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第12話 修法対決

「師父はおれに見向きもせずに行ってしまわれた」


 演舞台から見渡す。ポツンポツンと人がいるのと、大量のごみが風に吹かれているのに物悲しさをぬぐえない。置いてけぼりを食らった感さえする。


「こういうのも好きだぜ」


 傍らの政元がそううそぶく。

 重景は思わず頭をかきむしった。落合が現れなかったのは仕方がないとして、実際それがよかったのかどうか。落合の情報を得られなかった。というか、やはり釈然としない。なにか嫌な予感がする。師父の山本鬼幽斎は意気軒昂、皆を率い勇躍して熊野に帰ってしまった。本当にあれで良かったのだろうか。政元は腕を組んで笑みさえ浮かべている。この男にしたってわざわざ催した見世物が宿敵畠山政長に利用されたってことになる。ついこの間、近江でやられたばかりじゃないか。なぜ、平然としていられるのか! 

 いや、よくよく考えれば政元どころではない。ことはもっと重大な危機をはらんでいるのかもしれない。観衆の中に畠山のやろうのさくらが紛れ込んでいる可能性だってあった。熊野三山は古来、自主独往の国。もし、さくらがまぎれこんでいたとして、鬼幽斎がそれを承知で大芝居を打ったのなら、どうだろう。熊野三山は畠山の好きなようにされてしまい、伝統はというとついえてしまう。


「やっぱり、おれ、行くよ。熊野に」


 その言葉が腑に落ちないのか政元が怪訝な表情を見せた。おれでも分かることなのに、なんで頭のいいお前がその必要性を理解できないのか。


「だから、師父をこのままにしとけないって。落合のことだってある。もちろんおまえのことだって、熊野のことだってそうだ」


「その必要はないようだ」

「なにを言ってんだ? 政元」

「重景、言っとくがおれは楽しかったし満足だ。それに元々、畠山と争う気なんてもうとうない。鬼幽斎だってあれでなんとか熊野に帰れるだろ。問題は落合のことだが……」


 上の空って感じで政元が言っている。呆れた。二度も畠山にしてやられて自分はそれでいいのか? おれは黙ってはいられない。


「おれは行く!」

「まぁ、待て」

「おまえはいつもそうだ。興味ないことはどうでもいいのか?」

「そうではない。落合はどうやらおまえに用があるらしい。いや、おれに用があるのかも」

「誤魔化されんぞ」

「落合のやつ、そうとう怒っているようだ。怒らしたのはおまえか? それともおれか?」


 あやしいあやしいと思っていたが、

「本当に気でも狂ってしまったか?」 と到頭言ってしまった。だがなぜか、それに政元は乗ってこない。


「望月を殺したのはやつだろ? なんとなく分かるぜ。おやじが鬼っていった意味もな」


 政元の目が見開き、口角が上がって歯を剥く。そしてその指がゆっくりと宙を指す。


 その先は……。固唾を飲む。


 落合と清、松が立っていた。

 色白で細身の一見、華奢に見える。その男、落合が淡紅色の唇をへの字に歪ませ、顎の両端をピクリピクリと動かしている。歯ぎしりをしているのだろう。それがいきなり抜刀した。脇構えに切っ先を後ろに下げるとそこから瞬発、地面を滑空するごとく向かって来る。重景は剣指を結んで振り下した。三日月型の気のやいばが宙を走り、それと落合の太刀が出会いがしらに激突。気のやいばは跳ね上げられ虚空に消えた。途端、また吐き気をもよおした。重景は口を抑える。


「下がれ、重景!」


 政元が前に出た。「おれがやる!」

 向かってくる落合の姿がふっと消えた。政元の口角が上がる。


「早いのが自慢らしいな」


 同じような術を使う鬼幽斎も早かった。だが影を目で追うことができた。落合のはまったく目で追いきれていない。


 左側、十歩程向こうで落合が姿を現した。政元もそこにいた。戸惑いも躊躇いもなく、太刀を横薙ぎに振るった落合は、あっけなく政元を上下に分かつ。が、両断された政元は血を飛び散らすことなく、ゆらゆらと空気に溶け込むようにして掻き消えていった。


 政元は『神足通』の使い手である。巧者になると空中浮揚や瞬間移動を行なったり、化身を自在に使ったり出来るという。その実、思念体を駆使する術で実体の政元は始めから重景の傍らで余裕然と立っていた。


 落合の姿がまた消えた。


 十歩後方で二人が姿を現した。

 今度も落合が切りつけると政元の姿が消える。それをあちこちで二度三度繰り返した。一方で重景の傍らに不動の政元。


「防戦ばかりではないぜ。次はおれからしかけさせてもらう!」


 すると五人の政元が現れた。計六人の政元。それが一斉に落合に向かった。

 思念体といえども幻ではない。実際そこにあるかの如くいる。その太刀は人を両断出来るし、拳で殴ることさえ出来た。が、弱点もある。まず、飯が食えない。水も飲めない。そして重要なことだが、気を実体化させたために、相手からの気の攻撃には対処出来ない。


 太刀を鞘に収めた落合は腰の瓢箪から手のひらに砂鉄を盛る。それを上空高く舞いあげた。


 やはりか……。心の準備は出来ていた。『神足通』に対抗するにはあの瓢箪しかあるまい。案の定、演舞台はキラキラと無数の光芒に包まれる。ところが思ってた以上であった。この前より苦しさは酷い。望月千早の死を目の当たりにしたのもあるに違いない。五臓六腑が激しく波打った。身はよじれて、膝は明後日の方に向いている。


