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第25話 三すくみ

 やっぱり言いやがった。重景は愕然とした。金神使いなのに二尺の棒のみで戦ったというんだから、それは『啓明祓太刀』を習得する前、『粋調合気』のみの時代の鍋倉澄なのだろう。現に落合清澄は二尺の棒と太刀の両方を腰に差していた。だのに、政元の言いようじゃぁ、松が『啓明祓太刀』の継承者のように聞こえるじゃいか。言ったことは嘘じゃないのだろうけど、政元のやろう、それは明らかに印象操作だろ? 見ると政元は得意満面である。先ほどまで震えておれの足にしがみついたのはなんだったのか。そう思うと今度はふつふつと怒りが沸きあがってきた。人をおちょくりやがって、そんで松を巻き込みやがって、今度という今度は絶対に許せん! 


「おまえが兄上を殺したかぁっ!」


 不覚にも、重景は葉の存在をすっかり忘れていた。葉が太刀を抜き放ち、人だかりから飛び出していた。


 即座に二尺の棒を引き抜いた松は、振り下ろされる葉の太刀を受けもせず、かち合う瞬間その棒をクルリと回した。すると葉の太刀はその手から離れ松の棒に絡まり、ぐるんぐるんと回り始める。それもつかの間、その回転は速度を増し、きゅるきゅると音をたて、挙句に葉の太刀は銀の円盤となった。


 あまりのことで葉が呆気にとられているところ、松はというとそれを重力に任せ垂直に止めた。また回転しようものなら触れたもの全て細切れにされそうである。不気味にも葉の太刀は、松の棒に鍔を掛けてぶら下がっている。誰もがそれを固唾をのんで見守っていた。


 が、それがまた動きだす。今度は先ほどの高速回転ではなく、切っ先が天を向いたかと思うと反転。その勢いのまま太刀が落下したかと思うとザクッと白刃の半分まで地に突き刺さった。と同時に、両足を揃えて跳んだ松がその太刀の柄を挟んで鍔に着地。ふありと降り立ったように見えはしたが、その勢いは凄まじく、太刀は地下に白刃を失い、柄だけが地上に顔を出していた。


 ただ、あんぐりと葉はそれを見ていた。重景はというと、その茫然自失の姿に心を痛めた。しかし、真実は教えられない。


「葉! 政元に騙されるな。夜叉蔵はあんたらの恨みをかうようなことはしていない」


「うそだぁ!」


 両方の腕を下にばっと伸ばした葉の指の谷に、左右合わせて八本、棒手裏剣が挟まっていた。するとこの時、葉の後ろから陽炎が立つ。そしてその陽炎の中から男が現れた。


 !  ………『穏行法』


 望月四朗である。その大きな分厚い手が葉の小さな肩をすっぽりと包んでいた。


「悪太郎様、廻りを見て下さい」 悪太郎とは葉の偽名である。


 葉が、はっとした。


 群衆が太刀を抜き放っている。

 なんだ、なんだ! 重景は四郎の言葉でやっと周囲の異変に気が付いた。どうやら皆の殺気は葉に向けられている。


「やめろ!」


 両手を広げ飛び出す。


 皆は松の技を見て『啓明祓太刀』だと勘違いしているのだろう。その松に敵愾心を持っている葉が許せないのだ。だが、違う! あれは『粋調合気』なんだ。ところがそれを口に出して言えない歯がゆさ。『粋調合気』を紐解けば結局、鍋倉澄の名が現れる。重景は群衆の前に立ちはだかるのが精一杯であった。


 その様子に、政元が笑っていた。


「余興はこれまでだ。実はな、皆にいい報せを持ってきた」


 余興? 


 誰もがきょとんとしている。結局、半将軍は何しにここへ来たんだ? 


