第8話 身代わり
天を切り裂く音に、皆が目を覚ました。どっと外に駆け出す。昨日の深酒でまだ夢心地だったのであろう、阿弥陀寺から飛び出すと誰もが立ち止まって、まばゆい光に目を細めた。
真っ青な空に、政所の物見櫓が黒く輪郭線を刻んでいる。そこに清九郎と弓を持つ豊秋の二つの影があった。放った矢は鏑矢に他ならない。甲高いうなり音はまだ天に残っていた。
皆は察した。敵が来たと。柵に殺到し湖をのぞき込む。湖面を埋めんばかりの舟が目に飛び込んで来た。敵は戦評定のため一旦は菅浦を通り過ぎ、大浦へ向かうと聞いていた。それが素通りせず舳先を大浦に向けたまま足を止めている。雰囲気が明らかにおかしい。だがその理由はすぐに分かった。百姓となめていたんだろう。ところが菅浦は砦と化している。そして鏑矢は威嚇。効果てきめんだった。湖面船上の武者たちは間違いなくたじろいでいる。
物見櫓から清九郎の大音声が響く。
「皆の衆、阿弥陀寺に戻れ!」
言われるままに皆は阿弥陀寺に入った。右往左往と込み合う中、遅れて現れた清九郎が、一旦はたたずみ、やがて言った。
「われわれは降参する」
その言葉に本堂がざわつく。清九郎は構わず続けた。
「大浦を夜討した者を引渡し、助命を請う」
途端、水を打ったように静まり返った。
滝は思った。清九郎は自分の命をなげうつつもりだったはず、やはり棚田殿は清九郎を失いたくなかったんだ。予想通りではあった。あったが、まさかこんな方へ話がいってしまうとは。夜討の首謀者らの一人は滝のひとり息子だったのだ。わなわなと体が震えだした。
清九郎が言った。
「反論は?」
大浦の代官松平益親は、塩津の熊谷上野守、今西の熊谷、山本、浅見、日野牧、朽木、海津東西、八木浜の近江勢と、本所三河からの軍勢とで水陸双方から攻め込もうと計画しているという。心づもりはしていたはずだが、先ほど湖面を埋め尽くすその軍勢を目の当たりにしてしまうと圧倒され、気持ちも沈んでいた。
一方で敵将兵も気後れしているのが分かっていた。清九郎の言う通りこの機に講和をすれば命までも奪われはしまい。誰もがこころの隅で、助かるかもしれない、助かりたいという気持ちが芽生えはじめていた。それでもまだ、それを口に出して言う者はいなかった。
「正介、宿老の意見をまとめよ」
清九郎の指図で、宿老全てが席を立った。その中に息子もいた。若衆なのだ。滝は消えゆく息子の背中をずっと追っていた。
宿老は奥の座敷に引き篭り、それから半刻ほどで皆の前に姿を現した。
「降伏する」
正介が搾り出したかのように声を出す。
床を叩いて悔しがる者、天井を見上げている者、喜びを押さえているのだろう、考え事をしているかのように腕を組む者、様々であった。若衆の息子はというと、皺がねじれるほどグッと目をつぶっていた。悔しいのだろうか、それとも諦めがつかないのか。そのどちらも心の痛みとなって滝を苦しめた。
「おやじ、それでその手立てだが」
評定が紛糾したのだろう、憔悴しきった顔の正介が声だけを張り上げた。
惣のだれもがその答えを待つ中、清九郎が言葉を確かめるようにゆっくりと発した。
「わしが書状を書く。宛先は塩津の熊谷上野守。届けるのは阿弥陀寺住職正信入道殿にお願いしたい」
領主のころころ変わる菅浦が、最も古く領主にしていたのは比叡山である。そしてその最初の敵は地頭であった。比叡山は領家で、地頭は荘官である。各地でその地頭が領家を圧迫、その土地を領有化していった。菅浦でも鎌倉前期にそれが起こったという。だが奇跡的に地頭を排除出来た。その相手がまさに塩津の熊谷氏である。互いに争いと協調を二百数十年も続けてきた。降伏の仲介にこれ以上の人選はない。
