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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した

追放ものが流行っていたので書いてみました

10/24 ハイファンタジー日刊3位になりました。全て皆様のおかげです。この場で感謝を申し上げますm(_ _)m

10/25 ハイファンタジー日刊1位になりました! 皆様に感謝を申し上げます!

記念に裏設定を一つ

 フォイル・オースティン

 由来はfoil、意味は「引き立て役」「薄片」・austinは「力のあるリーダー」

アイリス

由来は花のアイリス。花言葉は「希望」「良いメッセージ」「吉報」

「ユウ、今日限りでお前をこのパーティから追放する」


 この日、魔王軍の侵攻を退けたフォイル・オースティンは同じ仲間のユウ・プライオールを自らの部屋に呼び出した。

 そして上記の事を告げた。


「え…? フォ、フォイルくんどうして…? 」

「すまない、これは前々から決めていた事なんだ。

「でも、僕だってパーティのために色々としてきた。なのにそんな」

「笑わせるぜ、木偶の坊。剣の取り柄もない、力もないお前がこのパーティにいるのが烏滸がましい」

「本当ですわ。魔法も使えず、役にも立たない貴方が栄えある勇者の仲間なんて何かの間違いですわ。『称号』を持たない人間が身の程をわきまえなさい」

 同じ部屋にいた剣士と魔法使いが侮蔑を含んだ目でユウを見ている。

「仲間だった(よし)みだ。退職金は出してやる。だから、さっさと出て行くといい」

「まっ…てくれよ、フォイルくん。そんな一方的に…! 僕だって皆の役に立とうと一生懸命色んなことを」

「分かってくれ、ユウ。この世界ではな(・・・・・・・)称号が全てなんだ(・・・・・・・・・)

「っ! 」


 称号。

 女神より与えられしその人物の<力の根源(ギフト)>


 ユウの称号は空白だった。

 それはつまり何の役割も持っていないということになる。

 女神からも見捨てられた何者でもないもの。それが周りのユウの評価だった。

 

 その言葉に耐えきれなかったのか、金も受け取らずにユウはこの場から去っていった。それを見て笑う仲間達。

 そんな中フォイルはーー俺は去ったユウの背中をじっと見つめていた。


(悪いな、ユウ。だがこれもお前が本当の勇者として覚醒する為に必要な事なんだ)


