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第26話 大義名分

 やはりお姫様だな、と重景は思った。困ったもんだ。兄上の仇とか、もう何も関係なくなってしまっている。四朗もそう思ったのか思わなかったのか、ここでやっと口を開いた。


「その『粋調合気』やらとおまえはどういう関係なんだ?」


 ……いいところをつく。まるで『啓明祓太刀』の使い手をおれが知っていると言いたげだ。だがおれは望月千早の死になんら関係ないことになっている。


「実はな、『啓明祓太刀』の使い手を探していた。それで『粋調合気』に行き着いた。で、その使い手を弟子にしたまでは良かったのだが、さぁこれからって時にこの姫様の早合点で騒ぎが起こった」

「わたしのせいにしないで!」


 物凄い剣幕である。だがわざと怒らせている。さらに重景は怒らせるつもりだ。


「さて、どうしたものか。我ら鴉党はどうしても『啓明祓太刀』が必要なんだ。どう責任をとってくれる?」

「知ったことではない。あんたらが必要なのかもしれないが、わたしには『啓明祓太刀』が仇なの!」

「望月家は飯道寺山の連中を敵に廻すってことだな」


 葉がキリキリしている。

 重景は四郎に目配せをした。

 それに四郎が目で答え、言う。


「姫様、ここは重景と冷静にお話下され」


 あんたまでって顔で葉が四郎を睨む。

 四郎が小さくかぶりを振った。


「分かったわ。あなたが話しなさい! わたしは嫌。鈴木のくせに態度がデカいわ! 頭に来る」


 ぷりぷりして葉は、陣小屋に帰っていった。



「悪いな。気を使ってくれたんだろ?」

「で、話があるんだろ。おれに」

「ああ」


 菅浦のことから包み隠さず四郎に話した。ただし、落合の名と惣の場所だけは言わなかった。その事情も四郎は飲み込んだようだ。そのうえでおれの考えが聞きたいらしい。強い眼差しを四郎が投げかけてきている。


「先ず、『啓明祓太刀』に頼らずにこの問題を解決する」


 四郎にとってもそのほうがいいはず。それが出来れば飯道寺山の連中を敵に回すことはない。


「手伝ってくれるか」

「その後は?」

「おれとおまえ、戦うさ」


 松を守るためなら命はいとわない。いわば守ろうとする者と害そうとする者、まさに戦う運命にあった。それならば潔く戦うべきだ。四郎が陰謀や虚実を好まないのは知っていた。果たしてその顔に笑である。


 恩に着る。無性に嬉しかった。


「四郎、善は急げだ。明日、熊野に立つ」





 大師堂に戻って来た。


 燭台の明かり、そこには闇に浮く二人の姿があった。司箭院興仙と赤沢朝経である。どうやらおれを待っていたようだ。案の定、興仙が言った。


「京兆家からおまえを監視するように言われている」


 酒を差しつ差されつの二人。目も合わせてもらえない。


「お役目、ご苦労」


 こっちだって同じだ。相手にしたくない。奥に設えてもらった座敷に向かう。そこに興仙が声をかけた。


「鈴木、熊野に行くんだろ。そう顔にかいてある」


 顔を見てもいないのにか! むかつくやつ!


「おまえの顔にも、とっとと失せてくれってかいてあるぜ」


 よくわかったなと思ったのであろう、くくっと喉を抑えて興仙は笑った。そして言った。


「おまえみたいな半端者をなぜ、京兆家がおれたちの上に置くのか気がしれない。そもそも京兆家が単身、飯道寺山に乗り込んだ意味をお前は分かってるのか?」

「ああ、分からんさ」 どうせおれは馬鹿さ。 「教えてもらいたいな」

「おまえは感じてなかろうが、京兆家は誰よりも天下泰平を望んでおられる。それには一つの秩序をもって天下が治められなくてはならん。が、しかし古来、熊野三山、大峰山、高野山、比叡山、新しくは商人どもの堺は独自の法をもって各々組織を運営している。その牙城の一角を京兆家はご自身の秩序の中に加えられようとしているのだ。京兆家と同じく足利一門であり幕府管領家、そして紀伊国の守護である畠山政長でさえ手を付けられなかったあの熊野三山を、だ。大義名分は鈴木、おまえにある。山本鬼幽斎は謀反人だと天下に知れ渡っている。おまえが鴉党を、熊野三山を取り返すのなら誰も口を挟めないだろう。大鴉の正当性はお前にあるんだからな。それで単身、京兆家は飯道寺山に乗り込んだのだ。おまえの甘ちゃんな性格は熟知している。お前にとって相手は腐っても師父なのだからな、京兆家も今度ばかりは泣き脅しも通じないと思ったのだろう。だがよく考えろ。逆に言えば京兆家は命を掛けた。それは生半可な覚悟では出来ない。それが分からぬようではよっぽど馬鹿なのだろうな、お前は」


