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第6話 邪法『太白精典』

 門扉がだらしなく開き、その向こうに幾人もの牢人足軽らが徘徊しているのが見えた。大浦の政所であるが、武家屋敷らしい物々しさはすでに失われているように思える。そして実際に、誰にも怪しまれず、誰にも咎められず、自分の家のように鈴木重景は門を潜った。屋敷内は中門があり中門廊に沿わせて右手に侍所があり、左手奥には厩があった。


 それにしても、である。物凄い数の牢人足軽らであった。それが思い思いに鍋や陣笠で飯を炊き、酒を飲んでいる。喧嘩している者もいる。たぶん場所を争っているのだろう。大きな倉はというと開け放たれ、牢人足軽がそこを自由に行き来している。政所がこの体たらくなのだから、大浦のあちこちでこのようなことが起きているのは、想像に難くない。そしてその全てが幕府三管領の一角、細川京兆家政元の仕業なのだ。政元は日野裏松家が雇った牢人足軽の中に甲賀者を紛れ込ませ、それに金大判十枚をばらまかせた。まだ普及されていない金は巷では珍しく、宝石のごときものであった。


「よ、重景」


 男が立っていた。裸体に胴丸、そして盗んだのであろう赤い小袖を羽織っていた。

 なんだ、ほっとしたぜ。心配して損した。「望月殿、健在で何より」


「健在? いやいや。ここ数日は忙しかったぞ。京とこことの行き来でへとへとだ。見ろ。げっそりだろ?」


 望月千早は両手を広げてみせた。痩せたとか、そう言う問題ではない。甲賀衆をひきいる望月家の次期頭領のあられもない姿。なんとも言えない。答えに窮しているとそれを待っていられないのか、望月千早が後ろに向けて親指を立てた。刺された先に前栽の植え込みがある。


「ここは目立つからあっちにいこう」


 何の気なしを装って、二人は肩を並べて歩く。


「京に行っていたのは京兆家に采配を仰ぐためよ」

「采配? なんか変わったことがあったのか?」

「政経が大浦の不始末で将軍家に来月、守護職を解任されるという情報が入った」


 政経とは湖北の守護京極政経であり、将軍家とは現将軍、足利義材あしかがよしきであった。


「実はここだけじゃなく、四朗の方も動いていて上坂家信をそそのかしていた。大浦を横領してしまえってな。もちろん京兆家の指図だ」

「四朗も動いていたんか」


 四朗は望月千早の従兄弟でもちろん甲賀者だ。重景はこの四郎と、望月千早以上に親しくしている。


「だが、おれと四朗の仕事はここまで。京兆家がそう決めた」


 望月千早が植木のたもとに腰をかけた。「わざわざ菅浦くんだりまで来てなにもしないのもお前としては不服かもしれんが、まぁ、座れ」

「不服ではないが、望月殿と二人で菅浦と大浦の争いを大いに盛り上げろって、政元に言われてここに来たんだ。ということはおれもお払い箱って訳だな」 重景も座る。


「そういうことだ」


 内心、ほっとしていた。その一方で空恐ろしいとも思った。政元のやつ、今回は随分あっさり引き下がる。何か裏があるとしか思えん。


「ところで望月殿、政元は一体なにをしたかったんだ?」

「嫌がらせだろ」

「やっぱり日野富子にか」


 先々代の将軍の御台であり、先代の将軍の母であった。そして大浦の領主日野裏松家はこの日野富子の生家でもある。


 望月千早が言う。

「京兆家とはもともと犬猿の仲だし、今度の将軍、義材も京兆家が推す者を排して日野富子が決めた。義材の父御は応仁の乱で幕府軍大将の京兆家と戦った西幕府の支柱、足利義視あしかがよしみ。京兆家が嫌がるわけよ。その一方で義材の母御は日野富子の妹。京兆家をないがしろにするには持って来いの人事であった訳だ」


