表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第4章

 1


 茉由理と食事に行った日を境に、英里佳は変わった。

 打ち合わせの時、積極的に発言するようになったし、よく笑うようになった。

 英里佳の変化に一番喜んだのは、なんとアカリだった。

 日に日に沈んでいく英里佳をどうにかしないと、と焦っていたらしい。

 アカリからの相談を受けて、茉由理は英里佳を呼びだしたのだそうだ。

「心配かけて、ごめんなさい……」

 英里佳が謝ると、

「心配なんかしてないよ! ただやる気、出させようとしただけ」

 アカリはプイッとそっぽを向く。

「アカリ姉、素直じゃないなぁ〜」

 そんなアカリを、からかう啓。

「うるさいやい! ほら、黙って短冊をつくんなさいよ!」

「はいはい」かみつくアカリを、あしらいながら、啓は画用紙を手に取った。

 今日は七夕。晴れたことだし、笹を飾ろうと提案したのは茉由理だった。

 みんなでわいわい騒いで、短冊や飾りなんかをつくっている。

 短冊を書きながら啓は言う。

「オレ、好きだなー、サトカさんの作品」

 啓の言葉に、英里佳は思わず彼の顔を見る。

「わたしの作品、読んだの?」

 問うと、そりゃ〜、気になるじゃんと啓が答えた。アカリに頼んで見せてもらっていたらしい。

「だから、サトカさんの今の作品が本当に読みたいと思うよ」

 ほら、と啓は英里佳に短冊を見せた。

 ーーアカリ姉とサトカさんの二人展が成功しますように。

 几帳面な小さな文字で、そう書いてある。

(啓くん……)

 彼の優しさに、目尻が熱くなる。

「ありがとう、頑張るから」

 英里佳が言うと、啓はビッと親指を立てて笑った。


 2


 一週間は飛ぶようにすぎた。


 前日の木曜日、仕事帰りに英里佳は作品を持ってギャラリーMにやってきた。

「お、持ってきたね!」

 ギャラリーで待っていたのは、啓だった。作業中なのか、デニム地のエプロンをかけている。

「啓くん、セッティングどう?」

 英里佳が聞くと、ぼちぼちってとこかなと腰を回した。骨がなる音が聞こえて、思わず英里佳はふきだしてしまう。

 いままであったテーブルは片づけられていて、中央にでん、と七夕の笹がある。その周りを椅子が点在していた。

 笹はアカリの作品に使うのだという。

「あ、そうそう。もう少ししたらアカリ姉も来ると思うから待っといて」啓は言った。

 とりあえず、アカリを待っているあいだに見てもらおうと、作品を啓に渡す。

「これ、どういうコンセプトなの?」啓は作品をパラパラめくりながら、聞いてきた。

 400字詰原稿用紙を綴り紐でとめてある。タイトルは、『ささやかな言葉』。

 なんの変哲もない手書き原稿。

 マス目が黒く塗りつぶしある上に、修正ペンで文字が書き込まれている以外は。

「過去のわたしを、塗りかえるって感じかな……」英里佳が言う。

 学生時代に創った短編の原稿を使った。一マス一マス、マーカーで塗りつぶしていく。

 その上に、物語を書いた。何気ない日常の、ささやかな物語。

 小説ではないかもしれない。


 でも、今の自分はこれなのだと思う。


「あー、それで」黒く塗ってある上に、新しく書いているんだ、と感心したようにいう。

「でも、もったいないよ、これ!」

 だって過去の作品消しちゃってるじゃんと、啓が口を尖らせる。

「部誌に載せてるヤツだから、大丈夫!」啓くんだって読んでいる筈だよ、と英里佳は付けくわえる。

 啓が呆れた顔をしていると、ドアの開く音が聞こえた。

 振り返ると、アカリがギャラリーに入ってくる。


「あ、アカリ姉、来た来た」

 手を振る啓には目もくれず、真っ直ぐ英里佳の前までやってきた。

「サトカ」真剣な眼差しで、話しかけるアカリ。

「は、はい」思わず英里佳は後ずさりした。

(わ、わたし、またアカリさんの機嫌そこねるようなこと、したかな……)

 ぐるぐる。固まったまま、考えていると。


「ごめん! お願いがある!」


 ガバッと頭を下げるアカリに、英里佳は素っ頓狂な声をあげた。

「はいぃ!?」


 3


 そして、待ち望んでいた二人展がはじまった。初日には、ささやかながらオープニングパーティをした。

 茉由理が家から持ってきたオードブルと、アカリと英里佳で買い出しにいったお菓子や飲み物で乾杯をする。

 土曜日には、急な雷雨から避難してきた人がちらほらやってきた。

 みんな、それぞれ英里佳とアカリの作品を鑑賞した。

 ギャラリー内には、英里佳が朗読する物語がひっきりなしに流れている。アカリが創った物語だ。


 木曜の夜、アカリに頼まれたのは、実はこれだった。

 物語の朗読を、録音させてほしいと頼みこんできたのだ。

「やー、ビビビと来ちゃってさ、あんたの声がちょうどイメージに合うんだよ」

 急にでごめん、とアカリは頭を下げる。

 アカリが創った物語は流石に、クオリティが高かった。

 童話調のファンタジーで、本当にわくわくする。

 話しかけられて、受け応えするアカリが眩しく見えた。

(いつか、アカリさんのような小説を書きたい)

 英里佳は、願いを胸に刻んだ。


「あっという間ですね……」

 片づけられてがらんどうになったギャラリーを見て、名残惜しそうに英里佳は呟いた。

「そうね、お疲れ様」茉由理が缶の青りんごサワーを持ってくる。

「パーティの残りだけど、乾杯しましょ」言って、英里佳とアカリに配る。

「二人展の成功を祝して」

「かんぱーい!」

 プルトップを開けると、ぷしゅっと噴きだす音がした。

「ぷはー、一仕事終わった後の酒はうまい!」

 ぐびぐび飲んだ後、アカリは叫んだ。

「はじめての展示会、どうだった?」飲みながら茉由理が聞いてきた。

 少し考えてから、英里佳は口を開く。

「はい……参加できて良かったと思います」

 諦めた事、迷った事、落ちこんだ事、そしてやっと掴んだ物語のカケラ。英里佳の脳裏に浮かんでくる。

 思えば、ここに偶然迷いこんでから二ヶ月ぐらいしか経っていない。

 もう長い間過ごした馴染みの場所みたいに思えてくるけれど。

 英里佳は茉由理とアカリを見て、思う。この人たちは、かけがえのない仲間だと。

 茉由理が啓の様子を見てくると言って、二階に上がっていった。

 アカリと二人きりになる。


「ーーわたし、負けないから」


 ポツリといった英里佳の言葉に、

「言ってくれるじゃない」アカリはニヤリと笑った。

「それでこそ、あたしのライバルよ」


「ーー次もよろしく」

 す、とアカリが右手を差しだす。

「よろしくお願いします」

 にっこり笑って、英里佳がその手を取った。


 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