 憮然としている赤沢。政元が神護寺に帰って以来、ずっとそんな顔をしていた。それが言った。


「十二鴉筆頭を語る沢慶とやらが、伊勢でうろちょろしているらしい。熊野から舟で白子まで出て、馬で鈴鹿峠を越えて飯道寺山へ至る行軍の経路を確保しようとしているようだ。間違いなく、山本鬼幽斎は飯道寺山を近々攻める。やつらが飯道寺山を囲んだら、われらはそれを背後からつく。籠城戦は援軍があってこそ初めて成り立つのだからな」


 なるほどと重景は思った。そういうことか。つまり、おれは政元にだまくらかされてここに連れてこられたってわけか。が、そうは問屋がおろさない。政元を出し抜いてやると決めていた。それに松を危険にさらすなんてもってのほか。なにがなんでも戦いの前に鬼幽斎には隠棲させる。それで鍋倉澄のようにおれも人目に触れぬよう、姿を消す。


 にしても、師父鬼幽斎の行軍が気にかかる。そこは落合清澄の惣がある工藤長野家のすぐ隣、関家の領内ではないか。落合のことだ、間違いなくそれは察知していよう。問題はその落合が絶好の機会を得たと、行軍中の師父に手をかけるかどうだかだが、これまでの経緯からして十中八九静観を決め込もう。やはりおれがなんとしてでも師父の愚行を止めないといけない。


 興仙が言った。


「もういいじゃないか、赤沢殿。これも京兆家のためなのだ」

「愛宕山と鞍馬山の連合は興仙殿でもっている。御舘様の軍はこのおれがいないと始まらない。誰が見ても分かるだろ」


 赤沢のやつ、ずっと拗ねていたんか。やれやれだと重景は思った。にしても興仙……。


「赤沢のことはいえないんじゃないか、興仙。あんたこそ、だいぶ気に入らないように見受けられるが」


 興仙は答えない。無視だ。一方で赤沢が瓶子を取って興仙に差し出す。そして言う。


「そもそもこれは鈴木のためのいくさだ」


 興仙が無言で、空の杯を差し出す。そこに酒を注ぎながら、また赤沢が言った。


「いくさとなれば負けはせん。が、こいつが大将じゃぁ。おれたちはこいつのために働いているのか?」


 こっちこそ願い下げだ。さらに赤沢が言う。


「鈴木、おまえがなんとかするんだろ。おまえら熊野の問題だ」


 赤沢に注がれた杯を興仙が口元で一気に傾ける。そして言った。


「されど鈴木じゃ鬼幽斎には勝てない。殺されるのがおちだ」


 赤沢が言った。


「興仙殿ならどうだ? 勝てそうか?」


 今度は興仙が瓶子を取った。そして赤沢の杯に酒を注ぐ。


「無理だな」


 赤沢が一気に飲み干す。


「そりゃいい。それでも鬼幽斎に会うか、鈴木。面白くなりそうだな」


 勝手に面白がっていろ。こっちはそれどころじゃないんだ。重景は奥の部屋に引っ込もうとした。だが、そこでまた興仙に呼び止められた。


「くどいようだが鈴木、どうしても鬼幽斎に会うか?」


 ほんとにくどいぜ、興仙。「会う!」


「それなら耳寄りな情報がある。教えてほしいか?」


 どうせ使えないだろうが、とりあえず聞いておこうか。 「教えてくれ」


「お前の他に十二鴉の生き残りがいる。飯道寺山を追い出されたそうだがそれが今、わが手の内にある。これはどういう意味か分かるな」


 ははーん、そういうことか。おれが死んでも後釜はいるってことだ。考えたな。そんでやつならおまえらの操り人形にうってつけだ。なるほど、いい報せだ。おまえらにとってのな。