 フォイル・オースティン。

 称号ーー『偽りの勇者』






 俺の名はフォイル・オースティン。

 ユウと俺は同じ町で生まれた。

 何処にでもある田舎で同世代だった俺たちは直ぐに仲良くなった。いつも一緒でいろんな遊びをしていた。


 ある日、神殿での神官からその者の才能を見抜く神託を行った。

 そして俺は神官から「勇者である」と言われ、周りはその事に喜んだ。


 だが俺には見えたのだ。その称号の裏に隠された意味を。

 『真の勇者』を生み出す為の『偽りの勇者』であると。

 そして、その後に何の称号もないユウを見て確信したのだ。俺は彼の踏み台と。


 酷い話だ。俺の人生は勇者の踏み台となる為だけにあるらしい。

 神の言うことは絶対だ。ならこれに逆らう事は出来ない。その日から俺は勇者としての修行の日々を送った。全てはユウの前に立つ踏み台となるべく。



「フィーくん! ユウを追い出したってどういうこと!? 」


 店を出て石橋の上で佇んでいると怒鳴り声が飛んできた。

 赤い髪に、使い込まれた杖を持った色んな美人を見てきた俺からも美しいといえるほど整った容姿。ユウと同じ村の幼馴染みで『魔法使い』の称号を持つメイだ。


「どういうこともなにも言葉通りだ。アイツはこのパーティに相応しくない。だから追い出した。それだけさ」

「なんで!? 意味わからない! ユウが私達の為にどれだけの事をしてくれたか忘れたの!? 」

「そんな事関係ない。それはユウでなくてもできる事だ」


 嘘だ。どれだけユウが自分達の事を思い、索敵や警戒といった行為をしてくれスムーズにことを運べたのかを知っている。ユウ以上の奴などいない。


「僕達は魔王を倒し、人々を救う使命がある。そんな中に彼の様なーー」


 そこで一度言葉を切る。

 これを言えばもう取り返しはつかない。


「役立たずは必要ない」


 言ってしまった。もう取り返しはつかない。


 パァンと高い音が鳴った。メイがフォイルの頬を叩いたのだ。その目には悲しいのか、悔しいのか涙を携えている。

 思わずその涙を拭いてやりたい衝動に駆られるが、自分が彼女を泣かせたのだ。その資格はないとギュッと拳を握り締める。


「貴方は変わったわ、フィーくん。昔の貴方はそんなんじゃなかった。誰も思いやる優しい人だった」

「いつまでも子どものままじゃいられないんだよ、メイ。それに僕は変わっていないさ」

「嘘つき」


 メイは軽蔑を含んだ声色で言った。


「私はユウを追うわ。あの人を一人にしておけないもの」

「そうか」

「パーティからも抜ける。元々他の二人とはソリが合わなかったもの。ユウがいなくなって、貴方までそんな風に変わってしまったのなら、私はあそこにはいれない。いたくない」

「そうか」


「さよなら、フォイル(・・・・)。私は貴方のこと大切な幼馴染みだと思ってたわ」

 決定的な別れの言葉。そのまま自分の横を通り過ぎようとした時にポツリと呟く。


「メイ、ユウを頼んだ」


 驚いた様に振り返ったらメイから逃げるように俺はその場から立ち去った。


(…あぁ、初恋は実らないのでっていうけどこれは辛いな)


 走りながら、叩かれた頬よりも心の方がズキズキと痛かった。




 ユウに続きメイまで辞めたことに剣士と魔法使いの反応は簡素なものだった。


「何も出来ない木偶の坊がこのパーティに相応しくないのは分かる。強さこそが正義だ。そんな弱い奴に着いて行くあの女も所詮その程度のアバズレだったということだ」

「元々平民風情が栄えある私達勇者パーティと肩を並べる事がおかしかったのですわ。特にあの貧民の女は、私と同じ魔法使いでしたから目障りでしたわ。あ、勿論フォイル様は別ですわ! 貴方は魔王を倒す人類の希望、勇者様なのですから! 」


 強さのみを全てとし、弱者を歯牙にも掛けない剣士。

 貴族として、新たなステータスを得る為だけにこのパーティに参加した魔法使い。


 彼ら二人は自分たちこそが魔王を打ち砕く勇者パーティであるという愉悦に浸り、民を見下している。そんな彼ら世界を救うと驕っていることに吐き気が出る。


「そうだな、人々の為に弱い者は必要ない。僕たちが世界を救わないと」


 本心を隠して俺は笑う。

 偽りの笑顔を貼り付けて。






 ユウとメイが抜けて数ヶ月が経った。


 この日、俺たち勇者パーティは魔獣に襲われていた一つの国を救った。

 だが救ったのは国という体制のみ。国民は何も救われていない。何故ならこの国は独裁であり民に重税を課す国として有名だった。魔王軍からの被害を受けた国は俺に救われた途端に、それまで以上の税を民にかせたのだ。



