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第27話 幻影の城

 熊野の奥深く、連なる峰々のひとつに山城があった。尾根を横断する五つの空堀と、平行に切った二つの空堀。それによって区画が成り、三つの曲輪群と本丸を形成する。ここは熊野鴉党の居城、名を御鴉城と言う。


 城下があるわけではない。人の行き来も限らており、その場所は公にはされていない。巷では秘密結社のごとき存在として鴉党は恐れられていた訳だが、見ようによってはまっとうな組織だといえよう。


 有名なところで比叡山を例に挙げるならば、学僧である学生がくしょうと武装する堂衆は領家と荘官の関係であり、平安時代の公家と武家の関係をそのまま踏襲していた。領家は台帳を付けるだけのほぼ名義貸し状態であり、土地の実質はというと荘官である堂衆の手の内にあった。堂衆が学生の指示なく勝手に京で暴れまわるのはそのためで、堂衆と学生が反目しあって潰しあいの戦いに及んだりしたこともあった。ところがその一方で、比叡山の最高位、天台座主自らが堂衆を率いて朝敵に戦いを挑んだりもした。つまりはその結びつきは合理的ではなく、感情的というか秩序だってなく、その辺が何もかも曖昧で不可思議な組織だった。


 だが、鴉党はというと熊野三山を統轄する役職、熊野別当の消滅からその役目を引き継いだ組織である。中央から与えられたのではなく、国人らが寄り合い、自らの手で運営していた。永遠に続く熊野三山を願い、その布教のために熊野先達を育成し、各地の熊野社に、公家に、武家に、市井に人を送り込んだりもした。さらには、鴉党は熊野三山への外部からの侵略に対し、安全保障の責も負っていて、すべてを合わせ端的に言えば人材育成、軍事戦略、情報収集、広報活動、等々がその役目だったといえよう。そして御鴉城はというと幻の城と言われているが、まぎれもなく全国に張り巡らされた組織の中枢だったのだ。


 重景らはその御鴉城の幾つも曲輪を通過して、本丸に向かっていた。城兵が昔のように立ち止まって畏まる。会見の申し入れはすでに済んでいた。城兵は山本鬼幽斎に命じられているのだろう、昔のように、そう、十二鴉筆頭であった時のように遇しろと。


 こうも簡単に会ってもらえるとは思ってもいなかった。門前払いを食らったら、沢慶を頼ろうとは考えていた。その必要もなく、先ずは一安心と言ったところだが、歓迎されているとも思えない。昔は住処のようなものであったが今は敵城となってしまった。そう思うと頼もしかったほぼ垂直に切り込まれた空堀とそびえ立つ物見櫓が恐ろしく見える。本丸まですぐ傍まで来ていた。むかつくことに結界が張ってあった。穢された気分だ。呪師走りの高悦の仕業であろう。


「鈴木様、ご来城!」


 城門で声がした。

 鈴木らは分厚い扉の前に立った。

 互いに顔を見合う。緊張感を隠しきれない。


 門が開く。


 本丸は伝統的なハレとケを備えた館である。ハレとは儀式や接客を行う公の場所をいい、ケは日常生活の私的な場所をいった。


 男が一人立っていた。沢慶である。律儀な男であった。細かく気の回るとこも山本鬼幽斎に気に入られるゆえんである。重景はこの男を悪くは思っていない。むしろ好感を持っている。自身がやらなければならない役目を肩代わりしてもらっている、この男とて志望するところがあったのだろうにと。


