第四十話 属国の逆襲
アークザリア領南西に位置するモッハトルテ国は、異人種国家である。
その領地はアークザリア領内でも一番小さく、人口も少ない。
アークザリア王国とヘルメド国の両国とは隣接しているものの、交流はほとんどなく、モッハトルテ国はアークザリア領の中でも独立国家的な位置づけであった。
異人種国家だけあって、人族を嫌っており、カーマ国とは対をなす国である。
特に狭い領地で資源が少なく、住人には苦しい生活が常に隣合わせの状態であった。
国の中では様々な魔法の実験が行われており、魔法で生活を豊かにしていこうと国王は考えていた。
ある時、召喚魔法なるものを発見した。
召喚されるものは食べ物であったり、生き物であったり様々なものであった。
召喚された生き物は、どこから呼ばれたのかわからないが召喚主の言う事に忠実であった。
そんな召喚を繰り返しているうちに召喚士の中にドラゴンを召喚できる者が生じた。
本来であれば非常に凶暴な生き物であるが、召喚ドラゴンは大人しい。
ただ食事を与えなければすぐに弱ってしまう。ドラゴンの食事の量は半端ではない。
ドラゴンは何か国の役に立つのだろうか。国王をはじめ臣下達は頭を働かして考えた。
召喚士の数も最初は少なかったが20人ぐらいになると食べ物もかなりの量召喚できていた。
恐らくこの召喚物は、異世界かもしくは現世界のどこからか召喚されているのだろう。
召喚された側はたまったもんではないが、国王達は気にはしていなかった。
「国王様、ドラゴンの数が10体になりました」
「ふむ、そうか。ではいよいよ戦争の開始とするか。獣人族の部隊の準備は整っているか」
「は、言われました通り、すでにアークザリア王国近くで準備してございます」
「よし、それでは人族が治めるアークザリア王国を攻めて、我がモッハトルテ王国へとしようではないか」
ドラゴンを召喚し、安定した食料も確保した時から考え始められたアークザリア王国への侵攻。
ついに国王の一声でドラゴン10体と獣人族部隊がアークザリア王国へ侵攻した。
アークザリア王国には預言者がいる。
預言者と言っても遠い未来が見えるわけでもなく、何が起こるのかハッキリとわかるものではない。
ある時突然に天啓を受けるのだ。
勇者が生まれたときは、パルオの町に光が差し込んだ映像が頭に浮かんだという。
そして今回は、赤いものに覆われる王国が頭に浮かんだのだ。
預言者は、これを王様にどう説明したらいいのか悩んだ。
ただ、赤い色に覆われた王国の感じがすごく悪いものだったため、これは良くないことの前触れだと感じていた。
早速、王様に謁見し、赤いものに覆われる王国について説明した。
「ご苦労であった預言者よ。下がってよいぞ」
一通り話を聞いたアークザリア国王は、何か天災のようなものを感じていた。
天災は人の力で防ぐことは出来ない。せめて、天災後の処理をいかにスムーズに行うかが大事だ。
国王は臣下達に命令し、天災の備えをしていた。
確かにドラゴンの襲撃は天災のようなものであったが、これは普通に国と国との戦争だった。
「ガン団長、獣人族が王国に攻め入ろうとしています」
ハママから報告を受けたガンは、斧の手入れを止めてニヤリと笑った。
「まだ、このアークザリアに攻めてくる馬鹿な奴らがいるとはな。少し遊んでやるか」
スッと立ち上がったガンは、ハママに他の騎士団にも声をかけて城門に集合するように指示した。
ガンが城門に着くと数人の騎士団員がいた。敵の姿はまだ見えない。
「いったい、どこの奴らが攻めてきているんだ」
「はっ、恐らくモッハトルテ国の獣人部隊だと思われます」
「モッハトルテ国だと。あんな少人数の国で、大人数のアークザリア王国を攻めれると思っているのか。死ぬ気なのか」
小国が大国に挑む。普通では考えられないことだ。
だからこそガンは今回の侵攻には何か背筋が寒くなるものを感じていた。
報告では獣人族は50人ほどだと聞いた。
無謀すぎる。ガン一人でも対応できそうな人数だ。
しばらくすると、こちらに向かってくる獣人部隊を見かけた。そんな獣人部隊の上空に赤い何かが見えた。
「何だあれは」
知らない間に隣に来ていたハママが答える。
「あれは、まさかドラゴン」
大きさは20m超の赤いドラゴンが1匹獣人部隊とともに向かってくる。
「ドラゴンの野郎は獣人部隊を攻撃していないな。ということは、ドラゴンは奴らの仲間か」
「まさか、ドラゴンを操れるなんて。ドラゴンテイマーでもいなければ無理なのでは。というかどこにドラゴンがいたんでしょう」
確かに地上にいるドラゴンは、ほとんど見かけられていない。
迷宮の奥深くにならドラゴンもいるだろうが、モッハトルテ国にでもいたのか。
1匹のドラゴンが先頭になって城門に近づいてきていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「みんな逃げろブレスが来るぞ」
ガンが声を出すのと同時にドラゴンの口からはブレスが放出される。ガンは自慢の盾でブレスを受ける。
ハママはちゃっかりガンの背中に隠れていた。
赤いドラゴンのブレスは灼熱の炎だ。逃げ遅れた騎士団員は、黒コゲになるか火傷の重症を負っていた。
盾で防御したガンとハママは無傷である。