「愛宕山と鞍馬山が高雄山神護寺に集結している。衆徒全てを擁してな。当然、我が細川京兆家の精鋭も向かった。皆々方もそこに向かわれたし。総力を以て山本鬼幽斎を叩こうぞ!」


 そう言って政元が勢いよく右こぶしを天に突き出した。

 が、しかし誰も答えなかった。話の展開に付いて行けず呆気に取られているのだ。


「おれは行かない!」


 松の声である。松が顔を真っ赤にして怒っている。

 政元が、「え?」と眉を寄せた。


「ここは熊野からあまりに遠いではないか。それに愛宕山、鞍馬山が加われば数に置いても相当有利になるはずだが」

「おれはあんたが嫌いだ」


 政元がため息をついた。


「それなら仕方ない。皆々方、この男を置いて神護寺に移ろう」


 政元が歩き始めた。それについて行く者もいたが、片手で数えるほどであった。一方で群衆は松を取り囲む。


 重景は一つ舌打ちし、黒山の人だかりに愛洲の姿を探した。果たして見つけだすと、

「どうか松を、あ、いや、夜叉蔵を宜しくお願いします」と頭を下げた。


「貴殿は?」

「政元と行く。あいつが動いたとなればただでは済まされん。今度はおれがやつを出し抜く。夜叉蔵にもそう伝えてほしい」


 そう言って、重景は急いで政元を追う。そこに葉と四朗も加わった。三人が肩を並べる。


 四朗が涼しい眼差しを向けてきた。物腰は柔らかであったが角張った顎の輪郭が意思の強さを感じさせる。


「重景。おれたちも神護寺に行く。そこで出直すことにする」


 出直すか。確かにもうここにはいられない。皆、松の味方なのだ。敵視された葉はというと涙で頬を濡らしていた。悔し涙であろう。目が血走っていた。







 飯道寺山、元三大師堂の前は黒山の人だかりであった。盟主を誰にするかで混乱し、細川京兆家政元が単身乗り込んできたのは昨日のことであった。皆、それぞれ思うところがあったのだろうが、一晩で意思は一つにまとまった。空気が張り詰めている。そこへ松と愛洲移香斎が元三大師堂から現れた。途端、緊張が解き放たれる。大歓声であった。松は盟主に、愛洲移香斎はその補佐となったのだ。


 この時、鈴木重景ら八人は細川政元の先導で高雄山を登っていた。昨夜は京の細川邸に宿泊し、早朝から神護寺に向かった。山頂を目指すにつれ物々しさが伝わってくる。朽ちて森になっていたのを補修した曲輪、そして柵や逆茂木が見える。さらに登ってゆくと応仁の乱で焼失したはずの山門が石段の上に頭を出す。二階層の上段に盾板の造りで、それはすぐにでも籠城して戦えると思わせた。


「御舘様、ご来城!」


 重い門がきしみ音を上げて開く。


 その門をくぐると立ち並ぶ陣小屋が目に飛び込んできた。そして大勢の将兵僧兵である。数十人の鎧武者が金音物々しく、人だかりを切り裂いてこっちに向かって来る。そして合流、鎧武者らが政元を囲んだ。だが、政元は足を止めない。鎧武者らが向きを直し、政元に歩を合わせる。


「皆を集めろ。大師堂の前だ」


 政元の一声に鎧武者の一人が、「はっ」とすっ飛んで行った。


「重景! 付いて来い。他はいらぬ」


 え! おれだけ? 舌打ち一つした。皆を置いて政元に続く。

 


 大師堂に入った。


 中にはすでに二人の男が座っていた。その者らが立ち上がって頭を下げる。

 その二人の間と通り過ぎていった政元は上に座わった。下に向かった重景は他の二人と共に座り畏まる。


 この二人、ともに修法対決の選者だった。一人は総髪で痩せた頬に狐目、流行り出した袖なし羽織をうまく着こなしている。その名を司箭院興仙という。年の頃は重景と変わらない。鞍馬山に籠って『天狗の法』を得たという。寒暖陰陽の内功の内、暖をよく用い、それによって風を操り、飛翔するに至ったと聞く。もう一人は赤沢朝経という。甲冑に身を包んでいて、特に弓の名手と知られている。政元に鷹狩の腕を見込まれ、側近に列せられたと聞いている。が、この男、修法対決の選者というだけあってただの武者ではない。実は鷹と話が出来るらしい。それだけでなく、その目も借りるという。年の頃は興仙と同じく二十五六で、眉と目が近く、鼻筋が眉間から伸びている。


