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第28話 二匹の龍

「ならば、お願いが」


 気が引けるが、政元が飯道寺山で使った手を使おう。


「申してみよ」

「わたしがあなた様に勝ったらわたしの望みを聞いて頂けないでしょうか。わたしが負けたら細川政元を殺します」


 また後ろから「鈴木!」と葉の声。馬鹿な約束するな、さっさと殺して取って代わってしまえとでも言いたいのだろう。だが師父と、鬼幽斎と決闘だなんて出来るわけがない。戦うならあくまでも腕比べだ。このきまりならばそうなるはず。それに政元に累が及ぶとなればおれが割腹でもすればこと済む。後はこのきまりに乗ってくるかどうかだが……。


 鬼幽斎が笑った。


 鬼幽斎は絶対に負けないと思っている。当然だ。おれの体に金神の神気があると決めてかかっている。それに四朗の穏行法は使えないとなれば油断をしよう。そこがおれの付け込む隙。


「よかろう。されどその約束、信用出来んな。ゆえに負けたら後ろの二人を質とする。約束が守られたら返そう。いかに」


 乗っては来たが、まいった。いやらしい。これならきまりを作らずに戦った方がましだったかもしれない。性に合わないことをするんではなかった。


「重景、よもや取り下げるのではないだろうな?」


 表情から思いあぐねているのを読み取ったのだろう、鬼幽斎が喜んでいる。

 後ろから四朗の声。ぼそりと言った。


「言葉は尽くされた。後は剣で語る外あるまい」


 仕方がない。鬼幽斎を見据えた。


「分かり申した」


 鬼幽斎がニタリとする。そして阿と吽に目配せする。


「あれを用意せい」


 その思わせぶりな言い様に十二鴉がせせら笑う。その中で沢慶だけが険しい表情を見せていた。それでだいたいは想像出来る。

 ……あれをやるんだろ。神護寺でやったやつを。そしてその考えは間違いではなかった。


「ここは手狭だ。重景、付いて来い」


 先頭を鬼幽斎が行った。後ろに続く。周りは十二鴉に囲まれていた。逃がさないようにしているのだろう。どの目にも嘲りがあった。

 



 外の広場に着いた。鬼幽斎が子砂利を踏みしだいて、先に開始位置に立つ。いつでもいいぞと言わんばかりに腕を組んで目を閉じた。それを察してか、道中でいなくなった阿と吽を除いた十二鴉の囲みが解かれる。その連中らが目配せしてくる。三人とも行けと言うことなのだろう。鬼幽斎を見ると、心を静め集中しているかのようだが口角が薄く上がっている。余裕綽々、まとめてかかって来いっていうことか? 三人連れだって鬼幽斎の対面に入る。そこへ阿と吽が現れた。それぞれ大きな鉄の籠を肩に担いでいる。それを鬼幽斎の両脇に置き観戦位置に下がる。籠には無数の太刀が抜き身で刺さっていた。やっぱり、そういうことか。


「四朗、葉。後ろに下がれ。もっとずっとだ」


 鬼幽斎は神護寺で四十本の太刀を自在に操った。見たところ一つの鉄籠には四五十本。両方合わせて八十から百。少なく見積もっても神護寺の時の倍である。四朗と望月葉がずっと後ろに下がって行く。


 鬼幽斎の目が見開いた。


「おまえはわしに相性うんぬんと言ったな」

「はい」

「わしは寛大だ。その言葉を許してやろう」

「有難うございます」

「されど師としては見てみたいの。おまえの『やいばの修験者』。どの程度上達しておるのかを」


 鬼幽斎はおれたちをなぶる気だ。ゴクリと喉が鳴った。


「胸を借りる所存です」

「では軽い目のやつからやるか」


 鬼幽斎が巻いた布を両手に取った。それを重力に任して開く。パラパラと巻きがほどけて掛け軸のようにぶらさがる。そこには棒手裏剣が無数に固定されていた。


「おまえは神護寺では選者だったろう。これからなにが起きるか想像出来るな」


 鬼幽斎が白い歯をこぼす。


「はい」 それを全て飛ばすんだろ。身構えはしない。自然体で立つ。


 鬼幽斎の目が変わった。殺意を感じる。


「いくぞ」


 布に固定された無数の棒手裏剣が弾け飛んだ。それが旋回し鬼幽斎の廻りを回る。凄まじい音を立てている。


「重景!」


 後ろから悲鳴にも似た葉の声である。見るのが初めてでは、取り乱しもしよう。鬼幽斎を見据えたまま重景は後ろに向けて叫んだ。


「四朗。葉を頼む!」

「分かった!」

「そうだ、四郎。今、言っておく。鬼幽斎の触れたものに触るな。ましてや鬼幽斎に触れられるなぞ以ての外ぞ」

「もういい。前に集中しろ」


 言われなくてもそうしてるさ。後ろに話してはいても、正面の鬼幽斎への隙は一片なりとも造っていない。その動じていない様を、鬼幽斎はというと不思議がっている。怪訝な顔で見ていた。それで攻撃をためらっている。しばらくはそうしていたが意を決したのか鬼幽斎が言った。