 剣士はその強さに笠を着て訪れた村から若い女を無理矢理夜伽に呼び込み、酒池肉林な毎日を過ごし。

 魔法使いは日々をその国の貴族とパーティで過ごすことで湯水のように大金を使い、更には裏組織に癒着して裏金を得ている。


 彼らが欲しているのは名誉、名声のみ。

 そんな姿に民衆の不満は確実に高まっている。それで良い。それでこそ、新しい勇者の誕生を民衆は歓迎する。


 だがその為に犠牲となる民のことを思うと心が痛くなる。だからこそ、被害のあった民の家に少なくない金を置いていく。偽善だとしてもそうせずにはいられなかった。


 頭に浮かぶのはユウとメイがどうしているのかだった。




 夜。

 勇者の招待パーティを体調が悪いという名目で途中で抜け出し、俺は一人森の中で鍛錬していた。

 深い森の中からは一際明るい王城が目に見える。民が明日をの暮らしも分からない中、あの中では途方も無いほど豪華な催しがされているのだろう。


「ふっ! 」


 聖剣を振るう。ここには自分以外誰もいない。だから見られる恐れはない。


「ああ、また重くなって来た」


 聖剣は本来勇者しか扱うことができない。それをフォイルが扱えるのはひとえに彼が『偽りの勇者』という称号だからだ。


 偽であろうと勇者と名がつく以上最低限聖剣を扱えなければならないのだろう。最初の頃はそれこそ聖剣の名に相応しい切れ味と威力を持っていたが最近は段々と(なまくら)のように斬れ味が悪くなってきた。


「自分にはその力は過ぎたものだってことか? ったく、酷い話だな」


 何とか手数と技術でカバーしてきたがそれもキツくなってきた。

 聖剣自体の光も段々と弱まってきている。それはつまり、本来の持ち主がそれに相応しい成長を遂げているということ。…ユウが強くなってきているということ。


 

 きっとその時は近い。



「いやぁあぁぁぁっ!! 」


 そんなことを考えている時、遠くから悲鳴が聞こえた。すぐさま鈍い身体に鞭を打ちその場に向かう。

 その先にいたのは鋭く大きな爪を持った狼のようなもの。


「魔獣!!? 」


 魔王の手先である魔獣。

 はぐれか、それとも倒し零した奴か。

 一人の少女が今にも魔獣に切り裂かれようとしているところだった。


「間に合えッ!! 」

<グォオォォッッ!! >


 少女に向かって振り下ろされた爪を聖剣で受け止める。

 聖剣の切れ味が鈍い。身体の動きが重い。だけどもここで引くわけにはいかない。

 見捨てるわけにはいかない…!


