遠回りの帰り道
昔書いた詩を小説にしました。極短ですが、悲しいですが、楽しかったです。
空を見上げれば、大きな丸い満月が輝いていた。少し斜め前を歩くあなたの横顔がよく見える。その顔はどこか悲しそうで、それがなんだか嬉しかった。
2人で一緒にご飯を食べて家に帰るとき、あなたはいつも少しだけ遠回りをして送ってくれた。昔一度だけ私が言ったことを覚えているから。
「もう少し、一緒にいたい」
そんな私のわがままに、あなたは笑って応えてくれた。帰り道を一本ずらしただけの遠回り。こんな時でさえ、あなたは遠回りをしてくれる。
「あと一回だけでいいから、昔みたいに過ごしてほしい。あなたが私を好きだったころのように。そしたら、ちゃんと忘れるから」
別れ際、こじれる女に自分がなるなんて、思いもしなかった。あなたは困ったように表情を崩し、けれど最後は私のわがままに応じてくれた。
一緒にご飯を食べ、歩くときは手を繋いでくれた。会社であった嬉しかったこと、楽しかったことを話してくれた。私がこれ以上悲しくないように幸せな話だけを聞かせてくれた。いつもよりよくしゃべるあなたが、これが「最後」だと証明していた。
「ごめん」
あなたがそう言ったのは、昨日のこと。けれど何か言いたげな顔はずいぶん前からしていたように思う。だからこそ、私はあなたが何か言い出そうとするたびに言葉を遮り、好きだと伝えた。あなたの心が私にないことなんて、きっとあなたより先に気づいていたのに。それでも何も言わなかった。あなたにも何も言わせなかった。あなたがどんなに好きなのか、精一杯伝えていた。そんなことをすればやさしいあなたが傷つくとわかっていたのに。あなたは私から逃れられないと知っていたのに。それでも好きだったから。あと少しだけ無条件で隣にいられる、電話ができる「彼女」でいたかった。
大学時代に付き合って、社会人になって忙しくなって、そしたらあなたは他の女性を見ていた。その人は、あなたが言うには、「強くなりたい人」。人より多く頑張って、人より多く傷ついて。頑張って強くあろうとするから、目が離せないのだとあなたは言った。頑張って強くあろうとするから、手を貸したいのだとあなたは言った。
「その人は、俺のこと、きっとただの同僚としか思ってないよ。でも、それでも彼女の力になりたいんだ。……ちゃんと彼女を好きでいたいんだ」
その言葉は「別れてほしい」よりも残酷で、私の胸を斬りつけた。
「私だって頑張っているよ、私だって強くなりたいよ」
言いたい言葉を懸命に飲み込んだ。何が足りないのか、言ってくれれば、全力で頑張るのに。どうしたらまた好きになってもらえるのか、言ってくれれば、全力で強くなるのに。でも、そうしたところできっと彼女にはかなわないから。
いっそのこと、浮気をしてくれたら楽なのに。何度も何度もそう思った。けれど、それをしないあなただからこそ、私は好きになったのだ。それをしないあなただからこそ、ずっとずっと傍にいたかった。
「家に、着いたよ」
「…うん」
「最近は暑いけど、夜は寒いから風邪、引かないでね」
「うん、あなたもね」
「ああ。…それじゃあ、もう行くね」
「うん。……わがままに付き合ってくれてありがとう」
「うん」
「楽しかった」
「俺も、楽しかった」
「ありがとう」
「それじゃあ、さよなら」
「……さようなら」
手を振るあなたを私は最後まで見ていた。角を曲がり、背中が見えなくなるまでずっと。約束どおり、すべてが「いつもどおり」だった。手を繋ぐことも、遠回りも。でも、別れ際の言葉だけが違った。いつも「またね」で別れる最後が、今日は「さよなら」に変わっていた。もう会えない、はじめてやっと気が付いた。
涙が頬を流れた。いつかまた別の誰かと、遠回りの道を歩くのだろうか。その時に、今日の事を思い出すのだろうか。その時、笑って話せたら。そしたらきっと幸せだ。
読んでいただき、ありがとうございました!
もっと長くて、時間をかけた小説が書きたい。けれど、なかなか筆が進まず。でも普通にとても楽しかったです。でも、自分はこんな男は嫌ですが。