正信入道は清九郎の書状を手に舟を出した。半日経過し、正信入道は帰ってきた。熊谷上野守もいっしょだった。その熊谷上野守と清九郎の評定が終わったのは、夜半。熊谷上野守は早々に帰って行った。
その間、息子の姿は見えなかった。後で人づてに聞いた話だが一晩中、同じく首謀者だった友三人と語り明かしていたという。その息子が夜明け、政所に呼ばれた。その席で、今日の正午、大浦に行くと清九郎に言い渡された。
刻限がやって来た。大浦夜討の首謀者ら四人を見送ろうと惣民が政所に集まっていた。入江までの沿道にも人が溢れている。果たして政所から清九郎が現れた。その姿は髪を剃った僧侶姿であった。そこに正信入道が続き、息子と友三人が連なった。
湖岸に向かおうとする清九郎らを政所の人垣から見守っていた滝はそれに続こうとしたが、我先にと皆が殺到するので思うように先に進めない。遅れまいと別の階段を走った。
人垣越しに見え隠れする息子。その姿が階段に導かれるまま近づいたり離れたりする。息子は終始、きりっと顔を締め、胸を張っていた。我が命で惣を救うのだという誇りで平常心を保っているのだろう。それがけなげで痛々しく、滝は狂おしい気持ちに駆り立てられた。階段を転んでもすぐに起き上がってその姿を必死に追う。
船溜まりで豊秋が待っていた。
正信入道、息子と友三人を引き連れ、清九郎が湖岸に立った。そして豊秋の前で歩を止めた。
湖岸に出た滝もそこへ走った。
清九郎と豊秋は互いに無言でじっと目を合わせている。息子と他の四人は静かに二人を見守っていた。
突然、清九郎が怒りを露わにした。
「こんなばかな話があるか! ねこの額ほどの土地に何千もの兵が動かされている。やつらにはそこにどれだけの価値があるというのだ!」
滝は二人の前に駆け込んだ。
清九郎の目は血走っている。
「息子の屍を乗り越えてでもおれは戻ってくる」
豊秋が静かにうなずいた。
「よく決断した。おまえはやさしい男だ。自分の命一つで方を付けたかっただろう。されど、おまえのような男でないと成し得ないことばかりある世の中だ」
清九郎は悲しい目をした。そして舟に乗り込む。
滝の前で立ち止まった息子が俯き、か細い声を震わせた。
「……ありがとう。……ごめんなさい」
別れを告げた息子に何と声を返せばいいのか。滝は身を切られる思いであった。幾つかの言葉が浮かび、舟に乗り込む息子の背に、慌てて言葉を選んだ。だがそのどれもが違っているような気がした。言い出せずにあたふたしていると足がガタガタ震え出した。必死にそれを押さえようとするが、そうすればするほど全身も震えだす。立っていられず、崩れた。それでも地に爪を立てて必死に身を起こす。それでやっと出た言葉は、息子の名だった。清九郎らと息子を乗せた舟がゆっくりと湖面を滑る。投げかけたその名は届いたのだろうか、届かなかったのだろうか。すでに巳の刻には、陸路は敵の歩兵に固められ、入り江は無数の舟で封鎖されていた。息子の背は向きを変えることなく敵の真っただ中に消えていってしまった。
夕方、潮が引くように軍勢が引き上げていった。だが誰も喜ばなかった。引き上げるさまを怒りに満ちた表情で凝視していた。
