
15歳までになるまでは、ごく普通の女の子の生活をしていたのに、何でこんなことに。
絶望が身体を覆いすくそうとしていたとき、唇に何か感触が甦った。
すると身体中を支配していた恐怖が一瞬で消え、身体が暖かくなるのを感じた。
マオくんだな。また、魔淫のスキル使ってぇ。そう思いながらも悪い気はしなかった。
身体中の細胞が休養を欲しているようだったのか、私は眠りについた。
目が覚めたら夢オチだったらいいのにと思いながら。