 天下の政務を統轄するのが幕府の管領職なのだが、先々代の将軍が親政を始めようと側近政治を行った。当然、権力を奪われた側は手をこまねいているはずもなく、管領職を世襲できる家はというと細川家であり、畠山家であり、斯波家なのだが、その細川家の宗家である京兆家が親政を行おうという将軍の側近に罪を着せ、京から追放し親政自体を潰してしまった。管領職の権限を守ったかのような京兆家ではあったが、やはり海千山千である。この機を逃さずしたたかにも自身の発給文書で天下に号令し、時の管領職が発する管領奉書を無実化させ、管領職自体の力を削いでいってしまう。


 一方で、親政を潰された将軍も諦めない。京兆家に追放された側近を、時期を見計って幕府に復帰させたり、大御所となった先代の将軍在位時には日野富子の兄を幕府中枢で政務に就かせたりもした。が、この将軍、いや、大御所といった方がいいのか、この男もそれでは終わらない。日野富子の兄が逝くと、こともあろうかその役目を日野富子その人本人にゆだねるといった始末だった。

 

 望月千早がさらに言う。

「大浦と菅浦を喧嘩させて、菅浦の肩を持つ上坂家信に大浦を横領させるってのが京兆家の頭にあった筋書きだったろうが、確かにそれは成功した。憎き日野富子は大きな痛手を被るだろうよ。今度の湖北の人事でもその結果はなんら変わることはない。新たに補任されるのは京極高清だ。もと西幕府よ。西幕府の面々、もちろん将軍足利義材を加えてだが、京兆家以上に日野富子を恨んでいる。日野富子にはそれがわからないんだなぁ。歯止めをかけていた義材の母御も逝ったし。普通に考えて菅浦どころか大浦は当分、いや、永遠に戻ってこない」


 西幕府とは疑似幕府である。天下を二分した応仁の乱の最中にできたものであるが、あるような無いようなものでもある。義材の父であり西幕府の支柱、足利義視は足利家の家督も相続していないし、当然将軍職にも就いていない。西幕府の連中に言わせるなら、京兆家の擁する軍が幕府正規軍であるならば、我らも正規軍だというだけなものなのだろう。


 そもそも応仁の乱とは、幾つもの有力守護らの家督争いと幕府内の権力闘争が結びついたために起こったといえる。かいつまんで言うと、幕府でしのぎを削っているのは京兆家と山名家であり、家督相続で争っている家の候補者の一方が京兆家を取れば、もう一方は山名宗全に頼る。そしてそれが一つの家で起こったわけでなく、幾つもの家で行われていた。


 さらに悪いことに、当事者になってはいけないはずの将軍家がそこに加わっていた。先ほど来の、先々代の将軍とか、大御所とかは八代将軍義政であり、それと日野富子との間にできた子、義尚よしひさが、八代将軍義政の弟でもあり西幕府の支柱でもあった足利義視と争った。結果、義尚は足利家の家督を相続し、九代将軍家となるのだが、酒色やら荒淫やらで父の義政より先に行ってしまう始末で、その後に将軍家を継いだのが追い落としたはずの足利義視の子、義材という訳だ。傲慢にも、そんな義材を将軍に就かせてやったと恩を売る体で日野富子は、己の政治闘争の道具に義材を利用し、権力維持を画策していたのだ。


 重景が言った。

「想像できるぜ。日野富子が将軍義材に菅浦をなんとかしなさいって恫喝しているの。将軍義材はなんとかしようにも幕府内に勢力を持っていないしな。内心、胸糞悪かったろうぜ。そこへきてこの大浦の騒ぎ。なんとかしましたって日野富子には言いつつ、自分の思う守護を据える。それは日野富子への仕返しともなるし、自分の勢力を広げることにもなる。義材は、してやったりと思っているぜ。そんで当の政元はというとほくそ笑んでいる。政元がその将軍にいい口実を与えてやったんだ。やつの嫌がらせはいつもながら絶妙だな」


 とは言うものの、と重景は思った。歯ぎしりする政元の顔が頭に浮かぶのだ。きっと政元は菅浦と大浦が本格的に争い合えば湖北はもっと盛り上るだろうと考えていたに違いない。それでおれに菅浦行きをお願いした。ところがそうなる前に目的が達成された。やつにとっては中途半端この上ない。思うに、湖北の新たな人事は余計だった。なにも義材を喜ばせる必要はなかったんじゃないのか。