「ず、オォォオォォォォォッっ!! 」


 聖剣で魔獣の爪を押し返し、そのまま態勢を崩した魔獣の心臓を聖剣で無理矢理押し込み、力技で破壊する。


「はぁ…! はぁ…! 昔なら簡単に首を刎ねられたのにな…」


 うまくいかない身体に鞭を打ち悲鳴をあげた少女に振り返る。


 助けた少女はエルフだった。月光を反射しキラキラと光る銀髪に、作り物めいた美しさ、そして何より目立つ長い耳。彼女は助かったと思うとお礼を言い始めた。


「た、助けてくれてありがとうございます! あの、聖なる光を放つ剣はもしかして貴方は勇者様なのですか? 」

 彼女の視線は聖剣へと向けられている。聖剣を持つ存在といえば一つしかないだろう。だが、疲れから俺はつい言ってしまった。


「いいや、俺は只の踏み台さ。決して勇者になれない」

「え? 」


 ハッとする。しまった本音を漏らしてしまった。直ぐに誤魔化すように笑みを浮かべる。


「何でもないよ。そうさ、僕が勇者フォイルだ。無事で良かった。君の名は? 」

「えっと、私はアイリスと言うのです。この森の奥にある里に住んでいるエルフで、薬草を取っていたらつい迷ってしまって…そしてあの魔獣に…」

「そうか…ならすぐに里に戻った方が良い。さっきの魔獣も危険だが、この国はそれ以上に欲深い獣がいる。君みたいに可愛らしい女の子にこの場所は危険だ」

「か、かわっ…うぅぅ」


 アイリスは顔を真っ赤にして俯く。その様子が可愛らしくてつい俺は笑ってしまった。そうするとアイリスはむっと頰を膨らませてそっぽを向いてしまう。


 可愛らしく素直な子だ。


「里まで送って行こう。立てるかい? 」

「あ、はい。でも、エルフの里は人を入れてはいけないと長老が」

「なら里の前までにしよう。君を一人にしてまた何かあったら大変だからね」

「むぅ、子供扱いしないで欲しいのです! 」


 その後俺は、エルフの里の前まで見送り、その場を立ち去った。

 アイリスはそんなフォイルの背中をずっとじっと見つめていた。






 時が流れる。

 長いようで短い一年が過ぎた頃、俺達勇者パーティは壊滅していた。


 理由は過去ユウとメイがいた頃に八戦将の一人を倒した事で勇者に対し危機感を募らせた魔王が三人の八戦将を差し向けて来たのだ。もはや聖剣を振るう体力も落ちていた自分は敗北し、敗走。


 更にそこで勇者という名目で虐げてきた民達から復讐を受けたのだ。


 剣士は魔王の八戦将との戦いで片手を失い、本来の力を発揮できないまま数の暴力で拘束され、最期には彼自身よりも弱い人々に殺された。


 魔法使いは、貴族ということで一時期は保護されたが、尚も民を顧みない生活に民への蔑みを隠そうともせず、更には貧しい親子が馬車に轢かれた際に言った一言で民衆からの怒りを買い、反乱。断頭台に送られ、処された。


 まぁ、そんなものだろう。勇者パーティは人々の希望。

 民からの支持を失えば、瓦解する。そんな単純な事にあの二人は気付かなかったのだ。


 元々段々と聖剣の力を失いつつあった俺はただの魔獣ですら苦戦するようになり、国や民からの信頼が失われたつつあった。

 だがそれでも自分達の横暴が許されていたのはひとえに勇者パーティという肩書きがあったからだ。だがそれももはや過去のこと。


 それはーー教会の神託により『真の勇者』が現れたと伝わったからだ。





「はぁ…はぁ…、ははは。堕ちる所まで落ちたね、これは」


 もはや真っ黒に黒ずんだ聖剣を片手に、追っ手の兵士を誰一人殺さずに撃退した俺は膝をつきたい衝動駆られながらも必死に立つ。

 膝をつかない理由は遠くからこちらに向かう影が見えたからだ。

 最もフォイル自身が望んだ人物ーーユウが。


「…ユウ」

「…フォイルくん」


 一年ぶりの幼馴染みとの再会。後ろには一年前よりも綺麗になったメイと自分も知らない数人の男女がいた。恐らくユウの仲間だろう。

 本来なら会えたことを喜びたかった。だが互いに大きく状況が変わってしまった。そのせいか名前を呼んだだけで暫し、無言になってしまう。


「…驚いた、会わない間に随分と立派になったじゃないか。衣装も、筋肉のつき方も、雰囲気も見違えるように立派になった」

「そう、だね。あれから色々あったよ。フォイルくんからパーティを追い出された後、引きこもったりもした。だけどメイが檄を飛ばしてくれて、クリスティナが僕を勇者だって言ってくれて、仲間が僕を支えてくれた。僕一人だったらあの後村に帰っていたと思う」


 笑うユウには昔の面影はあるが、その目からは強い意志が見られた。


「フォイルくん、僕は勇者らしいんだ。僕は、人々を救わなければいけない。だから聖剣を渡してくれないか? そうすれば、君を倒さなきゃならない理由がなくなる」


 その事に俺は驚いた。ユウは返せ、ではなく渡してくれと、対話で解決しようとしているのだ。


「確かに君の仲間…剣士と魔法使いさんは残念だった。僕でもどうしようもなかった。でもフォイルくん。君の悪い噂はあまりないんだ。だからこそ、投降してくれ。僕からも神殿に懇願する。決して悪いようにはしない! だからっ、だから…! 」