すぐさま僧侶のランが治癒を行う。何人かが戦場に復帰できるようになった。
ガンとハママは飛び出していた。ドラゴンは城門前で空に浮かんでいる。そこへロメリアの雷撃が襲う。
驚いたドラゴンがバランスを崩し地面に着地した。
ドスンと凄い音を立てながら着地したドラゴンは目の前のガンに攻撃をしようとしていた。
「遅いですね」
ドラゴンの横からハママの高速剣が襲う。
ドラゴンの鱗は堅いので完全に切り裂くことは出来ないが、傷をつけることはできる。
連続攻撃をするハママにドラゴンも苦しそうだ。
ドラゴンと戦っている間に獣人部隊は城門から中に入ろうとしている。
今、獣人部隊を相手にしていてはドラゴンに殺されてしまう。
ガンは力を込めてドラゴンの首を斬り落とすことにした。さすがに1回では斧がクビに刺さる程度だ。
だが、ドラゴンは苦しんでいる。
尻尾を振り回しなりふり構わない攻撃を仕掛けてくる。
ハママはそれを上手くいなしながら、攻撃を当てていく。
隙を見てガンはドラゴンの首を狙って攻撃していた。
首の半分ぐらいまで斧が届けば後は力任せに一気にいける。
「さっさとくたばれやドラゴン~」
本気のガンの攻撃にドラゴンの太い首が斬り落とされた。赤いドラゴンはその場で崩れおちた。
「ふぅ、久々に手ごたえあったぜ。後は獣人族の部隊だな」
そう言って城門に向かうガンに対してハママが応えた。
「ガンさん、まだまだ城門には入れなさそうですよ」
ハママの方を振り返ったガンが見たのは、まさに赤いものが空を覆っている景色だった。
「嘘だろ。あれ、全部ドラゴンか……」
モッハトルテ国の用意した10体の赤いドラゴンのうち倒された1体を除いた9体のドラゴンが一斉にアークザリア王国を攻めようとしていた。
ガン達に倒されたドラゴンに気付いたのか9体のうち3体が地上に降りてきた。6体はそのままアークザリア王国へ侵攻していった。
「くそっ3体同時相手か。俺とハママの2人ではちとキツイかもな。しかもコイツら倒してもまだいやがるからな」
1体でもかなり手こずったドラゴンが3体もいる。
しかも今度のドラゴンは身体がさっきのドラゴンよりも大きめだ。更に苦戦するだろう。
とりあえず3体の様子を見ながら、1体ずつ攻めていく方法をとることにした。
ガンとハママはアイコンタクトでお互い理解した。
先ほどと同じようにハママが横からドラゴンを攻撃する。
ガンは正面で盾を使いながら隙をみつけてドラゴンの首に攻撃する。
今回は他に2体のドラゴンがそれぞれガンとハママを襲うから、それに対応しながら攻撃をしなければならなかった。
ドラゴンの攻撃はどれも強力だ。一撃でもまともにくらえばひとたまりもない。
それでもガンとハママは集中し続けた。
少しずつでもドラゴンにダメージを与え続け、倒していくしかない。
「ガン団長、これキツイっすね」
「馬鹿もん、今そんな事を言ってる場合か」
素早い動きのハママはドラゴンの攻撃を無理なく避けている。だが、それもいつまで続くかわからない。
今は動けるが疲れて動きが鈍くなったらおしまいだ。
正直2体目のドラゴンを倒すときぐらいまでしか持たないのではないかと考えていた。
しかし、もっと深刻なのはガンの方であった。ガンは盾でしか避けることができない。
盾で受けると言うことは攻撃の衝撃をゼロにすることは出来ていないため、疲労はガンの方が溜まっていくのが早い。
しかし、そんな様子は微塵も見せない。
ガンは攻撃どころを密かに狙っていた。2体目のドラゴンもさすがにダメージが大きくなってきている。
もう少しで倒せる。それは経験豊富なガンの確信であった。
勝負所で力を溜め、一気に放出する技を繰り出した。
斧全体が光ったかのようなその技は、見事にドラゴンの首を斬り落とした。
「これで2体。とりあえず、あと2体か」
ガン、ハママは良く戦っていた。しかしドラゴンにダメージを与えるには、それなりの力が必要だった。
普通の騎士団員の力では誰もドラゴンに傷などつけられない。
2人で2匹のドラゴンを屠ったのは凄いことなのだ。
「ガン団長、動けます?」
「ワハハ、まだまだ余裕だ」
そう言うガンの足は少し震えていた。もう踏ん張る力もあまり残されていないのだろう。
「じゃあ、あと2体サクっと狩りますか」
気を抜くと剣を手から落としそうになっているハママを見ながら、ガンはやってやろうと気合いを入れ直した。
しかし、気合いだけでドラゴンが何とかなるわけではない。
ハママが遂にドラゴンの尻尾攻撃をくらい吹き飛ばされた。
2体が同時にブレス攻撃をしかけてガンを狙う。
ガンは何とか、それはもう気持ちだけの問題であっただろうが、かろうじて立っていた。
何とか攻撃を盾で受け切った。
次に何か攻撃されれば、すぐにでも倒されてしまうだろう。
それでもガンは斧を片手にしっかり握っていた。
「ドワーフのガン・サザールをなめるなよ」
ガンの叫びにドラゴン達が一瞬動きを止めた。そこへ光が2つそれぞれドラゴンの体に走った。
ドラゴンは2体とも真っ二つにされて絶命した。
そして倒れたドラゴンの側には、マオとミーナが立っていた。
「ガン、待たせたな」
「ガンさん、無事ですか」
(一撃でドラゴン倒すかよ)
ガンはこの時コイツらと一緒なら負けないと強く思った。




