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タイム!

作者: 近視の原始人

F氏は焦りを募らせていた。

「君にはこの問題は簡単過ぎたか?この問題がこの短時間で解けるなんて、すごいじゃないか。」

いつもより寂しい教室とは対照的に、教師が明るく言った。

F氏には寿命が近づいているのだ。彼はかれこれ100年もの時間を、買っていた。

「はあ。それはどうも。」

「他人事みたいに言うじゃないか。もっと自信を持っていいんだぞ?皆も彼を見倣うように。」

他のクラスメイト達は、この言葉を聞く度に少し苛立った。

F氏はいち早くこの状況から逃れたかった。

「いえ、自分など大したことは・・・。」

実際は年下の者に年上の者に話すような言葉をつかうとき、彼は嬉しかった。自分の若さがより一層強調され、自分の特別なのを実によく感じられたから。しかし今はそんなことはどうでもいい。

「ハハハ、謙遜も上手いじゃないか。」

若い教師は機嫌がよく、顔面には満面の笑みを湛えている。最近子供が産まれたのだ。クラスメイト達はいかにも退屈そうな顔をしている。

「あの、先生。トイレに行ってもよろしいですか?」

「まだ授業が始まったばかりじゃないか。休み時間に行かなかったのか?」

「いえ、その・・・。」

F氏は言葉に詰まった。

「さっきトイレ行ってたじゃん。」

クラスメイトの1人が割って入った。教室にささやかな笑いが起こる。

「そうなのか?じゃあ駄目だ。授業はちゃんと受けなさい」

教師はそう言うと、教科書の例題を板書し始めた。生徒達がそれを写すと、解説をしていく。


F氏が創造した時間薬を飲むと、時間が手に入れられる。他人には認識できないが、確かに服用者のみ時間を手にすることができる。もっと言うと、時間を手に入るか、寿命を伸ばすかの二つの使い道がある。寿命が伸びるだけではなく、肉体も若々しくなる。肉体の若返りは薬の調合の課程で任意に決められる。しかし、この薬には短所がある。薬を飲むとき、余命が頭の上に表示されるのだ。長所のような気もするが、F氏は短所だとした。他人に見られるのは気が気でないため、必ず1人で服用していた。それがどういうことか、寿命はあと20分で、授業の残り時間はあと45分。

クラスメイトに指摘された通り、F氏はこの授業の前にトイレに行っていた。 個室でこっそり時間薬を飲むためだ。それなのになぜ彼がこんなにも焦っているのかといえば、簡単な話で、トイレの個室が全て埋まっていたのだ。最近流行っている風邪のせいである。風邪のせいで欠席の生徒もいたが、トイレの個室の扉は全て赤を表示していた。F氏は小便をするふりをしてトイレをあとにした。

遡って、登校前。彼は寝坊していた。時間薬を飲めばいいようなものだが、この薬は少々高価なのだ。高価と言っても時間薬そのものが販売されている訳はなく、その材料が高いのだ。急げば間に合うと考えたF氏は、時間薬を飲まなかった。実際、学校に間に合いはした。ところが、寿命が近づいていることに気がつき、現在に至る。

時間薬の秘密は誰にも知られる訳にはいかない。たとえこの身に代えてもだ。F氏にも理由は分からないが、ただそれだけは駄目だと考えていた。

結局、為す術もなく寿命3分前となった。F氏は恐怖していた。彼の正義感が揺らぐ。

『もう時間薬を飲んでやろうか。いや駄目だ。この薬が世に出回れば、世界の秩序が乱れる。他人の心配をしている暇があるのか?死んだとしても時間薬は世間にバレるんじゃやいか?いや、時間薬は睡眠薬の瓶の中だ。バレはしない。それに私ひとりの為に周囲を巻き込む訳にはいかない。だが、飲めば楽になれる。しかし、━━』

そんなことを、考えるともなく考えていた。何者かに首を絞められているかのような錯覚(彼には本当だった)に陥り、顔面蒼白となっている。

「大丈夫?」

どこからか声がする。神の救いなのか、私は逝ってしまったのか、それとも━━。

「大丈夫?薬、あげようか?」

声は繰り返す。F氏が声のする方を見ると、天使(と言うにはあまり端整な顔立ちはしていない)が、いた。女が心配そうに彼を見ている。

「ありがとう。」

女の厚意に添おうと感謝の言葉を口にし、F氏は薬を受け取ろうと手を伸ばした。薬まであと数センチといったところで、その手が止まる。

『この優しい少女は、私に下痢止めを渡そうとしてくれている。しかし、私は薬を飲んだ後、間もなく死亡するだろう。となれば、この少女はクラス全体からあらぬ疑いをかけられてしまうだろう。司法解剖でもすれば私の死因は分かるだろうが、それが終るまでの間、いやそのあとも、少女には悪い噂がついて回ることになるだろう。』

それは彼の望む未来ではない。

「・・・でも、大丈夫みたいだからやっぱりいいよ。」

F氏は手を引く。

「でも、━━」

女が続けようとしたとき、F氏は亡くなった。目の前で眼を閉じ、椅子から転げ落ち、床に伏したF氏を見ても、女は泣きはしなかった。暫く、教室全体が静寂に包まれていた。











「・・・何で受け取らなかったんだろ」

1人のクラスメイトが口を開いた。

「人生に疲れた、とか?」

別のクラスメイトが続く。たちまち、教室は話し声で満ちた。

F氏に薬を渡そうとした女が言った。

「━━時間薬を知らなかったんじゃない?」

星新一リスペクトのつもりです。

表記に誤りがあったりしたら、すみません。

後だしが多かったかな、と少し後悔しています。(書き直しはしない。)

ありきたりな話ですから、勘のいい方ならオチは予想できたかもしれませんね。


優しいお言葉はもちろん、厳しいご感想もお待ちしています。

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