「………はは、変わらないな君は」

「え? 」


 ポツリと呟いた言葉はユウには聞こえていないようだった。

 ユウは全く変わらないあの頃と同じ優しい男のままだ。

 だがそれじゃだめなのだ。

 ユウには、実力で聖剣を取り返してもらわなければならない。

 さぁ、最後の芝居だ。


「ははは! 断る。何故なら僕が勇者だ! 何故お前みたいな雑魚に聖剣を渡さなければならない。女神から選ばれたのは誰でもないこの俺さ! 」

「何を言っていますの! 真の勇者はユウさんです! 貴方みたいな偽物とは違います! 」

「へぇ、何故ユウが勇者だって言われているのか気になっていたのだけど…君か」


 睨みつけると神官の女の子はか細い悲鳴をあげる。そんな彼女の前に立つのはメイだった。


「クリスティナを傷つけようとするのは許さないわ、フォイル」

「メイちゃんか。一年前と比べてまた一段と綺麗になったな」

「お世辞は結構。それよりも早く聖剣をユウに渡しなさい。それはユウの物よ」

「断る。だがどうしても言うのなら、ーーユウ、一騎打ちだ。お前と僕との。どちらが勇者に相応しいかこれで決めようじゃないか」


 黒ずんだ聖剣を向け、一方的な宣言。受ける必要性など皆無。だが必ずユウは乗ると確信していた。


「わかった」

「ユウ! 」

「ユウさん! 」

「ユウくん! 」

「ゆうにぃ! 」

「旦那っ! 」


 ユウの仲間達が一斉に心配する声を上げる。

 思わず笑みを浮かべそうになる。

 良い仲間に恵まれたみたいじゃないか。俺と違って。少しばかり羨ましい。


 ユウは仲間たちに大丈夫と言った後、視線をこちらに向ける。準備は万端ということか。


 俺とユウは互いに距離を取り、構え、そして激突する。

 スピード、力、技術。ユウは依然と比べ物にならないほど成長していた。


「懐かしいなぁ! 昔もこうやって木の棒で撃ち合ったよな! 」

「そう…だね! 」

「覚えているか!? お前は何時も僕には勝てずに負けていたよな? その度に泣いてはメイに慰めてられていたな! 」

「そうだよ…! ぼくは一度たりともフォイルくんに勝てなかった…! 」

「だったら、大人しく敗北しろ! そして、勇者などという名を撤回しろ! 」

「いやだ!! 」


 ユウが俺の聖剣の一撃を弾き返す。

 自分でも分かるほどに今の聖剣を振るう自分はかつての精錬さがないほどに衰えている。しかしユウは追撃をしてこない。

 ここに来て俺を斬ることにまだ迷っているのだ。だがその甘さはこれから魔王と戦う勇者としては不合格だ。

 俺は発破をかける。


「所でユウ、お前が勇者だと分かったのはもしかしてあの神官のお陰か? 」

「なに? 」

「クリスティナとか言ったっけな。あの若さで神託を任せられるなんて大した者だ。つまりそれだけの発言力もあるということ。だからさぁ、僕が貰ってあげるよ! そうすれば僕の名声も取り戻すことが出来るしなぁッ! 」

「フォイルッ! お前…」

 ユウの目に明確な怒りが宿る。

 ユウは俺目掛けて剣を振るった。

 その速さは今までで一番であった。それでもユウ自身はそれを俺が受け止めると思っているのだろう。

 だからこそ俺は


「な、んで。フォイルくん…」

「かふっ」


 聖剣で受けること無く、その身に受けた。

 その事にユウは唖然とし、メイが悲鳴の如く声を上げる。


「フォイル! 」

「強くなったよな、ユウ。本当にさ」

「い、今すぐ傷を! 」

「やめろ! いいから聞け、ユウ。これはもう決まっていたことなんだ」

「決まっていた事…? 」

「そうだ。()の称号は『偽りの勇者』…そして、俺の役割は、『真の勇者』の誕生の踏み台になること」

「踏み…だい? 」

 呆然とするユウに説明する。

「全ては真の勇者が現れる為の布石。真の勇者は、自らに自覚がなく、自信がない。その為に勇者が過去を乗り越え、克服し、次なる進化(ステップ)に進む為の必要な措置。それが俺の役割だ」

