第二十六話 乱立するフラグ、最後に折るのは俺
パーティの陣形は、オルガ、ミーナが先頭を務め、次にラーシャさん、リン、カルさん、俺の順だ。
一番後ろって、どんだけ安全で暇な位置に配置するんだ。
これは、ミーナが決めた陣形だが、誰1人として反対者はいない。
「ふふ、マオさんのフラグ立てを阻止する完璧な陣形ですね」
カルさんが振り返りながら俺に話しかけてきた。
いや、フラグ立てるつもりはないですよ。でも異世界転生の主人公って…以下略。
迷宮へは走って向かうことになった。もう、うちのパーティの定番である。
ラーシャさんも馬車でなく、走りでいくことに驚いていた。
そして、自分の体力を心配していた。剣士とはいえ、国王の娘だ。
そんなに厳しく育てられたとは思えない。走り込みだってしていないだろう。
1時間も走ればバテてしまうと認識していた。しかし、うちにはカルさんがいる。
カルさんが後ろから回復魔法を投げてくる。
「こ、これは体力完全回復魔法。カルさんって一体…」
「カルさんはね、治癒Ⅳを使うことができる僧侶なんですよ」
ミーナが振り返りながら説明する。
「治癒Ⅳって、アークザリア領にも数人しかいないと言われている魔法じゃないですか。さすが勇者のパーティは凄い人が集まってますね」
ラーシャさんは体力回復で喜んでいるけど、これ働きっぱなしと同じだから、休みなしですから。
俺は、嫌な思い出が頭をよぎったが頭を振って忘れることにした。
そして時々魔物の群れが出てくる。
そのほとんどがオルガが瞬殺するので、ミーナやリンの見せ場が全くない。
それでもラーシャさんはオルガの見事な戦いに見惚れていた。
「あ、言い忘れてましたけどカルさんは、オルガさんの婚約者なんですよ。うちのパーティは恋人同士が多いパーティなんですよ」
さすがミーナだ。立ちそうなフラグは片っ端から折っている。
カルさんもラーシャさんに対してさっき治癒Ⅳでなく、Ⅲ使ってたよね。
それだと疲れは蓄積するんだけど。
うちの女性陣は、みなさん怖いです。
暗くなるまで走り続けて、ちょうどいい広場でキャンプすることになった。
料理はミーナがメインとなって作ってくれた。
「美味しいです。まさか、野営中にこれほどのものを食べることができるとは」
ミーナの料理の幅が広がり、作る料理は何でも旨い。
多分に料理スキルの影響があると思うが、美味しいから当然文句などない。
「ミーナの料理は世界一旨いからな」
世辞ではなく、事実だ。俺にとってはだけど。
ミーナは俺の言葉に喜んだのか、顔がだらしなくなってにやけていた。
その顔は、勇者の「ゆ」の字も感じられない。
「マオさんの褒め殺しきたー。もうミーナさんのHPはゼロになっちゃいますよ」
カルさん、めっちゃツッコミ入れてくるな。
俺は、恥ずかしそうにしているミーナに近づき肩を抱いて頭を軽くポンポンしてやる。
ミーナは、俺に身体を預けてきた。もう可愛い過ぎでしょ。
2人きりになって、もっとイチャイチャしたい。しかし、それは今出来ない。
この欲求不満は魔物にぶつけてやろうと俺は心に誓った。
夕飯を終え、今回テントは2つ用意していた。3人ずつでテントを使うのだ。
テント3つ使えば2人ずつで、広く使える。しかしと言うか、当然と言うかリンが猛反対した。
「御主人さまと私がひとつのテントなら大賛成ですけど、そうでなければ御主人さまとオルガさんの2人でしか認めません」
当然ミーナがそれを了承するわけもなく、オルガの消極的な反対もあり、3人ずつになったのだ。
まあ、俺との2人テントについてはオルガは反対していなかったが、それは俺が断った。
むさ苦しいオルガと一緒なのは勘弁してほしい。
ラーシャさんが見張りの順番について聞いてきたが、カルさんの結界魔法があるので必要がないことを説明した。
「治癒Ⅳだけでなく、そんな結界魔法まで使えるなんて、カルさんも超一流の冒険者なんですね」
ラーシャさんが羨望の眼差しをカルさんに向けていた。
勇者パーティの実力の凄さを感じ取っているのだろう。今日だけでも200匹以上の魔物を狩っている。
パーティ効果で経験値がみんなに入るから、ラーシャさんのレベルも上がってきている。