夜、清九郎と正信入道が船溜まりから上がって来た。この時刻だから息子の首が刎ねられるところを見届けて来たに相違ない。息子はその時どうだったのか。滝はすぐにでも聞きたかった。清九郎はというと何も言わず先ず、迎えた皆に対して深々と頭を下げた。滝はなぜと思った。息子のために家財全てを薪にしてしまったのを詫びたのだろうか。あるいは親である自分が息子を捨てておめおめ生きて帰って来たことに許しを請うたのか。でも、そうではないのよ、清九郎。大浦の夜討は皆で決めたことだし、菅浦を枕に討死することだってそう。夜討のあの時、清九郎は隠居していたのよ。だれがあなたを責められましょう。
そうは言っても、滝はみんなの手前、それを声にすることは出来なかった。皆にしてみれば、ただただ清九郎の元気な姿に安堵したのが実際ではなかろうか。ここへきて皆は初めて泣いた。
棚田豊秋はというとその身内らと遠目に離れて固まっていた。そこで皆の悲痛な涙を、心痛な面持ちで見守っていた。豊秋が来たのは清九郎を死なせないためだということは紛れもない。その豊秋と清九郎が目を合わせた。その視線に吸い込まれるように清九郎は歩を進める。誰もが固唾をのんだ。清九郎は自身の死を以て惣を救おうとしていた。それをやめさせたのが豊秋なのだ。一様に、どうか二人が袂を分けないようにと心から祈ったはずだ。その二人が顔を突き合わせる。豊秋の身内三十人は二人に遠慮し、その場からはけた。それから少しの間、二人は話をしていた。
程なく滝がそこに呼ばれた。いきたくはない。躊躇した。それでも清九郎は滝を呼んだ。滝はよろよろと二人の前に歩み出た。あなたが来なかったら。そう思うと豊秋の顔は見られなかった。
その豊秋と清九郎が二人でどういう話をしていたかはわからない。そしてそれに自分が何の関係があるのかもそうだ。清九郎が発した言葉はこうだった。
「娘を棚田家に嫁がせたい」
えっと滝は思った。清九郎の血を引く女は一族には居ない。
「これから生まれるであろう子を棚田家に差し上げる。どれぐらい先になるかもわからない。棚田との約束だ。俺が逝っても滝、おまえが証人だ。語り継いでくれ」
後に、その話をして惣の皆が胸をなでおろしたのを思えている。そしてそれから初めての一族の女が清であることは言うまでもない。
清九郎の話はそこで途絶えた。滝が言葉を詰まらせたのだ。目を潤ませている。その一方で、重景は思った。
三千か四千の大軍に囲まれたその中、湖水に小舟を一隻、悠々と走らせたというが、息子もそこにいたんだ。清九郎一人で小舟を走らせたんじゃぁない。騙された気分にもなって重景は、なんだかなぁと思いつつ話を急かしはしなかった。
どちらにせよ、人生の悲哀を感じる話で、身につまされる。といっても、話がそこで終わっていいわけない。それじゃぁ清九郎の人となりしか見えてこない。棚田のことは分からずじまい。結局、時間の無駄じゃぁないか。
滝がその機微を察したのか、話を再開させた。
「それからがな、清九郎は凄まじい。降伏し奪われた諸河日指の知行権を取り戻すべく起こった応仁の乱に乗じて交渉を始めたんじゃ。日野裏松家の家人に、大浦の代官と結んで戦う用意があるとほのめかせつつ諸河日指が原因で知行全てを棒に降るようなことが今後あるかもしれないと分からせた。その上で菅浦惣から奪った諸河日指の知行権を比叡山へ寄進させたんじゃ。一方でその比叡山とは有利に年貢を決め、政所を清九郎一族の世襲と承知させた」
だから、違うんだなぁ、ばばぁ。清九郎なんてどうでもいい。おれはそんな暇ではない。