「嘘だ…! そんな事フォイルくんがそんなことする必要なんて! 」

「言ったじゃないか、ユウ。この世界は(・・・・・)称号が全てだって(・・・・・・・・ )


 女神の言葉は絶対であり、不変の(ことわり)だ。

 だからこそ、俺は真の勇者の踏み台となる。

 それが俺の役割(さだめ)


「これからは君がみんなを導くんだ。だろ? 勇者様」

「無理だよっ…、僕は、君みたいにはなれない」

「なれるさ。覚えているか? 小さい頃、探検と称して村の子どもたちと森の奥に大人に内緒で行ったこと」

 ユウは涙目になりながらも頷く。

「あの時、森から魔獣が現れたよな。そして友の一人が切り裂かれた。…その時、俺は逃げたんだ。もう死んでるって思って。助かりたくて。大人を呼ぶという名義でその場から逃げ出したんだ。だけどユウ。お前は違った。お前は木の棒片手に立ち向かったんだ」


 結局、事態に気付いたメイが先に呼んで来てくれた兵士達によって魔獣は倒された。切り裂かれた子どもも助かった。


 思えばその時にもう本質は現れていたのかもしれない。


「ユウ、お前は立ち向かい、俺は逃げた。それだけだ」


 ユウの仲間達もフォイルの話す内容に聞き入っていた。誰もが二人を凝視し、沈黙する。


 そんな中で膝をつく音が聞こえる。メイだ。彼女は身体を震わせていた。


「あぁ、そんなっ。嘘よ、うそっ。こんなのって。ごめんなさい、フォイル…フィーくん。貴方は…っ、何も変わっていなかった…! 」


 メイが涙を流す。別れを告げたあの時と同じ。拭ってやりたいが距離が遠いし、そんな力もない。


「ユウ、これはお前のだ」


 ドンっと聖剣をユウの胸に押し付ける。ユウは俺と聖剣を何度も見比べた後、聖剣を握った。

 瞬間、今までに無いほど、聖剣が輝きだした。俺の時はそんなに輝かなかっただろ。…すこし妬ける


「へへっ、やっと肩の荷が下りた」


 ヨロヨロと力なく後ろに下がる。背後にはあるのは…崖。


「フォイルくん! 」

「フィーくん! 」

「来るな! 」


 自分の怒号に二人は動きを止める。


 それでいい。

 真の勇者の前に、偽の勇者は不要。

 役割を終えた脇役は速やかに舞台を去るのみ。


 最後の最後にユウには辛い真実を伝えちまったかな。でも、メイちゃんがいるなら大丈夫だろ。

 だからさ、二人ともそんな悲しい顔をしないでくれよ。

 ユウはまた泣き虫に戻っちまって...今のお前は勇者だぞ? ちゃんとしろよな。

 メイちゃんもいつもみたいに笑っていてくれよ。俺が惚れたときみたいにさ。





 あぁ、でも。

 それでも。

 できることなら。




「俺はユウ...メイちゃん…君達二人と並び立つ仲間になりたかったよ…」


 ユウとメイのこちらを呼ぶ声を遠くに聞こえながら、俺はそのまま意識を失い崖から落ちた。








 ー。


 ーー。


 ーーー。



「………絶対に死なせないのです」





 ☆





「おかしいなぁ」

「何がですか? 」

「俺って死んだはずだよね? 何で生きてるの? 」

「死んでませんよ、勝手に満足げな顔して気絶しただけです」

「本当に!? やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい…」


 顔を抑え悶えていると呆れたような溜息を吐いてくる。そのことにより一層悶える。


 その様子を一人の女の子が呆れた目で見ていた。

 