「お待ちしておりました」


 頭を下げた沢慶が、言った。


「鈴木様、お久しぶりです。大鴉も喜んでおられます。さ、さ、こちらへ」


 手で向かう先へうながす。


「そうか? ならいいんだが」


 うながされた方に重景は進んだ。沢慶が横につく。後ろに四朗、そして葉が続いた。


 沢慶がにこやかに言う。


「ご心配なのですか?」

「心配?」


 重景は無意識のうちに右手を掴んだり放したりしていた。それに気づいて「あっ! ああ」と右手を握った。


 沢慶がうつむいた。笑いを隠しているようだ。それからしばらく歩き、沢慶が言った。


「変わりませぬな」


 さっきの笑いはそういう笑いか。沢慶が続けた。


「ところで鈴木殿、後ろのお連れ、摩利支天の四朗様とお見受けしますが」

「そうだ」


 沢慶が後ろを振り返り、四朗を見て会釈した。


「お噂はかねがね」


 四朗も会釈を返す。

 葉はご機嫌斜めのようだ。そっぽ向いている。


 玄関を通り、式台の間に入った。


「ここでしばらくお待ちを」


 沢慶が奥に引っ込んで行った。





 戻って来た沢慶の先導で、重景らは奥の大広間に通された。大きながらんどうのずっと先に鍾馗然とした山本鬼幽斎が岩のようにどっかりと腰を下ろしていた。待ち構えていたのが一目で分かるような不敵な笑みである。そして左右に居並ぶ猥雑な顔。向かって右の列に沢慶、妙塵居士、光悦、蛟太夫、安楽太夫。左の列に祥太夫、福太夫、阿、吽、鷲太、鷹次、鳶三。合計十二人。つまり、十二鴉なのであろう。重景は過去、鴉党のだれもに辛酸を舐めさせらたとはいえ、なにかふつふつと沸き上がるものがあった。面白くないと心で呟き、胡坐をかいて畏まった。それに四朗、葉が続く。


「待っておったぞ。そちが戻ってくるのを」


 想像に反し鬼幽斎が上機嫌であった。


 固唾をのんだ。


 反射的に、重景は額を床に押し着けていた。こういう時こそ鬼幽斎は怖いのだ。決まって最後は激昂していた。


「弟子でありながら大鴉のお手伝いもせず、こうしてぬけぬけと参上し面目次第もござりませぬ」


 鬼幽斎が言った。


「なにを申す。聞いたぞ。おまえはもはや一軍の将である。このわしになにをはばかることがある」

「これは成り行き。わたしの望んだことでございません。どうかお許しを」

「もうよい。面をあげられよ」

「ですが」

「そうやって下を向いたまま話すのか? 一軍の将が。それも敵将に」


 だんだん不機嫌になって行く鬼幽斎。焦った。折檻を受けたことが脳裏に浮かぶ。


「ですからこれはわたしの望んだことでなく」

「よいと申すに!」


 鬼幽斎が怒鳴る。それを見て、ふと思った。昔なら脂汗をかいて震えていた場面なのに今はどおってことはない。


 頭を起こし、背筋を伸ばす。すると鬼幽斎の顔色に変化があった。眉が互い違いである。


「改めてこの鈴木重景、お願いがあってまかり越しました」


「まて」


 鬼幽斎が遮った。まだいぶかしんでいる。それが言った。


「おまえは書状に師弟として話し合いたいとしたためたな」

「はい」

「おまえはまだ師弟と思っているのだな」

「はい」

「ならば、わしのために働け」


 鬼幽斎の射抜くような視線。やはりおれを観察している。それはあなたに対して卑屈な態度を示さなくなってしまったからなのか? それともあなたがおれに入れた金神に反応がないためなのか?


「それは出来ません」


 鬼幽斎が怒号した。


「なぜだ!」


 雷鳴のようであった。十二鴉らがおびえている。

 おれは自分自身の信念でここに来たんだ。動じまい。


「まあよい」


 鬼幽斎が小声で言った。十二鴉らがほっとしている。だがおれには分かる。この≪まあよい≫はおれの態度を許したのではなく、あなたの抱いた疑問に対しての答えだ。確かに金神の神気は、修行や人の手でどうにかなるものではない。


「重景、黙っておらずその出来ない理由を言え」


「されば」と前置きし言った。

「鴉党は熊野の惣や伝統、天下あまたの先達や檀那の守護者。天下最強を目指すのはことの外にございます」


 鬼幽斎が大音声に笑った。一転、また怒鳴った。


「弟子の分際でいうか!」


 一斉に、十二鴉がビクつく。


「わたしの願いは大鴉に隠居して頂き、『太白精典』をこのわたしに渡していただくこと。それを申し上げに参りました」

「思い上がるな! 『やいばの修験者』ごときが!」


「技の優劣は一概に言い切れるものではございません。相性というものもありますれば」


 満面朱にそそぐ。鬼幽斎は『やいばの修験者』に悩まされたのを思い出していたのだろう。


「しーげーかーげー! 生きて出られると思うなよ!」


 鬼幽斎が十二鴉の一人、妙塵居士に視線を送った。受けた妙塵居士は柏手を打つ。神護寺で見物人に死んだ母を出して見せた男である。


 しまった!