 望月千早が言った。

「そうだといいんだがな。多分、今回はらしくもないが、畠山政長に一杯食わされたのだろうよ」


 畠山政長も幕府三管領の一人なのだ。この男のために手を引かざるを得ない状況に陥ってしまったということか。


「どういうことだ?」

「京極高清の人事は畠山政長の仕業らしい。やつは将軍家とグルになって、きっと連中、日野富子も京兆家も権力の座から引きずり降ろそうっていう算段なのだな」

「今回おれたちが政元のためと思ってやってきたことが全て畠山政長のためになったっていうことか」

「おれたちだけじゃなく、四朗もな。上坂家信は、京極高清の湖北復帰をずっと望んでいたし、それなりに運動もして来たろう。逆に言えばやつにとって京極高清は強い後ろ盾であるに違いなく、大浦を横領しても何の咎めもしないだろう。しかもそれが管領家畠山政長らの意思でもある。もう、そそのかすとかそそのかさないの問題じゃない」

「日野富子は経済基盤の一部を失い、政元は幕府で孤立されようとしているってわけか」

「そうだな。ま、いずれにせよ湖北は、入ってくる京極と去らねばならない京極の両京極家が戦うことになる。日野富子はいざ知らず、京兆家のつけ込む余地はまだ残されているってことだ」


「なんてこった!」 政元のやつ、らしくねぇ。


「そう悲観するな。まだ余地はあるといっただろ。それにおれや四朗は雇われている身だ。今回の骨折りも無駄だとは思っていない。十分報酬もいただいたしな。あ、そうか。重景はいつもただで使われているんだよな」

「お願いされれば仕方ない」


 この時、不自然にもこの二人の前に色白で華奢な男が立っていた。年の頃は二十。牢人には見えない。それが鋭い目付きで見下ろしていた。


「そういうことか。おまえらは生かしておけんな」


 望月千早が即座に飛び退いた。それにつられて重景も後ろに飛ぶ。

 男はというと腰に太刀と二尺の木製の棒を差していた。生かしておけないと言ったそばからなぜか太刀を抜かずに棒の方をゆっくり抜いている。


 !


 こ、こいつは棚田。菅浦で笛を吹いていた男だ。

 望月千早はというと、目の色を冷たくし、言った。


「つけられたのか、重景。ぬかったな。この男、相当の使い手だぞ」


 確かに不覚。この男、物腰からして尋常ではない。


 望月千早が怒号した。


「敵襲! 敵襲だ!」


 大浦の政所は、たちまち空気が変わった。牢人足軽らが一斉に武器を取り、身構え、一方で主殿からは四人の偉丈夫が躍り出た。鎧兜で身を飾り、打ち殺せと叫びながら大太刀をこれ見よがしに振る。どこぞの武家のなれの果てか、この者らは成り行きから祭り上げられたこの一揆の首謀者たちなのである。慌てず騒がず棚田は、懐から棒手裏剣を四本出すと軽く上に投げた。それが落下してきたところを二尺の棒で一つ、二つ、三つ、四つと撥ね飛ばす。いや、棒先の軌道は直線的ではない。腕の関節、手首の関節を柔らかく使っているのだろう、軌道は円を描いていて、例えるならそれは柄杓で水をすくうような動きであり、そこから放たれる棒手裏剣は弾かれた訳ではなく、一瞬二尺の棒に張り付いてから飛び出して行っているように見える。そしてその勢いは凄まじい。四十歩程先にもかかわらず手裏剣が偉丈夫の分厚い胸を、それも鎧が施されたはずであるそれぞれの体を貫通したようである。血しぶきが背中の方から上がっていた。


 戦慄がはしる。


 それは重景だけでない。ここにいるだれもがそれを見て、凍りついた。

 だが望月千早だけが冷静でいた。即座に黒い玉を棚田に投げる。それには火縄が付いていた。火薬玉である。

 一方で棚田はというとすでに行動を起こしていた。人間離れした速度で重景らとの間合いを半分まで詰め、まさに投げられた火薬玉と鉢合わせをしようとしていたその瞬間、先ほどと同じような動き、下から上へ円を描く動きで棒を使い、火薬玉を上空に撥ね上げてしまった。