 崖から落ちた俺は助けられた。そして助けたのはなんとーーあの時助けたエルフのアイリスだ。

 ほんの僅かに伸びた髪以外あの頃と何も変わっていない。


 パサリとアイリスは町から買った新聞を開く。

「この記事には世間的には貴方は死んでいる事になっているのです。聖剣も本当の勇者の元に戻りましたし」

「そりゃあな。てか実際致命傷だったでしょ俺? なんで生きてるの? 」

「簡単です。わたしが治したのです」

「え、ちょっと待ってくれないか。治したってどういう風に? 」

「? こう。手のひらにぱわぁを貯めて、なおれー、なおれーって念じたら治ったのです」


 その答えに覚えがある俺は驚く。


「…君はもしかして癒しの『聖女』じゃないか!? 」


 勇者と並ぶもう一つの人類の切り札。あらゆるものを癒すことの出来る力を持つ女性。

 あの時のユウの仲間にそのような人物がいなかった気がする。


 俺の驚きとは対照的にアイリスの反応は淡々としていた。


「あぁ、そんなのがあるのですか。かもしれませんね。でもそんな事どうでも良いです」

「いや、どうでもよくないんだけど」

「どうでも良いのです。例え私が癒しの聖女であろうとなかろうと貴方を助けようと行動したのには変わりありませんから」

「それは、こっちとしては嬉しいんだけど…」


 その力は自分ではなく、勇者達に必要な力だ。俺は佇まいを直し、アイリスに向けて真剣な表情になる。

「アイリスちゃん。君の力は女神から与えられた『聖女』としての可能性が高い。その力は人々の為に使われるべきだ。だからあいつの…ユウとメイの力になってくれないか? 」

「いやなのです」

「はぇ? 」


 断固拒否をするアイリスに変な声を出してしまう。

 称号はこの世界に生きる人にとって自らの人生そのものだ。それを拒否するだなんて。


「な、なんで? 」

「何で『聖女』だとしたら人の為に魔王なんて恐ろしいものに立ち向かわなきゃいけないのですか。それに勇者はフォイル様を刺したのです! 絶対、ぜーったいに許さないのです! それにフォイル様に靡くあの女も気に入らないのです! なんですか、あのわがままボディは! わたしへの当てつけですか! 」


 プリプリと怒るアイリスは助けた時と変わらずに平坦な身体だ。

 俺はしばしポカンとし、彼女が怒っているのがユウが俺を傷つけたからだということに苦笑する。


「アイリスちゃん、君は優しいんだね」

「なっ! な、何ですか突然。褒めたって何もでないのです。…えへへ」

「だけどねアイリスちゃん。君が僕に好意を持って接してくれるのは僕が君を助けたからだろう。君が抱いた幻想はただの偽りだ。俺はただのペテン師で、詐欺師で、どうしようもない屑人間なんだよ。仲間の狼藉を咎めることもせず、偽善で自己満足した愚か者なんだ。そしてその力すら聖剣から借り受けた弱い人間なんだ。だからそんな奴に気を使う必要はないんだよ」


 そうだ、俺は人々を騙していた。

 その事実は変わらない。

 手を痛いほどに握り締める。


 あぁ、これはまた罵られるなと覚悟した時


「いいえ、そんなことないのです」


 そんな俺にアイリスは優しく微笑んだ。


「確かに貴方は人々にとっての『勇者』ではなかったかもしれません。世間では貴方のことを悪し様に罵っています。でもあの時、私の声を聞こえて助け出してくれたのは貴方です。他の誰でもない、貴方が私を助けてくれたんです」


 そっと柔らかい両手でアイリスがフォイルの手を優しく包み込む。そして、どこまでも純粋に微笑んだ。


「誰が何を言おうと、私にとっての(・・・・・・)勇者は貴方なのです。ありがとう、あの時私を助けてくれて」


 ーー。


「………そ、うか。ははは、僕が…()が勇者か。もう聖剣もなくなったのに、そう言われるなんてね。本当に皮肉というかなんというか…あぁ、でもそんな風にお礼を言われたのっていつ以来だっけな…ふ、ぅっ……! 」


 感極まって思わず顔を手で覆い泣いてしまった。今まで押さえつけていた感情が溢れ出し、何か言おうとしてもそれは言葉にならず嗚咽と吃逆(しゃっくり)のようになってしまう。


