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第24話 『倶利伽羅剣』

 これがわざわざ来た理由? 冗談じゃない! そんなことしちゃぁ鬼幽斎に対して火に油を注ぐようなものじゃないか。おれは絶対に反対だ。鬼幽斎には隠棲させる。


 そんな想いをくんだわけでないのだろうが、誰も賛成の声を挙げない。確かに、京兆家が盟主なら利点はある。大軍を動かせるし、強大な権力に守られる。だが、鴉党たらんとする自分たちの自尊心を奪ったのは誰か。言うまでもなく鬼幽斎であり、その発端を造ったのは京兆家である。盟主として甘んじられようか。心情的には鬼幽斎を葬って、それからでも京兆家には一撃を加えたい。嘗めてもらっては困るのだ。


 一方で、政元はというと憮然としていた。皆が喜ぶどころか、怒りの表情なのに、よっぽど不快感を覚えたのだろう。


「さようか。おれはこれほどまでに嫌われているんだな」


 濡れ縁を降り立った。


「帰るわ。重景」


 振り向きもせず帰ろうとした。

 するとどうだろう。二つに割れていた黒山の人だかりが一つに合わさっていく。そして政元の前に人壁を造った。


「なんだ? わたしは帰るのだ。おまえらもわたしにいてもらいたくはないんだろ?」


 誰も返答をしない。だが、敵意に満ちた無数の視線が雄弁に語っている。帰さないというのだ。猜疑心の強い鬼幽斎には別として、政元は他にも十分過ぎるほどの利用価値がある。どういう風に京兆家を使えば最も効果的なのか、この場で即座に答えられる者はいないだろう。が、とにかく使えるものはなんでも使わないといけない。生き抜く術なのだ。皆はそれを本能的に察知していたろう。ところが誰一人とも政元に帰さないと言えないのである。やはり怖いのだ。絶対的権力を掴んだ覇者。その強烈な雰囲気に飲み込まれてしまっていた。何も言えない群衆と覇気を漂わせる政元の睨み合いはそれからしばらく続いた。重景はというと固唾を飲んで見守っている。まさか政元が殺されることもあるまい。『神足通』であろうとなかろうと何も考えなしでここに来るはずがないのだ。果たして予想外にも、政元の方が先に動いた。大音声で笑い、そして言った。


「おまえたちでも気が引けるのだな。よかろう。こういうのはどうだ? 三本勝負して二本勝ったら帰してもらう。負ければ残ってやる。と、いうことはだ、おまえたちはこのおれになにも強要していないことになる。安心したか?」


 群衆に下がれ、下がれと政元は手を下から上へ大きく振るう。場を広げようというのだ。


 群衆はというと戸惑っていた。動き出さない。


「どうした? やるのか? やらないのか? やるんだったら場所を広げろ!」


 戸惑う様子を楽しんでいるかのように大きく手を振る政元はどう見ても調子に乗っている。それが癪に障ったのだろう、群衆は、やってやろうぜという雰囲気になってしまった。じりじりと後ろに下がってゆく。


 ここでやっと重景はまずいと思った。こうゆう場合、政元に乗せられたらずるずると泥沼にはまってしまう。どんな罠が隠されているか。人知を超えた邪心なぞ誰が推し量れるというのだろう。松も同感のようだ。


「鈴木、なんとかしないと」


 うなずいた。そして声を張り上げる。


「皆、京兆家を帰すんだ!」と連呼した。


 しかし戦いの場は広げられていく。誰も耳を貸さない。

 不安を抱き、松を見た。

 松も蒼白の表情を返してくる。



 かくして戦いの場が用意された。


「さて、だれがやる?」


 広げられた場の中心で政元が気味の悪い笑を浮かべている。その表情に皆がたじろいでいる。誰も戦おうとしない。


「では、帰らせてもらうぞ」


 ほっとした。そのまま帰ってくれ。


「わたしがお相手しよう」


 愛洲が濡れ縁から飛んだ。そして政元の前に降り立つ。


「ほほー」

 政元が感心している。

「争いは好まぬと聞いていたが」


 おれもそう聞いている。だが、なぜだ、愛洲殿。


「心配ご無用」


 愛洲が太刀を抜いた。


 傍らで戒光院庵主がひとりごちた。


「ありがたき、さすがわ愛洲殿。このまま帰しては鬼幽斎に負けて、半将軍にも負けたことになる。士気が落ちてしまって集まった意味がなくなる」


 確かに。舌打ち一つ打った。仕方なし。


「上から眺めるなんて失礼だ」


 松に目配せした重景は、濡れ縁から跳ね降りる。松と戒光院庵主が続いた。

 


 対峙する愛洲移香斎と細川京兆家政元。



 政元の見開いた目がギラギラと輝いていた。口角が上がって犬歯が目立つ。


「こんな機会、またとない」


 政元が八人に増えた。重景は今まで見たことのない最大級の『神足通』である。それが次々に愛洲を襲った。


 だが、待てよ。思念体が思念体を出せるか?


