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第32話 神託

 城門が崩れ去り、あちこちの曲輪から歓声が上がる。それに混じり、法螺貝の音が山全体に響き渡った。


 総攻撃の合図である。


 歓声が気勢の声に変わった。ずっと嵐にさらされたうっぷんを晴らすかのように鳴りやまない雄たけびの一方で柏手が鳴っていた。妙塵居士の術である。士気の上がった味方の声にかき消されそうであったが、それは耳から脳に間違いなく届けられた。意識しようがしまいが関係ない。潜在意識に働きかける。


「四朗!」


 自陣を振り返った。物凄い数の将兵僧兵らがこちらに向けて駆け上がって来る。殺気をみなぎらせ、雄たけびを上げ、その踏みしだいて来る様は凄まじいものがあった。さっきまでの歓声はなんだったのか? 重景は舌打ちをした。おれがいようがいまいが、お構いなしか。押しつぶされないように飛んで、頭上に有った木の枝に掴まる。眼下を人の波が押し寄せ、破れた門へ向かって行く。


「重景! 鬼幽斎は元三大師堂だ!」


 政元の声である。早速、『神足通』を使ったのであろう。声の出所を探す。

 雪崩れ込む軍勢の中央で政元が神刀を掲げ走っている。こちらには見向きもしない。一心不乱に、破壊された門へ向かっている。


「重景! 遅れるなよ!」


 それは赤沢の声である。

 探す気すら起こらない。それよりも、


「四郎!」


 と呼ばわった。『穏行法』はもう今は使えない。


「ここだ」


 すでに上の枝に、四郎が立っていた。葉もいっしょだ。


「四郎! 聞いたか?」

「柏手か?」


 うなずいて見せた。妙塵居士の術にかかればいかに四朗が『穏行法』といえども、その身をさらしてしまう。


「そんなことより、重景、おまえは鬼幽斎だ。それに集中しろ。夜叉蔵はおれたちに」


 夜叉蔵とは松の偽名である。四郎はそう言うと木を伝って森から移れそうな城壁へと向かった。


「重景、鬼幽斎のやつは我らをたばかった。絶対に許すな」 そう言い残し、葉もそれに続いた。


「四郎、葉。すまぬ」


 眼下、門に流れ込む軍勢の波に途切れが見えてきた。もうほとんどが飯道寺に入っている。別の曲輪からの味方も城壁に取り付いている。突破するのは時間の問題だった。


 木から降り立つ。

 目指すは寺内中央、元三大師堂。待ってろよ、鬼幽斎!

 重景は城門を抜けて軍勢に加わった。政元を探す。そこに前方から物凄い圧力が加えられた。鬼幽斎の軍が押し出したのだ。圧倒されている。敵は太刀を強化していた。刀禁呪使いの安楽太夫の仕業であろう。味方が鎧ごと切り裂かれている。


「乱戦になったら死ぬと思え! 陣を崩すなぁーーー!」


 赤沢の声である。


「竹束で押し返せぇーーーー!」


 その言葉で味方前面が前に動いた。立すいの余地もないところに間隙があく。


「弓を引けぇーーーー!」


 赤沢の指揮棒が天を指す。


「放てぃ!」


 射手が赤沢の指す方向に矢を放った。

 数百の矢が上空に消え、次の瞬間、雨となって敵に降り注ぐ。


「いまだ。押せーーーーーっ!」


 味方全体がぐぐぐっと前に出る。

 瞠目した。赤沢は鷹が上空を滑空しているのを見て風を読んでいたのだろう。一方で「迂回する! 者ども続けぇぇぇい!」と政元の声。味方の押し出しに機と見たのであろう、精鋭二百ほど引き連れ、陣から政元が飛び出して行く。それを重景は追おうとする。が、その瞬間、また前方から圧力がかかった。ぎっしり詰まって身動きが出来ない。出遅れてしまった。そこに敵将の怒号が聞こえる。幸若舞の祥太夫、福太夫である。神護寺では木曽義仲と平景清をおのおのに乗り移らせ鬼気迫る舞を見せた。二人はもう木曽義仲と平景清になっていた。敵兵はそれに鼓舞され生死見境なく掛かって来る。勢いが一挙に敵に傾いた。


「下がるなっ! 竹束で押し返せーーーーーっ!」


 そこに赤沢の声である。

 じりじり押し返す。


「弓を引けぇぇぇ!」


 また天を指した。


「放てっ!」


 無数の矢が上空へ、それが落ちてきて矢の雨となる。


「押せーーーーーーーーっ!」


 今度は一挙に前に進んだ。

 今だ! 陣から飛び出す。政元を追った。




 四朗と葉は院の甍を走り、僧坊の屋根を跳ねた。

 幾つもの屋根を伝い、夜叉蔵を探す。

 それを目ざとくその二人を見つけたのだろう、前方の屋根に三人が飛び乗ってきた。


「なにをこそこそと」

「あやしいね。あんたら」

「火事場泥棒か?」


 四朗と葉は足を止める。

 三人とも水干を着た小男であった。皆、猿顔で、違うところといえば口髭、顎髭、髭なしの髭がどうなっているかだけであった。


「十二鴉ね」


 葉が怒っている。半分は御鴉城でのことに、半分はそのふざけた容姿に。


 口髭が言った。鷲太である。


「こいつら、鈴木といたやつだ」


 顎髭が言った。鷹次である。


「大鴉に首を差し出そうぜ。喜ばれる」


 髭なしが言った。鳶三である。


「へへ、そりゃいい」


 三人は四朗と葉がいる屋根に跳ね入った。そして二人の廻りをクルクル回る。速度を上げる。屋根の上にもかかわらず自在に体を使った。飛んだり跳ねたりトンボを切ったり。それに対し四朗と葉が幾つも手裏剣を放つ。三人はそれを全て難なく手で掴む。挙句、三人肩車となった。一番下が口髭で一番上が髭なしである。その三人が先程掴み取った手裏剣をこれ見よがしにパラパラと落とした。三つ並ぶ顔が得意満面に笑みを浮かべている。一方で、落ちた手裏剣の金属音がきまりなく鳴っていた。