「よい」


 政元の声に、重景をはじめ三人が顔を上げた。

 そこへ鎧武者が現れ、片膝に畏まった。


「用意が整いました」


 うむとうなずき扉に向かう政元。それを他の二人と共に重景が追う。


「扉を開けろ」


 外から鎧武者二人が扉を引く。その開かれた向こうは数えきれない人で埋まっていた。それが整然と居並んでいる。まさに統率された軍団。


 政元が濡れ縁に立った。


「よく聞け。わしは幕府の政務も動かさなければならん。ゆえに長居は出来ん。よって我が代理をここに置く。その者は鈴木重景。そしてその副将を赤沢朝経、司箭院興仙。屹度、言い渡した」


 この人はまたなにを! いや、呆れた。そこへいきなり政元に肩を掴まれた重景は、引き寄せられる。


「今は御鴉城、飯道寺山、神護寺の三すくみ。おまえは大人しくしてればいい」


 そう言って大師堂の中に取って返そうとした政元に今度は重景が引き寄せる。


「三すくみ? おかしいぜ、政元。飯道寺と神護寺は戦う理由がない」

「揚げ足を取るな。そんなこと、どっちでもいい。おまえは落合の連れの女や愛洲とうまく連絡を取り合って時間を稼げ。おれはやることがある。いいな。おれが良しというまで動くな。要はそういうことだ」


 政元に手を振り払われた。むかっとした。おまえはおまえのやることをやっていろ。おれはおれのやることをやるさ。


 政元の姿は大師堂の中に消えて行った。

 振り返ると物々しい軍隊である。それが一斉にひざまずく。そして両脇には司箭院興仙と赤沢朝経。


 ……えらいもんを預けられてしまった。





 その夜、一人風に吹かれていた。

 まさか飯道寺山で葉と四郎に出くわすとは考えもしなかった。青白い満月。その光に照らされた山々が濡れたように見えた。


 ……望月千早。おまえはおれに落合を討てというのか。


 因縁尽くとはこういうことをいうのだろうか。かがり火の明かりに照らされる衛兵。その物々しさに不安が煽られる。


 ……ことを急がねば。


 陣小屋の軒下に二つの人影を見とがめた。望月葉と四郎である。


 ……されど、回り道になろうとも避けては通れまい。


 重景は進み、二人の前に立った。それを待っていたのか、葉が声を荒げる。

「鈴木! どうゆうことか説明しなさい!」


 四郎を見た。目を閉じている。こいつには真実を言わなくてはならんが、葉がいる。今はうまく取り繕うしかあるまい。


「ある男は最初、『やいばの修験者』であった。次に『粋調合気』を学び、後に『啓明祓太刀』を習得した。夜叉蔵はその『粋調合気』なんだ」

 夜叉蔵とは、松の偽名である。 

 葉の目がおれの目の奥を探っている。


「それで?」

「それでって。戦ってみて分かっただろ。あれは体術だ。金神の神気とは程遠い。つまり、夜叉蔵は金神使いと関係がないと言うことだ」

「わたしの≪それで≫は、そういう意味ではない」

「じゃ、どういう意味だ」

「あんたがなんでそれを言わなかったかってこと」

「おまえのその性格だ。ややこしくなる」


 葉が怒り心頭に言った。


「言わなかったからこうなったんでしょ!」

「言ったとしてあの時、信じたか? それに夜叉蔵。やつをどう説明すればいい」

「さっき言ったみたく言えば良かったのよ」

「と、いうことはおれの言うことを納得してくれたんだな」

「いいや。皆の面前で恥をかかされた。夜叉蔵は許せない。切って捨てる。仇であろうとなかろうと、あんたの弟子だとしてもな」









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