 重景の疑問をよそに二人の戦いは始まっていた。一人目の政元が切りかかる。だが愛洲はそいつを相手にはしない。袈裟切りに政元の太刀が愛洲を襲うのだが、愛洲も踏み込みながら半身になってかわす。そこに二人目の政元の振り下す太刀。それも愛洲は受けもせず、ただわしただけ。三人目が来る。愛洲は政元の太刀筋とは逆の方向へ踏み込み、その三人目とすれ違う。四人目、五人目も同様。六人目、ここで初めて愛洲が動く。立てた太刀を右に向けた。そこに政元の薙いだ太刀がかち合う。ところがなにを思ったのか、薙いだはずの政元が太刀を投げ捨て、腰砕けに尻餅をつく。そしてそのかっこのまま後ずさる。


「今、おれの……、おれの中にいたろ!」


 そう言いながら、尻を地に擦り政元が後ずさる。


「き、気持ち悪いやつ。こいつ、おれのこころを覗きやがった」


 尻をついて逃げ惑う半将軍と悠然とたたずむ剣豪。奇妙な光景に群衆の誰もが唖然としていた。


 ……『神妙剣』


 その噂は聞いていた。一足一刀の間、動作に現れる以前の行動を敵の心から感受するという。

 だが、これではっきりした。ここにいるのは間違いない。細川京兆家政元、その本体。だが、なぜ? やつがここにいなければならない意味は? 十中八九、大いなる策謀。何をしようとしているかはまったく分からないが、絶対にいいことはない。もしかして、飯道寺山の全員を騙し、損害を与えようとしているのかもしれない。そう思うと重景の背筋に悪寒が走った。


 右手に太刀を垂らす美髯の男、愛洲が静かに佇む。それが言った。


「京兆家、二本目。つかまつる」


 その言葉に驚いた政元が、今度は犬のように地面を掻きながら重景のところにやって来て、その足にすがる。


「いやだ。やつと戦いたくない」


 らしいな、と思った。政元のこころの深淵。そこに何が眠っているのか? 本人でさえ覗き込みたくないのだ。それを誰かに見られるなぞ身の毛がよだつのであろう。


 松が囁く。

「士気を挙げるのはもう十分でしょ。でもこれ以上、愛洲に勝たせたらだめ。ここから京兆家を追い払うの」


 確かにそうだ。それにこれは真剣勝負。まちがって愛洲殿が政元を殺めるってこともあり得る。どういうわけか分からないが、政元は思念体ではなく、本体なのだ。


「ああ、わかった。おれがなんとかしてみる」


 政元を足から振りほどいて重景は前に出た。


「二本目はわたしが請け負った」


 観衆から罵声が飛んだ。このままいけば政元の負けが見えていた。皆は邪魔する重景を許せないのだ。だが愛洲は太刀を収めた。


「貴殿とは戦うつもりはない」


 そう言って愛洲が下がる。


 飛び交う罵声。それが愛洲まで及んだ。

 それをしり目に重景は一息つく。安心した。戒光院庵主が言ったとおりだった。愛洲には私心がない。深々と頭を下げた。ところがそこに男が一人、躍り出た。鎧直垂を身に包み、笑みをたたえている。四十六七にして爽やかさと品があった。山崎景隆である。


「勘違いしてくれるな。わたしは二番手だ」


 山崎景隆は太刀を正眼に構えた。気が太刀に乗り移って行く。


 ふと、思った。鞍馬山の刀法。なるほど、そういう訳か。

 気のやいばを放つ。

 山崎景隆はこともなげにそれを弾いた。

 やはり! 『啓明祓太刀』の写し物か。なるほど本物と違い、肝心な金神の神気がないだけ迫力に欠ける。


 気の剣を発現させた。


 ……『倶利伽羅剣』


 気の剣の鍔から切っ先に向かって、二つの炎がお互いを追いかけるように、螺旋に登っていく。


 観衆にどよめきが上がった。重景の姿が不動明王に見えたのだ。対戦相手はもっと驚いたろう。山崎景隆はたじろいでいた。顔色を変え、じりじりと間合いを確かめている。果たして意を決したのか切りかかって来た。


 それを倶利伽羅剣で受け止める。


 すると山崎景隆の太刀が燃え上がった。山崎景隆が驚き、太刀を捨てた。地に落ちて転がった太刀は焦げも煙も上げていない。太刀が燃えたのではなく太刀に込めた気が燃えていたのだ。


 これは神気対策の結論であった。金神の神気には触れることは適わない。重景は身をもって知っていた。多分、金神使いは気を通すものがあればそれから流し、相手に神気を伝えることだって出来るはずだ。気には気で対抗するって手段もあるが、工夫もなく真っ向からぶつかって神気を防御するなんて出来ようか? やはり不可能と思えた。それで重景は相手の気を焼滅させる方法を考え出した。落合に使った時はこれほどまでに燃えさせられなかったが、なんとか遮断するには成功した。ともあれ偶然にもその形が、不動明王が手に持つ倶利伽羅剣に似ているのでそう名付けた。


 『鞍馬刀法』が敗れ去った山崎景隆はというと肩を落として下がって行く。一方、政元はご満悦だった。


「さすがだな、重景。さて、勝敗は一対一の五分だ。次で決まる。さ、お前らは誰を出す」


 黒山の人だかりは沈黙していた。当然であろう。山崎景隆がいとも簡単に敗北したのだ。誰も名乗りを上げない。


「なぁーんだ、つまらん。こっちの三人目は伝説の『啓明祓太刀』だというのに」


 場がざわついた。皆、戸惑っているのだ。『啓明祓太刀』の伝承者はここに居ないと思っていたのに、政元が居るという。が、重景は真実を知っている。間違いなく落合清澄は居ないのだ。そんなこと、政元だって知っていよう。なんたって落合清澄とは神護寺で戦っている。だのになぜ政元はそんなことを言う。おまえ、この期に及んで間違っても馬鹿なことを言うなよ!


 そう目で訴える重景の顔を見て政元は、せきを切ったように笑った。どうやらこの反応を待っていたようだ。どうもこの男、感心されるより、こういった反応の方が好きなようだ。上機嫌に言う。


「嘉禄の法難は皆の知るところだろう。法然の墓を暴こうとする比叡山の衆徒と鍋倉澄が戦った。知る人ぞ知る『啓明祓太刀』の継承者だ。その時、鍋倉澄が武器としていたのは二尺の棒だ」


 群衆の視線が松の腰に集まった。そこには太刀でなく二尺の棒が差さっていた。










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