本人もそれを感じているのか、明日は魔物を狩ってみたいと言い出した。
ミーナは少し考えて、明日は、ミーナ、ラーシャさん、オルガ……の順で進むことにした。
ミーナがわざと取りこぼしてラーシャさんに魔物を狩ってもらうのだ。
近くにオルガがいれば、危ないこともないだろう。
その後いつものように3人テントの中で俺はミーナとリンの手を握りながら眠りについた。
次の日は、昨夜決めたとおりというか、ほぼ横並びでミーナとラーシャさんは先頭となって進んだ。
ミーナが獲物を感知して、前もって魔物の数をラーシャさんに伝えている。
団体で襲ってはくるものの、同時に襲ってくるわけではないでの、ミーナが1匹1匹処理して2匹以上で襲ってきたら、1匹をラーシャさんに任せるという戦い方をした。
ミーナの剣はハヤブサ剣で常人には剣の軌道を目で追うことは出来ない。
ラーシャさんは短剣を両手に構え、踊るように敵を斬りつけていく。
面白い動きをするのだが、まだまだレベルが低いせいか色々と改善点はありそうだ。
それよりもミーナの動きが素晴らしい。動きに無駄がなく、流れるように敵を倒していく。
オルガでさえもその動きに見惚れている。ラーシャさんなら、尚更のことだ。
「さすがミーナさん。勇者とはこれ程までの動きが出来るのですね。昨日のオルガさんも凄かったですが、ミーナさんは凄いだけでなく動きが美しいです」
何やら同じ剣士として、ミーナの流れるような動きに大きく感銘を受けたようだった。
ラーシャさんは、ミーナの動きに見惚れていて、自分に回された魔物がいることを一瞬忘れてしまった。
気が付けば魔物がラーシャさんの眼前に迫っていた。
魔物に気付いたラーシャさんは、思わず目を瞑ってしまった。そこに一迅の風が吹く。
ヒュンと音がした後は、静けさだけが残った。
ラーシャさんが恐る恐る目を開けると、真っ二つにされた魔物が転がっていた。
「ラーシャさん、大丈夫ですか?」
気付けばミーナがラーシャさんの目の前に立っていた。
ミーナは、ラーシャさんに魔物を回したが、ラーシャさんが魔物を見ていなかったので瞬時に移動して斬り倒したのだ。
「ミーナさんっ」
ラーシャさんが、ミーナに抱きつく。あれ? ラーシャさんの状態が異常ってなっている。
異常って何だろう。何かうるうるした目でミーナを見つめているけど……
ん、これはそっち系のフラグなのか。フラグ立ててもいいのか。
リンを見ると俺の方へ寄って来ていた。
「ミーナはラーシャさんと一緒になる。だから私は御主人さまと一緒になる」
また訳のわからないことを言って抱きついてくるよこの子は。
というか、このフラグは折らなくていいのか。
リンは俺にスリスリしてるし、コイツまた興奮してやがるな。
「ラ、ラーシャさん、私にはマオくんという彼氏がいるからダメですよ」
ミーナは、バッと両手でラーシャさんの肩を持って引き離した。そして、リンと俺の姿を見て「あーっ」と声を出した。
「リンちゃん、ちゃんと持ち場につかないなら今後一切リンちゃんの食事は作りませんよ」
今後一切食事なしと聞いてリンがピクリと反応した。
料理は一応できるリンであるが、ミーナとは格段の差がある。
リンは何事もなかったかのように、そそくさと持ち場に戻った。
リンもだいぶ餌付けされているようだ。
そしてミーナは、ラーシャさんに油断大敵ということを説いているようだった。
ラーシャさんは、素直に年下であるミーナの言葉を聞いて何度も頷いていた。
その後も俺たちは走りながら迷宮を目指した。途中魔物が出てくるが、ミーナが素早く捌く。
ラーシャさんのミーナに対するボディタッチが増えているような気がするのは気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。俺は、前を走るリンに近づいた。
「なあ、リン」
突然、俺に話しかけられリンの体がビクっとした。
「何でしょうか御主人さま」
「いや、ミーナは、勇者になってから強くなったよな」
俺がミーナのことを褒めるとリンは一瞬ムッとした。