 果たして、火薬玉は空高くに上っていき、爆発した。


 その轟音に牢人足軽皆、頭を抱えて丸く縮こまった。

 棚田はさらに向かってくる。初手を外されたとしても望月千早は動じない。間髪入れず二の手を打つ。今度は薬丸。それを三つ、投げつけた。


 予期してなかったのだろうか。勢いを殺すため、足底で地を削って急停止した棚田であったが不思議なことに、左手で鯉口を切りつつ太刀を鞘ごと半分、抜けない程度に帯から抜いた。


 何をしようとしているというのか。二尺の棒は右手に握られているままだから太刀が抜けるはずもなく、かといって左手で太刀を抜くには柄が遠すぎる。そもそも持ち前の速度を最大限生かし薬丸をかわすのが最も上策なはず。放たれたのが火薬玉ではないと見切ったのだろうが、そんなことは関係なく、それこそ薬丸に仕込まれた粉を吸い込めば、少なくとも体は自由を失うだろうし、最悪の場合死に至るかもしれない。


 驚くべきことに棚田はというと、右手の二尺の棒で太刀を抜いた。棒の先端で太刀の鍔を押したかと思うと太刀は鞘からするりと抜け、切っ先から四半円を描いて太刀が落ちたかと思うと太刀の鍔を吊金具にして棒の先に引っ掛ける、や否や、落下の勢いそのまま、棒に絡ませるようにして太刀を回転させた。きゅるきゅると鳴り、キィーンと高い音を発するに至り、太刀が輝く丸い盾となった。


 そこに薬丸が一つ、二つ、三つと当たり、弾け飛んで白煙を上げる。


 薬丸を使う前から風向きには注意を払っていた。風を背中に感じていた重景は傍らの望月千早と共に風上であった。棚田は当然、風下である。ところが弾けた白煙は棚田の前方、風上へと膨らんだ。太刀の回転で起きた風圧なのだろう、自然風に逆らって押し出された白煙だったが、一定の距離まで来ると自然風との正面衝突を避けて、逃げるように次から次へと棚田の後ろに流れていく。その向かう先で、戦いを見物していた牢人足軽らにしてみれば、とばっちり。たまったものではない。果たして、バタバタと倒れて痙攣しだす。それを目の当たりにした遠巻きで傍観を決め込んでいた牢人足軽らは、慌てた。依然として白煙が風に乗り、それは棚田の後方だけだったが、徐々に範囲を広げていっている。風上であったとしても牢人足軽らは混乱し、「毒薬だー」と声を上げて我先にと屋敷の門に殺到する。


「棚田はどうなった?」


 傍らの望月千早を見た。

「薬丸は裏目に出たようだ」 望月千早は緊張を解いていない。


 棚田がいた辺りの空気は、まだ不自然に乱れていた。何を仕掛けてくるか分かったものではないので、目を離せなかった。あるいは薬丸が功を奏しているのかもしれない。そんな淡い期待もあったが、舞う白い粉は掻き消え、棚田の姿が現れた。二尺の棒を右手に、太刀を左手に平然と立っている。


 望月千早が舌打ちをした。やはりかと思ったに違いない。そしてこのままこの変な男に付き合ってもいいはずはないと悟ったのであろう、目前に煙玉を投げる。


 瞬く間に立ち広がった煙幕が視界を遮った。傍らの望月千早も煙幕の中に姿を消す。

 責任を感じる。どうにか棚田の注意を引いて望月千早を逃さなければならない。重景は煙幕が晴れるのを待った。


 やがてそれは消えた。眼前に棚田の姿があった。太刀は地面に刺され、今度は何をやらかそうというのだろうか、瓢箪を腰から手に取っている。そしてそこから出した黒い粉をさらさと、手の平に落としていた。見たところそれはきっと砂鉄のはずだが、奇妙にも次第におぼろげな光を放ちだす。棚田はそれを空高く巻き上げた。光芒を放ちながら小雪舞うように、砂鉄であろう奇妙な粉がふわふわと落下して来る。