「おまえ、神気を抜いたのか?」


 やはり気になっていたか。そのとおりだ。松と落合に抜いてもらった。そうでもしなければあなたとまともに話せないし、こうして戦うことも出来なかった。


「なんのことでしょう」


 鬼幽斎に本当のことを言うつもりは毛頭ない。言えば松や落合に累が及ぶ。一方、重景にとぼけられた鬼幽斎はおちょくられてると思ったのだろう、顔が赤く染まっていく。


「おまえ、生きて帰れると思うなよ」


 宙に旋回する無数の棒手裏剣が速度を上げた。


「あの約束で命のやりとりは出来ないはず。よもや破るつもりではないでしょうね」

「おれが負けたら隠居する? 負けるはずがない。問題はおまえの方じゃないか? あ、いや、おれの問題でもあるか。おまえを殺して半将軍もやらねばならん。一人殺せばいいところを二人になってしまった」


 鬼幽斎が一斉に棒手裏剣を向けてきた。物凄い速度である。一個一個に間違いなく殺傷力がある。それを気のやいばで迎撃した。


 激しい衝突が宙のあちこちで起こる。


 弾く、気のやいば。

 旋回し向かってくる棒手裏剣。


 半眼にまぶたを垂らす。棒手裏剣の攻撃が宙の一方に偏れば、開いた方の空間から鬼幽斎に向けて気のやいばを放つ。鬼幽斎にしてみれば届くことが絶対ないやいばだった。咄嗟にかわしはしたが、驚いて目を剥く。


 そもそも気のやいばは飛ばしっぱなしなのだ。しかも重景ほどの巧者であれば、出す数はほぼ無限。一方、数の限りがある『太白精典』は飛ばした棒手裏剣は基本、円運動をさせないといけない。行ったら戻すという作業のなかでどうしても攻撃に偏りが出るだろうし、宙に棒手裏剣が二百本だと仮定しても、行きと戻りで単純に考えても働いているのはその半数。さらに言えば、行きばっかり多くすればその時は攻勢を取れるだろうが、そのあとは戻りばかりになり、途端劣勢に陥ってしまう。


 といっても、『やいばの修験者』とていいことばかりではない。やいばの威力や数は精神力、体調、そして才能に左右される。その一つ、先天的な才能はおいといたとして精神力をいえば、心理的動揺を受ければ威力は落ちるし、燃費も悪くなる。つらい修行や修羅場をくぐって動じない精神力を得たとして、体調に関していえばさらに不安定になる。不運にも戦いの前日、風邪を誰からかもらってしまうかもしれないし、それこそ馬鹿な話かもしれないが、戦いの最中、糞をしたくなったとか、生きている限りそういうことはあるのである。


 だから、鬼幽斎は重景に金神を残しておいた。それが抜かれたとなれば否が応でも考えを変えねばなるまい。しかも、見たところ重景は気力も体力も充実した状態である。それに加え、恐れるべきは天賦の才である。鬼幽斎から見たら、いったい誰が化物なのかと思わざるを得ない。それでも敢えて重景の弱点を言うなら、甘ちゃんで、お人よしな性格と、馬鹿なおつむなのだろう。人によっては軽薄者で小狡いやつと思うかもしれないが、子供の頃を知る鬼幽斎はその本性をよく分かっていた。それが思いもよらないこの戦いぶりである。鬼幽斎の操る棒手裏剣の動きも十分把握出来てるし、隙をつくにも迷いがない。性格も矯正されたようだし、知力も十分備わっているといえよう。 


 そんな勘所を外さぬ重景の戦いぶりに、鬼幽斎は力押しでは無理だと判断した。すぐさま守り専用の円を描かない棒手裏剣が十本、宙に配置された。今や鬼幽斎の口角は下がっている。眉間は皺を縦に刻んでいた。


 それからは、しばらく一進一退の攻防が続いた。十二鴉も四朗も葉も固唾を呑む。鬼幽斎とて意地がある。頑として譲らない。だが、その鬼幽斎が先に疲弊した。『太白精典』の神気は減りも増えもしない。質も劣化しないのが強みであるが、なにぶん相手のやいばは無限である。ずっと続ければ棒手裏剣の操作しそこないも出て来よう、隙が多くなってきたのだ。そこを待っている重景は如才なく、果敢に、そしてしつこく攻めた。鬼幽斎が攻撃の棒手裏剣をさらに守りに回す。一本、二本と増やして行き、とうとう計二十になっていた。