 一方でそれを聞いた赤沢はというと、膝を手で打って笑っていた。やっと気が晴れたんだろう。


「興仙殿、なぜそれを今の今まで隠していた」

「鈴木が居なくなれば京兆家は烈火のごとくお怒りなさるだろう。そのために京兆家は単身飯道寺山に乗り込んだのだからな。しかも後釜はわたしの手の内にあるということは」

「鈴木を追い払ったととられかねない。いいようにとったとしても、鈴木が出ていくように焚き付けた」

「そういうことだ」

「おれに言わなかったのは、責をご自分が一切引き受けるつもり」

「赤沢殿は京兆家になくてはならない人。わたしは愛宕山にでも引きこもればいい」

「興仙殿は鈴木の後釜をわしに託そうというのか? 責を一心に背負って? お気づかいはかたじけない。が、われら一蓮托生。今後ご心配は無用にねがいたい」


「分かり申した」と頭を下げ、そして興仙が言った。


「というわけだ。われらは止めはせぬ。どこぞなりとも行け」


 赤沢も言った。


「消えてくれ。もうお前の顔を見ないと思ったら清々するわ」


 とんだ茶番だ。笑えてきたね。言われなくてもそうするさ。重景は奥の座敷に向かった。






 日の出前、重景は城門をくぐった。見下ろすと石段の下に四朗の姿があった。ところがもう一つ、男の姿も見える。遠目でもそのたたずまいから分かった。男装した望月葉である。二人は馬三頭を横に置き、その手綱を手にしている。


 重景は石段を下りずに顎をひねくった。


 もしかして四朗が葉になんでもかんでも話したのかもしれん。いや、四朗にかぎってそれは絶対にない。それを証拠に、もしそうだったら二人はとっくに飯道寺山に向かっているはず。と、すると、どういう了見か? ははーん。葉は単に除け者が嫌なのだな。だがそんなわがまま、今回は許さない。


 石段を下りた。


 それを待ち構えていたのであろう、葉がせきを切ったように言った。


「あんた、わたしを置いて行くつもりだったでしょ」


 案の定だ。この娘はやたらと姫様風を吹かすのに、その立場というものを分かっていない。頭に来た。声を荒げる。


「当たり前だ!」

 そして四朗に怒りの視線を投げかける。それに四朗が答えた。

「甲賀に帰られよと申し上げた。されど断られた。ならば連れて行かねばならん」

「ここに置いておくわけにはいかんのか!」

「ああ」と四朗。


 望月葉が、当然よというような顔をしている。まったく、こまっしゃくれやがって!


「山本鬼幽斎に会いに行くんだぞ」

「だと思った」

「思ったって! もはや望月家は山本鬼幽斎と関係はないだろ!」

「四朗は行くんでしょ」

「はい、わたしの方からそう頼みました」

「うそ。何かの交換条件な訳でしょ。鈴木、あんたはまだ、わたしらに隠していることがある」


 葉の冷たい眼差し。確かに四朗は葉に甲賀へ帰れと言っただけで他は何も言っていないようだ。それはそれでいいとして……、


「死ぬかもしれんぞ!」

「心配するなら今ここでわたしに全て言いな」


 絶対に連れて行かない。万が一、連れて行ったとして間違いなく足を引っ張られる。四朗を見た。慣れっこなのだろう、動じていない。いつもと変わらぬ涼やかな表情であった。それが重景の鋭い視線に負けたのだのだろう、いま一度説得をこころみる。


「姫、これは男同士の約束。よもや重景がそれを破るなんて思えませんが」

「でしょうね」


 葉が先に行った。四朗の説得なんて聞いちゃいない。そして振り返った。


「いいわね、男同士は」


 さらに先を進む。それで一人、太刀を掲げて叫ぶ。うっぷんを晴らしているのだろう。


「いざ、鬼退治。続け者ども!」


 重景は頭を抱えた。


「桃太郎のつもりか」


 四朗が馬に乗る。並足に走らせる。

 連れて行くしかないか。重景は舌打ち一つした。馬に飛び乗り、四朗の横についた。


「さしずめおれが猿でおまえは犬だな」


 四朗が、ふふっと笑った。


「一人足らんな」

「これ以上、ややこしいのを増やすのか。ごめんだ」

「確かに」


 二人は葉を追った。











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