 突然、棚田が太刀を取り在らぬ方向に走った。そして逃げ惑う大勢の牢人足軽らの中から一人、その腹部に太刀を差し込んだ。それは望月千早。服装、髪型を変え、差し歯を入れていた。棚田は自身の気を接触させることによって望月千早を察知したのであろう。姿形を変えようとも人の持つ気は変えることができない。空中をさ迷う光芒は、つむじ風にまかれるように渦を巻いて棚田の手のひらに全て戻ってきた。


 この最中、重景はというと身動き出来ないでいた。棚田が砂鉄を手にした時、突然、吐き気が襲ってきたのだ。我慢できず小間物をぶち撒いていた。


 いつも夢で見るあの光芒。それと全く一緒。だが、なぜ?


 舞う光芒はすでに消えていた。それとともに激しい嘔吐は治まったものの、腹部上部の不快感はまだ残っている。

 その苦しむ重景を観察していたのだろうか、絶好の好機であるにもかかわらず棚田は手出しもせず、重景の前で突っ立って眉をひそめていた。なんていう顔をしてる。もしかしてあんたも不思議なのかい? おれも不思議さ。


「あんたの、それはなんていう術だ? おれはあんたと同じような術を見たことがある」


 今まで冷静沈着、冷酷無比に思えた棚田だったが、ここへきて様子がおかしいのは否めない。やはり戸惑っているようだ。その棚田が口を開いた。


「ばかな。それは何かの間違いだ。いや、直視せねばなるまい。邪法『太白精典』。されどそれは遠い昔に禁法となり封印されたはず」


 邪法? 禁法? 封印? そして師父。いったいどうゆうことだ。望月殿を殺したうえ、師父まで愚弄した。棚田ぁ、お前は絶対に許さん。気勢の声を上げ、丹田に力を入れる。剣指を造り、気合ともろ共それを棚田に向けて振り下した。


 空を走る三日月型の刃物。それは重景の内功によって造られた気のやいばであった。


「やいばの修験者か?」


 棚田の表情が変わった。何者にも動じないという風な、仮面のような面もちを棚田は取り戻すと太刀で二度、三度払う。すると門を目指す牢人足軽らの三人が悲鳴を上げて転がった。棚田越しに後ろの者は腕が切り飛び、右横のは首が飛び、左斜め前方のは足が胴に付いていない。放った気のやいば全てが弾かれていた。そして気のやいばはというと、気でないと弾くことは出来ない。


 棚田の太刀が光芒を発していた。


 やっぱりか! 棚田も内功を自在に扱える。その上悪いことにここでも吐き気が襲ってきた。またあの病気。口を押える。だが棚田の様子もおかしい。先ほどの反応と同じく、今度もなぜか戸惑っている。二度目である以上、予測の範囲ではあったし、それを見逃すほどの余裕もない。


 『不動金縛り』を! 「やるしかない」


 気合の声を上げた。重景を中心に体をすっぽり包むほど大きな気の球が出来上がった。また剣指を造り、それを棚田に向けた。するとその気の球が体を離れ棚田に向かってゆく。


 背中に脂汗が走っていた。つらい。だがこれを外されるわけにはいかない。


 気の球が棚田を包んだ。今だ!

「かぁーっ」 棚田を取り巻く気の球がその一点に向けて一挙に圧縮。


 !


 棚田の姿が消えた。

 集中した一点、その空中に棚田の太刀が浮いていた。まるで時間が止まったように太刀のみが空間に固定されている。


「ばば様、やいばの修験者、それに不可思議な術。さらには『太白精典』か」


 後ろからの声がした。

 振り返ると目と鼻の先に棚田がいた。その右手が掌を造った。

 胸に衝撃。もんどりうって倒れた。

 このままでは終われない。起き上がろうと必死にもがく。ふと眼前に棚田の足。きっと、とどめを刺すために近づいてきているんだろうな。


 なんてこった。こりゃ、あの時と一緒だ。あの時と………。


 『不動金縛り』で空中にあった太刀が、地に落ちて転がった。鈴木重景の意識が途切れてしまっていたのだ。


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