「だけどリンも強くなってるんだよな。俺は、リンも活躍しているところを見たいな。ちょっと、ミーナと場所を交代してリンの恰好良いところを見せてくれないか」
「私の恰好良いところ……」
リンの長い耳がピクピクしている。
もしリンに尻尾があれば、凄く揺れていただろうな。
「わかりました御主人さま。私の力をお見せしましょう。ミーナごときに負けるはずはありませんから」
急加速したリンは、あっと言う間に先頭に追い付き、ミーナに説明して場所を交代した。
ミーナがオルガの後ろに降りてきた。
「マオくん、私下がって良かったのかな。ちょっとヤバイ気配だけど」
ミーナが振り返りながら俺に言ってきた。確かにこの先の魔物の気配が尋常ではない。
単体のヤバイ魔物か多数の魔物がいる気配だ。
しばらく進むと、多数の魔物が俺たちに向かってきていた。
「200匹ぐらいかな」
俺たちにすれば、まあ、経験済の数だがラーシャさんにとっては、絶望的な数だ。
ラーシャさんは、恐怖のあまり固まっていた。
「マオくん、まさか魔淫を使うためですか?」
え? 違うよ。俺はミーナをラーシャさんから守るためにリンを先頭にしたのだけど。
なぜかミーナは勘違いをしているようだ。
その頃リンは、多数の魔物を前に張り切っていた。
「まさに御主人さまに見てもらえるチャンス到来。私の力の見せ処です」
複数の魔法の矢を展開する。それぞれ矢には属性も付与されており、どうやら魔物の弱点に合わせて準備しているらしい。
50本以上の魔法の矢を一斉に魔物達に向ける。
恐ろしいほどの矢の雨を降らし、魔物を退治していく。
1回目の攻撃が終わると、もう2回目の攻撃は準備されている。
何種類もの属性矢を的確に魔物に当てて、魔物を瞬殺していた。
ラーシャさんは、目の前の出来事が信じられないようだった。
魔法の矢を1本顕在化するのに魔力が必要なのは分かる。それが50本以上でしかも複数種の属性矢。
的確に魔物に当てるそのコントロール。幼いながらリンの才能に驚愕していた。
「ミーナ、見ていてわかったと思うけど、リンは複数の敵と対するのに向いているよね。ミーナも対応できることはわかるけど、ちょっとラーシャさんと怪しい雰囲気だったので下がってもらったんだ」
前半は結果オーライだが、後半はミーナとラーシャさんの怪しい関係を断つためのものであることをハッキリ言った。
「あ、マオくん私のこと考えて下げてくれたんだね。確かにラーシャさんベタベタし始めて少し戦いづらかったの。マオくんってやっぱり優しいね」
ミーナがニッコリ笑う。その笑顔が可愛いすぎて思わず額にキスをしてしまった。
「あっ、ダメだよマオくん戦闘中なんだから」
「ダメだ、このバカップル」
後ろでカルさんの呟きが聞こえた。そうだ、戦闘中だった。あまりにもする事がなく一瞬忘れていた。
オルガは、ラーシャさんの近くにいて護衛していた。
まあ、護衛も必要ないくらいリンが張り切っていた。
確かにリンも凄いな、5回目ぐらいの攻撃で魔物達は全滅していた。
これは、後で褒めてあげないといけないな。
「リンちゃん、あなたって小さいのに凄く強いのね。さすが勇者のパーティの一員だけはあるわ」
目を丸くしながらもラーシャさんは、リンを褒める。
「当たり前です。私や御主人さまは勇者よりも強いのです。特に御主人さまは、私なんか足元にも及びません」
「え? 勇者よりも強い? 御主人さまってミーナさんの彼氏の方ですよね」
「ミーナの彼氏ではありません、私の御主人さまです」
何かリンとラーシャさんが話をしているみたいで、チラチラとラーシャさんが横目で俺を見ていた。
リンが無茶苦茶張り切ってくれたおかげで、怪しいフラグは取り除けたと判断できた。
その後、リンとラーシャさんを先頭に進んだが、それほど魔物は出て来なかった。
俺たちは少し開けたところでキャンプを張ることにした。
夕食時に隣に座っていたリンを褒めてやった。
と言っても頭を撫でただけだが、リンはうっとりとして嬉しそうだった。
反対側に座っているミーナは、ぷぅっと頬を膨らましていた。
拗ねてるミーナも当然可愛い。そして今日もテント2つで寝ることにした。