 考えてもみなかった。いざとなったら四朗に葉を頼むつもりでいたのに。振り向かずに、後ろの四朗に小声で言う。


「四朗、穏行法はもう使えぬ」


 葉が声を押さえて言った。


「なぜ?」

「さっき言っただろ。術には相性というものがある」


 返事はなかったが、後ろの四郎からはこころの乱れを感じられない。さすがは四郎といったところか。


 鬼幽斎が含み笑いをしている。


「そんなに死にたいか?」


 ……といってもここは穏便にすまさねば。平伏して重景は言った。


「ご無礼をお許しください。ただ、修験道界が、いや、天下が揺れておりまする。それを収めることが出来るのは、もはやあなた様の他にございません。どうかお考えを」

「いや、こういう考えもある。皆、わしのもとに集え。すでに朝廷も幕府も何ら役に立っていない。新たな世が到来しよう」


 なに! だからこそ今、鴉党なのではないのか! それをぶっ壊して、この人、天下人にでもなろうとしているのか! 


 鬼幽斎が続けた。


「半将軍を殺せ。おまえなら出来るだろう」


 半将軍とは政変後の細川政元の渾名である。

 正気か? 自分の言っている意味をこの人は分かっているのか。


「出来ませぬ」


 葉が即座に、「鈴木!」と後ろから言った。十二鴉全員も、ばっと立ち上がった。


「狼狽えるな!」


 鬼幽斎が怒号する。十二鴉が座った。


「こやつはわしの弟子だ。わしがけりをつけよう。おまえもその方がいいだろ? 天才と謳われた自分がどれほどのものか思い知ればいい」


 沢慶を除いて十二鴉がせせら笑う。


「それも出来ませぬ」


 あくまでも鬼幽斎に納得してもらって自らの意思で隠居する。それが望みなのだ。


「相性うんぬんはどうした。さっきのは脅しではなかったのか?」


 あなたはなんでこのおれをここまで敵視する?


「わたしはあなたのことを思って言っているのです」

「小賢しいやつ。分かっているのだぞ。そうやっておまえはわしの寝首をかこうとしているのを」


 師父よ。それがおれに金神の神気を入れたままにした訳か。分かってはいたがこの言葉をあなたの口から聞きたくなかった。


「あなた様に叛意はございません。その証拠に十二鴉の筆頭でありながら党にかかわらないようにしていたでありませんか」

「ものは言いようだな。その間、半将軍のやつとつるんでいたではないか。わしを蔑ろにしているとしが思えん」


 逆でしょう! あなたがおれを京に追いやったのではないですか!


「それも縁有ってのこと。わたしから望んだことではございません」


 鬼幽斎が鼻で笑った。


「師弟うんぬんといったが、その実、半将軍に頼まれてきたのだろ?」

「滅相もございません。これは全て、わたし個人の考え。どうかご再考を」

「うそをつけ。分かっておるのだ。油断させて寝首をかきに来たのだろ? 全てを申せ。ならば許してやらないこともない」

「わたしはただただ、あなたを頼りにここに来ました。もう諍いを止めることが出来るのはあなた様をおいて他にはございません」


 鬼幽斎はため息をつき、脇息に肘を掛け、そのこぶしに顎を乗せた。


「困ったやつだ。おまえは自分の置かれている立場ってのが分かっていない。半将軍を殺すか、わしと戦うか、この場で嬲り殺されるかしかないのだぞ」


 葉が後ろから言う。


「鈴木!」


 鬼幽斎と戦えと言っているのだろう。鬼幽斎もその声を聴いてせせら笑っている。今やおれは鬼幽斎にとって敵将。それを部下の前で殺す。否が応でもあなたへの求心力は上がるというもの。










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