「重景ーーーっ!」


 鬼幽斎が怒号した。もう重景に付き合っていられなくなった。すべての棒手裏剣を攻撃に向ける。


「遊びはもう終わりだ!」


 鬼幽斎が腰の太刀を抜いた。ひゅんと影になる。気が付けば目と鼻の先にいた。一方それとは別に、宙では依然として気のやいばと棒手裏剣のぶつかり合いが行われている。


「死ね!」


 鬼幽斎の怒号と共にその太刀が頭上へ一直線に下された。


 ……『倶利伽羅剣』 


 それを受け止める。

 だが、間近にある鬼幽斎の顔がニヤついた。


「気のやいばであろうとも、そこから金神をおまえの体内に入れることが出来る」


 この笑いは勝利を確信した笑いなのだろう。鬼幽斎がトンボを切って大きく間合いを取った。そこでこちらの様子をうかがっている。身を低くして、引き戸の隙間から覗き込むようなかっこをしていた。悲しくなってしまった。何人もの敵に金神の神気を注入しその苦しむ様をこのひとは、隣人の寝屋を覗くがごとくこうやって観察していたのだろうか。


「大鴉、もう止しましょう。隠居して下さい」


 鬼幽斎の表情が変化した。明らかに戸惑っている。鬼幽斎には信じられない思いだろうが現実、重景の体内には金神の神気はない。いや、今なお有るのかもしれない。独自の工夫で克服したとすれば、と鬼幽斎は考えたろう。だとすれば、それがどんなに難しいことか。苦しみぬき、苦しみぬき、苦しみぬき、どれだけの時間を費やし、自分は金神の神気を操るまでになったというのか。その自尊心を重景に完膚なきまでにぶち壊された。されには恐怖も覚えたろう。やつは化物か怪物か、あるいは神仏の化身か。


 鬼幽斎は甲高い奇妙な声を上げる。途端、宙を旋回する棒手裏剣がボタボタと地に落ちた。金神の神気を自身に戻したのだ。鬼幽斎の前で神気が渦を巻いている。それが全てその体に吸い込まれていった。


 鬼幽斎がそこからさらにトンボを切って下がっていく。最後に着地したところが二つの鉄籠の真ん中。鬼幽斎の手が左右それぞれの鉄籠を掴む。次の瞬間、百本の太刀が中空へ飛んだ。それが旋回、二か所に集まった。その様子はまるで二つの魚群。無数の太刀が宙で右と左で揺らめいている。やがてそれがそれぞれ何かを象ってゆく。細く長く固まって中空で上下にうねる。


 二匹。何か生き物を模しているのだろう。蛇のように見えるが蛇ではない。それならば左右にうねる。


「太刀の龍だ!」


 鬼幽斎がそれを指差して言った。

 二匹の龍? カッとした。あんた、金神になったつもりか!


 四朗に戦慄がはしる。

 葉が凍りついた。


 十二鴉が目を見張っている。賞賛の言葉を惜しまない。


「これを出すとはゆめゆめ思わなかったぞ」


 吊り上った眼。小刻みに動くこめかみ。隆起した頬肉。むき出した白い歯。しわをうねらせた顎肉。鬼幽斎の顔はまるで悪鬼のようであった。


「やいばでは到底、打ち落とせまい」


 太刀の龍。その内部で、太刀一本一本がまるで木を食い荒らす青虫のように蠢いている。


「三人共、なますになって死ね!」


 鬼幽斎の中空をさしていた指が振り下ろされた。すると宙に戯れる二匹の龍が向きを変えた。獲物を見定める。瞬発力が爆発。一直線に来る!

 

 ……『不動金縛り』


 太刀の龍二匹が宙でカチンと固まった。まるでそこだけ時間が止まったように。


 鬼幽斎がぎょっとした。現実を受け入れられないでいるのだろう、躍起になって太刀の龍を操作しようとしている。


 見かねたのか阿と吽が立ち上がった。

 見逃さない!


 ……『不動金縛り』


 二人もまた、固まった。


「これは力うんぬんで破れる、そんな類の術じゃない」


 他の十二鴉が驚き、狼狽える。そして口々に言った。


「……不動明王」


 一方で、葉も声を上げた。「兄様といっしょにいた男って!」


 そうだ。おれだ。だが葉に一喝した。


「黙って見てろ!」


 今度は十二鴉の妙塵居士をにらむ。


「術を解け」


 妙塵居士はたじろぎ、そして鬼幽斎に不安げなまなざしを投げかけた。









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