 気が付けば落合の姿がなかった。そしてそれが現れた時には六人の政元のうちの一人、その首筋に太刀が突きつけられていた。


 が、重景はなにも心配していなかった。政元の能力は応用が利く。五つの思念体をひとまとめにして怪力の大男を造ることができたし、逆に五体をそれぞれ分割して烏なら四百羽、雀なら千羽、蜂なら無数。落合を殺すことが出来ないにしても、追い払うなら蜂という手がある。その能力を政元は、なぜか自ら解除した。他の政元が消える。残った政元がすかさず、

「ごめんなさい。『太白精典』を見世物にして。この通り」と土下座した。


「なにやってんだ、政元」

「手詰まりだ。やつの蛍とおれのは相性が悪い」


 冷静に考えれば、確かにそうだ。無数の蜂といえども相手は光芒の砂鉄。落合ならそれをうまく操作し、すべての蜂を迎撃するだろう。とはいえ、謝ったとして落合が許してくれるとでもいうのか。当の落合は怪訝な表情で政元を見ている。太刀は首筋から外されていない。しばらくはそのままであった。緊張して待っているとようやく落合が口を開いた。


「京兆家、『太白精典』の始末を付けてもらおうか」


 光芒をまとった砂鉄が、群れで戯れる蛍のように辺り一面を飛行している。当然、警戒は解かれていない。政元は隙をつくことが出来ないだろうし、この状況だと体が思うに任せられない。吐き気が邪魔をする。なんとかしないといけない。どうしたらいいのか? いや、いいのか、じゃない。この期に及んでなにを迷うことがある。決まっているじゃないか。やるしかない!


「そうゆうことなら、重景に始末させる。山本鬼幽斎と重景は師弟だし、こいつしかもう事を収められん」


 え? 政元! なんであんたがそれを言うの? 押さえていた小間物が一挙に吹き出す。げーげーやりながらなんとか言った。


「始末ってどういうこと?」

「これ、重景! 落合殿を怒らせるでない」


 政元がわきの床を指さす。どうやらおまえもここに来てひざまずけということらしい。口を押さえてぎこちなく膝を折る。だがやはり納得できない。こいつは望月千早を殺したんだ! そんな気持ちでさえ理解出来ないのであろう政元が小声で言った。


「とりあえず、何でも、はいって言っとけ」


 ばかめ、政元、まるぎこえだってぇの。見れば案の定、落合の恐ろしい視線。こーなりゃ逆らうのは置いといて、落合の、こいつの目的だ。胃袋が波打つのに連動して喉も開閉していた。それでもなんとか言葉を造る。


「落合、一つ聞いてもいいか」

「これ、重景!」 政元が慌てている。

「許す。申せ」


 落合の表情は冷ややかだ。

 胃液といっしょに言葉を出した。


「ここになにしに来た?」

「鬼幽斎が『太白精典』をどの程度使えるか」


 やはり師父が目的か。今回は様子見。喘ぎを押しのけて声を出す。


「それでどうだった?」


 答えようによってはひざまずいてはいられない。戦うしかない。


「答える必要はないわ、お兄様。わたしに任せて」


 松が落合の横で見下ろしていた。その目がつり上がっている。笑顔の時の半円と、あまりに隔たりがあり過ぎる。怖い女だ。初めて会った時にこころを揺さぶられたのを今になって反省する。


「今度は私たちの質問。で、あなたはどう始末をつけてくれるの?」


 どうって、どうすればいいんだ。師父はおれの言うことなんて聞いてはくれないし。っていうか政元が勝手に言ってるだけで。


「まず、」と頼んでもないのに政元が口を挟んだ。

「重景に『太白精典』を封印させる。次に鬼幽斎を説得し二度と『太白精典』を使わせない。覚えてしまったものは体から消し去ることも出来んし、もし本人がそれを拒んだ場合はしょうがない。命を取らせる」


 気が遠のいた。なに言ちゃってんの、この人。また吐いた。そこに落合の冷たい声。


「鈴木、いつどこででも京兆家を殺せる。どういう意味かわかるだろ?」


 落合はまさに鬼であった。望月千早に続いて政元を失う訳にはいかない。とはいうもののそれは師父と政元を天秤にかけることになる。痛みは身体以上に心に強く響いた。政元を救うとなれば、師父を説得する以外ない。いや、やはりそれは出来ない。皆の賛同を得た師父。その得意満面な画が頭に浮かんでくる。師父は『太白精典』を取り上げられたら死を選ぶだろう。これは死ねと言っているのと同じなんだ。


「鈴木、どうする?」

 政元がまた口を挟んできた。「重景、なにを迷っている。落合殿はおれも鬼幽斎も両方殺そうとしているのだぞ」


 もう吐くものはない。絶え絶えに言葉を吐いた。


「たとえばだ、おれが師父に殺されたとして政元はどうなる?」

「しかたない。おまえの命に免じて京兆家は助けよう。されど鬼幽斎は許さない」


 師父ならこの男を倒せるかもしれない。


「わかった。言うとおりにする」


 どうしようもなく、結局みずからの死を選んだ。


「では、鈴木。おれと行動を共にしてもらう。信用置けないからな。自分だけ逃げて仲間を見捨てるなんてことをやりかねん」

「どうにでもしてくれ」


 鈴木重景は逆らう気力もなにもかも失せていた。








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