 アイリスは何も言わずに、そのままよしよしと頭を撫でてきた。



 勇者になりたかった。

 誰かを導けるような人になりたかった。

 だけど自分の役割は勇者の踏み台で、その為に道化を演じてきた。

 その為に人々から憎しみを買ってでた。

 人々から希望を奪ってきた。

 だけども、目の前の少女は自分に感謝をしてくれた。

 なら、自分がしてきたことは無駄ではなかった。例え千人に恨まれようと一人に感謝されただけでも無駄ではなかったのだ。



 暫くして治った自分は冷静になってくると女の子の胸で泣いていたということに恥を感じた。


「恥ずかしいところを見せちゃったね」

「全然構わないのです。寧ろどんどん見せてください。私は貴方よりも年上なのですからおとなのみりょく(・・・・・・・・)で受け止めてあげます」

「ははは、それは難しいかな。メイちゃんくらいに豊満な女性だったらこちらとしても嬉しいんだけど」

「む! 女性と二人きりの時に違う女の名前を出さないでください! 」

「いたいっ」


 ツンツンと傷口を突く。聖女としての力の覚醒はまだまだでアイリスの力では傷を塞ぐので精一杯だ。


「う〜ん、これからどうしようかな。世間的には俺はもう死んでいるって事になってるし」

「もし生きているのがバレたら袋叩きになるのです」

「そうなんだよね。なら人目につかないよう森で暮らすしかないかな」

「私としては一緒に森に暮らすには大歓迎ですが…貴方は本当は何をしたいのですか? 」

 じっと透き通るような目でアイリスが俺を見る。

「俺は…人助けをしたい。でも、俺はもう勇者ではないし…」

「確かに聖剣を失った貴方はもう勇者とは言えません。勇者には成れなくても救世主(ヒーロー)にはなれますよ」

救世主(ヒーロー)か…、うん。良いね」


 勇者ではなくとも、人々を救う者。

 悪くない。

 『偽りの勇者』称号は未だにあるけれど役目は終えたんだ。なら新しい生き方にそれはぴったりだ。


「よし! 善は急げだな。早速町に向かうとしよう」

「えっ! もう向かうのですか? 」

「勿論さ、こうしている間にも魔王軍に怯える人々がいるんだ。なら休んでいる暇はないさ」

「それはそうなのですが…。まだ貴方の傷は治っていません。それならその傷を癒すことのできる可愛い女の子が必要だと思うのですが、なにか言うことはないのですか? 」


 チラチラとこちら伺う姿は初めて会った時と何も変わらない。

 苦笑し、膝をつきながら手を差し伸べた。


「どうか、俺と一緒に世界を救う旅に付き合ってくれないか? 」

「ーーはい! 行きましょう、私の勇者様! 」


 アイリスは笑顔でその手を取った。












 その後、勇者は魔王討ち倒し世界中の国から賞賛された。

 一方で、勇者がいない町村でふらりと現れた二人組が魔王軍を撃退したと言う噂が囁かれるようになった。

 それは勇者の神話とは異なり歴史に乗ることはなくとも、民の間で民話として語り継がれるようになったと言う。

指摘された誤字脱字を修正しました。指摘してくれた皆様に感謝を申し上げます(10/24)

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― 新着の感想 ―
[良い点]  称号と言う運命に従い、腐ることも無く、個人でできる範囲で手を差し伸べながらも、使命を全うした気概は本物だったんだよなぁ。
[一言] 泣いたね こういう最初からバッドエンドが分かってるのに(表向きの)人生をかけて役を演じきれるのは凄いと思ったし真勇者くんも復讐じゃなくて使命感でやってるのも仮勇者くんが真勇者くんを本気にさせ…
[一言] 主人公めっちゃ追い込まれるの好きな俺からするとちょっと物足りない感じがした。 しかし、それを上回る面白さがあり何よりこの世界観が大好き
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