「沢慶からおまえら、甲賀者と聞いたぜ」

「大したことないね」

「ああ、大したことない」


 そして一斉に笑う。


「あら、そうかしら」


 葉が一つ、二つ、三つと手裏剣を投げた。

 それが肩車三人の下から順に額を打ち抜いてゆく。


 避けられるはずであった。ところが三人は動けなかった。

 しびれ薬である。

 三人は風下にいた。四朗が風に流したのだ。


 鷲太、鷹次、鳶三は肩車を崩し、屋根に体を打ちつけた。弾んで、転んで、屋根からこぼれて、地面に落ち、そして伏した。


 葉が憮然としている。


「武としてはいかがなものか。でも、芸としてはいいんじゃない。オチもちゃんと付いてるし……」


 オチとは≪見ざる、聞かざる、言わざる≫の『三猿』を言った。

 四郎と葉はそこを後にした。




 重景は元三大師堂の前に出た。

 目に入るのは死体、死体、死体である。その数は百を超えていた。そして立ち尽くす無数の鞍馬と愛宕の僧兵ら。誰もが恐怖で身動きすらとれていない。その中にただ一人、武者姿の政元が立っていた。今までに見たことのない真顔であった。

 ちょっとした時間。出遅れたその間に鬼幽斎はこれだけの人を殺したのだ。まっとうに戦えばこうなるのは分かっていたし、それだけの力を持っているのも分かる。だけど、だけど、これはないだろう。ふと、政元の足元に目が行った。鬼幽斎から放たれた棒手裏剣が金神の神気を失い地面に数本転がっている。


 神刀ことひら!


 察した。神刀ことひらは気を吸収する太刀なのだ。それで政元はこれを欲したのか。これなら金神の神気は体内に届かない。どおりで興福寺の順覚が『太白精典』の今出川鬼善と五分に戦えた訳だ。そしてもう一つ気付いたことがある。死体の全てが鎧武者なのだ。皆一様に、胸に棒手裏剣が突き立っていた。一方で僧兵は皆、無傷。一人たりとも倒れていない。だが、なぜ? 


「やはり来たか! 重景! 思っていた通り、これでわしを愚弄した者全員ここに集まったわ!」


 その意気揚々たる声。山本鬼幽斎! 元三大師堂の屋根の上、そこに立っていた。ガキでもあるまいしいい歳こいて、しかも上機嫌であんた、いったいそんなところで何をしているんだ! 

  

「わしは神託通りになんかには、絶対にならんぞ! いいか、重景! お前らなんかに殺されるわしではないわ! 返り討ちにしてやる! どいつもこいつも、嬲って殺してやるから、覚悟しとけ!」


 お前らなんかに殺される? 神託ってなんだ? 『太白精典』は本来、占術の書。そうか! おれらが師父の命を断つと出たか! だけど、おれがそんなことするわけないだろ? 約束したじゃないか。あの約束は何だったんだ! 鬼幽斎!


 その重景の戸惑いを顔色で察したんだろう、鬼幽斎が大音声に笑った。痛快なのか、腹の底から笑っている。


 不愉快としか言いようがない。十五年も師父に悪いことをしたと思っていたんだ。それを、それを人の気持ちも分からないで、あんた一体何がそんなに可笑しいのか。運命を変えることも出来たかもしれないのにこんなこと、こんなこと、こんなことしといてどうして笑っていられるんだ!


「重景! 何を突っ立っている!」


 はっとした。政元の声。反射的にそこへ走った。横に着くなり政元が言う。


「御やめください師父、とか今更、取り乱すんじゃないだろうな」

「いいや、あの人はもう師父ではない。別人だ」


 政元が鼻で笑った。


「そうか、前からあの調子だったと思うが。ま、おまえがそう言うならおれはそれでいい」


 返す言葉が見当たらない。


「で、やつを倒しに来たんだろ? おまえ」


 そうだった。それで松を探さなければ。こいつにかまけているわけにはいかない。さっさと倒す。だが、「政元、なぜ死んでいるのがみな鎧武者なんだ?」


 それが気がかりであった。なにやら不吉な予感がする。


「知るか! 死ぬとなって坊主を殺すの、ためらったのだろ」


 政元はそれどころではないようだ。目線は鬼幽斎のままだ。


「重景! おまえもあれを出せ。あれでないと神気は防ぎきれんぞ」


 分かっている。『倶利伽羅剣』を発動した。


 元三大師堂の上から耳をつんざく笑い声。一度、『倶利伽羅剣』に負けたはずの鬼幽斎が動じてない。それどころかおごり高ぶっている。


「おれを隠居させて殺そうとしたのは重景! おまえの発案か? それとも半将軍の考えか? 残念だったな。わしの方が一枚上手だった」


 なんでそうなるのよぉぉぉって、あんた、おれの思いなんてちっとも伝わってなかったんだ! 隠居はおれのためでないし政元のためでもない。ましては他の誰のためでもない。あんたのためだろ! それを猜疑心か、慢心か、しらないが、よかろう!


 鬼幽斎を見据える。


 『倶利伽羅剣』を見てその余裕か。分かったよ。何を企もうがあんたの思い通りにはさせない。全力で叩き潰す!








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