「不服なんじゃな。顔に書いてある」
わかっているじゃないか、このばばぁ。いちいち癇に障る。
滲ませた目で滝が微笑んだ。
「豊秋殿を初めて見たのは四十五年前。ちょうどその時も大浦惣と諸河日指を争っていてな、そこを失ってしまった頃じゃ。大浦の持ち物と日野裏松家が裁定を下したんじゃな。当時は大浦、菅浦の両方共、領主が日野裏松家であった。大浦の連中、我らを小作にしようとしてたんじゃな。ま、どっちにしても日野裏松家の身は切られない。じゃが我らはそうはいかん。それをひっくり返えそうと清九郎が京に向かった。戻ってきたそん時じゃな、豊秋殿が一緒じゃった。あの時は、豊秋殿が来たから運が開けたと皆でそんな話をしたものじゃ。幕府が裁定に乗り出すし、大浦との戦も優勢になったしな。豊秋殿はというと昔からここに住んでいたかのように溶け込んでおった。それで皆、思ったものじゃ。棚田の惣も古き民でずっと戦っていたのであろうとな。豊秋殿はどこのだれだか言おうとしない。されど、われらにとってはそんなことはもうどうでもよかった。一年とちょっと、豊秋殿はここにいらっしてたかなぁ。幕府の裁定でわれらが勝った。日野裏松家は幕府の奉書に従って諸河日指を菅浦の百姓の知行と認めたんじゃ。その後、豊秋殿は出て行った。それから十四年後がさっきの話じゃ。その間はまったく会っていない」
気落ちした。どうやら棚田のことを知らないってことは本当のようだ。とすればしかたない。他を当たらなければなるまい。まぁ、あてはある。
「ばばぁ、起請文をだれが書かせたかって時、棚田を紹介したよな。ということはそれを聞いてすぐに棚田だと思ったんだよな」
それもそうだが、さっきの話からして重景は、棚田豊秋らしい振る舞いだと思えた。清九郎への手向けであったのだろう。容易に想像出来る。
滝が大きくうなずいた。重景はさらに問う。
「四十五年前、百姓の知行と決めた幕府の裁定、だれが仕切った?」
「京兆家じゃ」
もう、ばばぁは用無し、京に登って今度は政元を問いただす。
「わしはな、是非ともこの話を鈴木殿にしたかった」
そうだ、忘れてた。早くそれを言え。身につまされる清九郎の話で頭からすっ飛んでいた。
「わしには分かる。あなたは清九郎とおなじ種類のお人じゃ」
それが理由か? 本気で言っているのか? よくわからん。おれはどこをとっても清九郎とかけ離れている。馬鹿にしているのか。
「鈴木殿、もう止めなされ。棚田殿は探しても見つかりはせぬ」
「ああ? あてがあるんだよ」
滝の目が血走っている。
「なにをくすぶっているんじゃ! 鈴木殿とてどこぞの惣の地侍か国人であろう! 紀州は古くから寺社がある! われらと状況は変わらんじゃろう! そんなことは止めて一刻も早く惣のために働きなされ! 鈴木殿ならそれができるはずじゃ!」
ふざけやがって、ばばぁ! おれは師父に嫌われてるんだぞ!
「知った風なことをぬかしやがって! 棚田だ! おれはやつに後悔させてやるんだっ!」
「友情のつもりか? 道理にあわないことをしといて? まるで世をすねた落伍者じゃ! 皮肉屋で、軟弱で、筋を通すことが出来ん!」
くっそばばぁ! だが滝は言葉を止めなかった。
「本当の自分をどこに忘れてきた! 内気で、それでいて何事にも一生懸命で、弱いものをほってはおけない! 不正を憎み、自己犠牲をも厭わない優しくて強い男! おまえはそういった男のはずじゃ!」
!
