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揺れる鉄橋

作者: かものはし

 私は家族で食事をしていた。いつものように家族3人、いつものように銀座の洒落たビヤホールである。すでに落葉が目立つ季節ではあるが、生暖かい店内には、酔ったサラリーマンの興奮した声や、給仕共がカチャカチャとせわしなく動く音が響き、近頃の経済の良さを見事に投影していた。

 私には兄弟もなく、年をとった祖父母夫婦はここから300キロも離れた尾張に住んでいるため、片手の指を折って数えられる程度の面識しかない。そのため、私には物事を相談するような間柄の人間はおらず、堅物な父と、その父に逆らえない母の言うことに、常々頷くのみであった。

 そんな中、父が私に話しかけた。「お前は男なのだから、高校を出て大学に行かねばならない。今の世は学問こそが力である。お前の学業は芳しくないと聞いたが、それでは話にならん。家庭教師をつけるから明日から毎日勉学に励め。」いつもの私ならば、父に反抗することなどなかったが、このときばかりはどうも腑に落ちず、私は自分にだけ聞こえるように

「それは私が進むに値する道ではないでしょう」と囁いた。

 父は私の囁きなどは気にもせず、不満そうな顔をしてこう続けた。

「ともかく、高校の勉学もできないようでは、何事たりと成すことはできない。お前にはその程度の能もないというのか。このまま身を立てることができなければ、それは藩を失い没落するのみだった下等な浪人と同じであるぞ。」

 酒が廻ると饒舌になる父の言葉は、私に向かい矢のごとく飛んでくる。私は父ほど弁がたつわけではなく、また、口論の仕方も知らない若僧であるから、ただただ閉口する他はなかったのである。しかし、私が唯一口を開き

「どうしてあなたが私の進む道の筋を書こうとするのですか。」

 と言ったとき、父の怒りは爆発した。しかし、親子の戦は刹那でその結末を迎える。

 私は自分でも無意識のうちに、手前にあったコロッケの皿を掴み、私の座席の横にある壁に叩きつけた。皿が砕ける甲高い音が、酔っ払いと給仕の働く音で騒がしいビヤホールに驚くほど響き、あたりは急にフェルメールの絵画のように静止した。しばらくの沈黙のうち、父が再び怒り出した。

 しかし私に聞く耳はない。潰れたコロッケと粉々になったセラミックの破片を片付けるため駆けつけた給仕の横を、野良猫のように急いですり抜け、扉を突き破るように一目散に駆け出した。


 私は場所もわからず走り続け、勝鬨橋に差し掛かるとき左足が疲労を訴えた。ほのかに東京湾の潮が香り、私を慰めようとしている。すっかり頭はからっぽで、時間も、場所も、自分のことも何も考えることができなかった。管理棟の柵に腰をかけ、ひたすらに橋を通る車の光を見つめていた。バスやらトラックやらが通るたびに、その大きな腕を震わせる勝鬨橋から、私は離れようとは思わなかった。

勝鬨橋は良い建築物なので、ぜひ足を運んでみてください。その構造の面白さ、迫力、歴史の重みに心が震えます。

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