「ははーん。そういうことか、ばばぁ、納得したぜ。おまえ、おれを初めて見たとき驚いただろ。あれはおれと死んだ息子が似ていて驚いたんだな。それで情に流されおれをひいきした。なにが筋だ。歳をとると悲惨だな。思い出と現実がごっちゃになってしまうんだ。いや、待てよ。このことを惣の者らが知ったらどうなる? ふふふ。はばぁ、心配するな。言いっこないよ。おれはこんなところで引っ掛かっている時間はないんだ」
「かわいそうに、おまえをそうしたのは鬼幽斎という男じゃな」
息をのんだ。
清九郎の死の直後、滝は清九郎の魂を見、そして語らった。不思議なことにそれ以来、千里眼が身に付いた。そんなことは知らないにしても重景とてひとかどの術者である。その雰囲気から滝の不思議な力が本物だと見抜けないはずはない。だが、そうだからこそ、重景はいつものようにごまかしきれないでいた。心は丸裸にされて、自己弁護もままならず、自己喪失の危機に陥って、例えるなら切り立った断崖に落とされそうな状況であり、重景はというと、自己の生命を守らなくてはならない場面に追い込まれていた。
助かる道。それはここまで追い詰めた相手、それを害する以外、もうなにも思いつかない。
「ばっばぁー! 殺すぞ!」
だが重景は、自ら発した言葉に反して、滝をおいて座敷から飛び出していた。やっぱり怖かったのだ。愛されようとしたあまり、その鬼幽斎を追い詰めていた、と今の自分なら想像出来る。子供であったから仕方がない、とは思わない。むしろ子供であったために鬼幽斎をおののかせたのだ。悪いのはおれだ。だが、どうしろというのか。
おれが居なければ、良かったんだろう。そう思うと何もかもどうでもよくなり、ついにはたがか外れた。鬼幽斎から学んだ術も機会を見つけては面白がって使うようになっていたし、自分自身が編み出した術はというと、馬鹿げているとほとんど封印状態である。するとそれなりに楽しかった。人の上下など気にしない。何事にもとらわれず自在の境地にいるような気がして気持ちが良かった。
それなのに、それなのにばっばぁー。なにが、何事にも一生懸命で、弱いものをほってはおけないだ! なにが、不正を憎み、自己犠牲をも厭わない優しくて強い男だ!
だが怒りとは裏腹に、きれいさっぱり忘れていた自分が今、胸の内に蘇ってこようとしていた。
いやだ! おれはそんなんじゃぁない!
無我夢中に走った。警備の惣民なんて関係ない。屋根伝いに疾風の如く跳ね降り、気付けば湖岸に出ていた。
船溜まりに飛び降りる。舟が揺れた。櫓を握る。
月光降り注ぐ湖面。
湖岸で騒ぐ惣民をしり目に重景は、舟を走らせていた。
その様子を政所の石段から滝は見ていた。重景の舟はしだいに小さくなって見えなくなり、湖面には月に光る漣だけが残っていた。
「九郎二郎」
九郎二郎とは滝の息子である。重景を初めて見たとき、はっとした。滝は重景の背後に自身の子、九郎二郎の影を見たのだ。
「清九郎殿、棚田俵太殿への嘘にあなたを使って悪いとは思う。でもそれしきのこと、九郎二郎のことに比べればよろしいでしょ。豊秋殿、あなたは鈴木殿を導かねばなりませぬ。九郎二郎が望んだように鈴木殿には清九郎のようなお人になってもらいます。あなたはそれだけのことをわたしにしました。いやとはいわせません。頼みましたぞ」
月に雲が覆いかぶさり、大地は暗闇に包まれる。
そこに一点、光が灯された。
人の高さ程に組まれた材木の井桁が赤々と炎を出す。
その光は瞬く間に広がって荒れた耕地を照らし出し、二つの人影を浮かび上がらせた。それから間もなく益々盛んになった炎はその火郡の向こう、小高い山とその上の武家屋敷を照らし出す。
大浦の政所である。
二つの影の一方、それは十二三の少年のような華奢な背中で、傍らのがっしりとした影は武芸者を思わせた。
「兄上、きっと仇はとります。安らかに眠って下さい」
二人の容姿はまさに益荒男と手弱女であった。その手弱女の方が緋色の唇を噛み締めた。名を望月葉という。益荒男の方は望月四郎といい、分厚い手を合わせていた。
二人は望月千早を火葬していた。
廻りに牢人足軽が暖をとりに来たのか、あるいはだだ単に物珍しいのか、愚図愚図と集まり出していた。四朗が拝む手を解く。
「姫、長居は禁物」
望月葉は千早の妹なのだ。魅入られたように炎を見つめている。四朗はもう一度、「姫っ」と催促した。赤く染まった薄絹の肌に一筋、涙が尾を引いた。
「わかっている。行くぞ」
望月葉は足早にその場をあとしにした。四郎もそれに続く。
二人の後ろで炎が音を立てて逆巻いていた。